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学生起業初期で陥りやすい5つの落とし穴_後編(3つ目から5つ目の落とし穴)

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日経COMEMOのテーマ募集「#若手から学んだこと」企画に連動して、学生起業に伴走してみてきた中で、よく陥りがちな思考の落とし穴について紹介していく。前編では「事業アイデアに疑心暗鬼になる」「うまく行かない理由を外部に求める」の2つを取り上げた。後編では、3つの落とし穴について解説する。

落とし穴3:始まった瞬間、動けなくなる

事業計画もできて、事業をはじめるための体制も整い、いよいよ実行する段階となったとき、急に動けなくなる学生にたびたび遭遇する。モチベーションが出なかったり、頭が真っ白になって、動かなくてはいけないことはわかっているのに茫然としてしまうのだ。この状態に陥ると、夜型の生活になって朝起きることが出来ず、ミーティングや打ち合わせなどの大切な用事をすっぽかしてしまうことも起きる。症状だけをみると、適応障害の一歩手前の人と同じような感じになる。

いざ事業に取り掛かるという段階になると、そこには責任が発生し、「とりあえず就職して、同級生の多くと同じような人生を歩む」というルートから決別することになる。話を聞いていると、この「同級生と同じような人生を歩む」という選択肢を捨てて、起業家として自分の人生に責任を持つという意思決定が負担になっていることが多いように感じられる。つまり、いざ本格的に取り組もうとしたときに、自分の覚悟が問われ、そこに怖じ気づいてしまう。

自分の人生を自分で決めるという自律的なキャリアは、量子力学で有名な『シュレディンガーの猫』理論に似ている。キャリアを選ばなければ無数の可能性があるが、なにか1つを選ぶということは、ほかの可能性を捨てるということだ。この「ほかの可能性を捨てる」という意思決定がもたらすストレスは大きなものだ。

事業の実行段階になると、多くの同級生とは異なる人生を歩み始める。そこに魅力を感じ、起業を志すものの、いざ決断を迫られた時にしり込みしてしまう。この恐怖心は、起業を志す学生が常にさらされ続けるもので、いくつもの準備段階で小さな山を越えることが求められる。それは、創業メンバー集めで声掛けをするときだったり、ビジネスプランコンテストに出るときだったり、事業アイデアや試作品についてその領域の専門家からフィードバックをもらうときだったりする。この小さな山を越えることが求められる度に、学生起業に興味があるという学生が振るい落されていくことになる。実際に事業アイデアを固めて、実行まで行くことが出来るのは5人に1人いれば良い方だ。

この段階を乗り切るのに非常に効果的なのは、メンバーから突き付けられる厳しい要求だ。それこそ、「あなたのようなリーダーの下では一緒にやっていけない」と言われるほどの厳しい言葉が出ることで、はじめて腹を括ることができたという現場を何度も目にしている。支援する立場から見ていると、そこでチームが空中分解したとしてもかまわないと感じる。そもそも、学生が作ったはじめの創業メンバーで事業化まで行けることはほとんどない。何度もぶつかり合い、その都度、メンバーの入れ替えをする中で、チームと学生起業家のレベルが上がっていく。

落とし穴4:事業と関係ないことをして、やった気になる

学生起業は、非常に多くの大人が支援や協力者として近づいてくる。良い縁を運んでくれる人もいれば、良くない縁をもってくる人もいる。中には、甘い言葉を投げかけて、学生の支援ではなく、自分の事業で活用できないかと考える人もいる。地方だからかもしれないが、このような大人の9割は善意の人で、悪い人はいない。ただ、「良かれと思ってしているが、学生のためになっていない」ことが良くない縁となる。

なぜそうなるかというと、事業化のために学生が置かれている状況を考慮せずに、「私の経験や人脈から、こうした方が良い/こうした人と繋がった方が良い」という善意のアドバイスをしているためだ。そして、こうしたアドバイスは、ぱっと見、学生にとって非常に魅力的なものも多い。

こうして、多くの大人からのアドバイスを受ける中で、魅力的なものに飛びついた結果、事業とは関係のない活動に熱心となって、活動はしているが事業準備がまったく進んでいないという状況に陥る。しかも、「将来的には役に立つ」「直接的には利益は出ないが、なにかの役に立つだろう」というフワフワした期待でも身体を動かしているので、仕事をやった気になりやすい。ほかの学生コミュニティに参加したり、経営者のコミュニティで「学生で起業するなんてすごいね!君も仲間だ!」と言われたりすると、自分が特別な人になった気がして承認欲求も満たされる。

しかし、凄い人と会ったり、凄いコミュニティに参加しても、1円も稼ぐことはできない。もしそういった繋がりから収益を上げることができるのだとしたら、それは売り物である事業がしっかりできていないと話が始まらない。しかし、多くの学生が事業ができていないのに、コミュニティに参加して満足してしまう。

