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「悪魔」と呼ばれた人々のこと

あの日、テレビをつけた瞬間に、崩れ落ちるビルの映像が映し出された。何の映画の宣伝だろう、と何気ない気持ちで眺めていた。それが決して架空の画ではないと気が付くまで、時間を要したのを覚えている。「悪魔に報復する」と、星条旗を掲げた人々が叫んだ。それからどのチャンネルをまわしても、映し出されるのは乾いた大地と迷彩服だった。

2001年9月11日、あの日から18年近くが経った今も誰かが、どこかの国が“悪魔”と呼ばれ続けている。その“悪魔”はどんな“顔”をしているのだろう。

高校時代から訪れているカンボジアには、「虐殺博物館(S21)」と呼ばれるかつての刑務所跡がある。ポル・ポト政権時代に使われていたものだ。

ポル・ポト政権がカンボジアを支配した1975年からのわずか3年8カ月の間に、飢えや虐殺によって当時のカンボジア国民の4分の1にあたる200万人近くが亡くなったともいわれている。

当時「S21」に収容されていった人々は2万人近いとされる。今、「虐殺博物館」の壁にはその収容者の写真がずらりと並び、無数の目が睨むようにこちらを見据えている。ここから生きて出ることができたのは数人だった。過去からの眼差しは何を訴えているのだろうか。初めてこの場所を訪れた時、亡くなられた方々の無念を思うと激しい憤りがわき上がってきた。恐怖政治を敷いたポル・ポトやその兵士たちは”悪魔”のように思えた。

その後、かつてポル・ポト兵だったという方にお話を伺ったことがある。「ある時、村に“教育係”と呼ばれる人々がやってきました。今の政治は腐りきっている。アメリカの爆弾も空から無数に落とされている。いい国を作るために立ち上がろうではないか、と熱弁をふるったのです」。少年たちは奮い立った。「空爆で家族を失った若者たちが、本気でこの状況を変えたいと望んだのです」と、ひとりの老人が静かに教えてくれた。

今、中東の地で“悪魔”と呼ばれている集団のことが頭を過った。イラク戦争後から駐留していた米軍が2011年に撤退し、「力の空白」を生じさせ、過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭を招いたことはこれまでも度々指摘されてきた。

今年の1月に、過激派組織「イスラム国」の元戦闘員や、その妻だった女性たちにインタビューをした。特に考えさせられたのは、妻となった2人の女性の証言だった。

インドネシア出身の女性Aさんは、1歳2カ月となる息子と共に故郷への帰還を待ち続けている一人だった。シリア渡航前は大学で経済学を学んでおり、英語も堪能だった。元は信仰に対してどちらかというと距離を置き、男友達と頻繁に遊んでいたのだという。そんな彼女が宗教に傾倒するようになったきっかけは「失恋だった」のだという。その心の傷から目を逸らすように、日々祈りを捧げるようになった。ISに加わったことを後悔しているか、という問いに、「しているともいえるし、していないとも言える」