社会人を少しでもしていると、商売をするということは非常に地味な活動の積み重ねであることがわかる。顧客との接点を増やし、SNSで毎日情報を発信し、顧客からのフィードバックを反映して、常に改善し続けるという活動は地味だしキツい。しかし、そういった地道な努力なしに事業活動をすることは難しい。

まずは、売り物である事業をしっかりと作りこむことが大切だ。そこに集中できないのであれば、華やかなネットワークやコミュニティの場への参加はするべきではない。

落とし穴5:何事も計画を立てて動く

起業するということは、やることが非常に多く、多忙を極める。多くの学生起業家が大学を中退したり、年単位での休学をするが、自分のリソースのすべてを起業につぎ込まないと事業化させることが困難なためだ。そうして、余裕がなくなってくると、人は思考が短期的になり、視野も狭くなる。その結果、やることなすことに計画性がなくなる。

熟練した企業経営者の中には、「どうせ当初立てた計画通りに物事が進むわけないのだから、事業計画は大切ではない」という人がいるが、初心者である学生起業家が真似をしてはいけない。ビジネスの基本は、マックス・ヴェーバーの時代から、情報の文書化と計画化にある。

切羽詰まった状態になると、計画を立てることが煩わしく感じ、軽視したくなる感情が働くのは、学生だけではなく、社会人の現場でもみられる。例えば、思うように売り上げが伸びていない営業現場で、営業課長が顧客リストや営業計画を見直すことをせずに、「とにかく全員が活動量を増やして、一丸となってがむしゃらに頑張ろう」などと言い出す。

学生起業でも同じように、やるべきことが目の前に積み上がり過ぎて思考が短絡的になり「とにかく目の前のことにがむしゃらに頑張ればなんとかなるはずだ!」と暴走してしまう。これは知恵の輪を力技でなんとかしようとガチャガチャ動かすのと同じで、良い結果が得られることはほとんどない。

加えて、計画がない状態で「がむしゃらに頑張ろう」と言うと、一緒に働いているメンバーの不満がたまる。成果が出るという見通しの出ない活動に対して、リソースを捧げろといわれても納得はできないし、根性論を振り上げられるとやる気も減退する。リーダーは、メンバーを動機づけるために、努力の結果に明るい将来と明確な成果があることを示す必要がある。

学生起業家は、ロールプレイングゲームのレベル1の勇者に似ている。将来の成長性があって、期待値も大きい。しかし、現時点ではレベル1なので、できることは限られているし、ミスも多い。なんでもないことで失敗して、事業者としての体力もないので簡単に致命的なダメージを負いやすい。そうであるならば、事業の進め方はできるだけ基本を押さえて行うべきだ。

基本は何かというと、「計画をしっかりと立てて、メンバーと共有し」「事業に集中する」ことだ。自分は感覚派だから計画が苦手だとは言っていられない。計画を立てないと他者に自分の考えを共有することはできないし、そもそも事業を行うためのリソースを集めるために出資者や投資家とコミュニケーションをとることもできない。計画は重要だ。

結語

普段から学生と接していると、九州の片田舎の大学であっても起業を目指しているという学生と合うことは珍しくない。学生起業の支援は、神戸大学の院生時代から取り組んでいるので、関西と東京の学生と接する機会も多いが、おそらく学生起業に興味があるという学生の割合は大都市圏と地方都市圏で大きな差があるようには感じない。それでは、起業まで行く学生が大都市圏と地方都市圏で大きな差があるのはなぜかというと、この「覚悟」を求められる段階での応援者がいるかどうかにかかっている気がする。

基本的に、起業を目指していると言っても、腹をくくって取り組んでいる学生はほとんどなく、フワフワと優柔不断な心持ちで挑んでいることが多い。学生の起業相談では、伝統的にはこういった優柔不断な学生を「そんな覚悟でやって上手く行くと思うのか!甘すぎる!」と言ってふるいにかけることが多かった。本気であれば厳しいことを言われても、「なにくそ!」と頑張るだろうと。たしかに、そこから頑張ることが出来る人材は見込みがある。しかし、そこで生き残ることができる学生の発生確率があまりに低く、それが諸外国と比べて、若者が起業に挑戦しにくい環境を作っているようにも感じられる。

学生の起業で盛り上がりを見せるエストニアやドイツ、イギリス、インドネシア、シンガポール、インドなどの大学と接していると、「起業に対する覚悟」を支援者やメンターが求めるハードルが非常に低いように感じられる。どちらかというと、はじめは覚悟が決まっていない学生を、起業準備を通して、覚悟が決まるように促しているコミュニケーションがよく見られる。

起業準備を進める中で、学生は自分で自分に覚悟が決まっているかを自問自答し、そこで動けなくなったり、誤った判断を下すことも多い。支援者やメンターが選抜しなくても、学生は起業準備を進める中で、自分で選別をする。そうであるなら、支援者やメンターがやるべきことは、本気で取り組もうとしているのかと学生に覚悟を問うことではなく、覚悟が決まって、政情は判断を下すことができるように背中を押すことだろう。


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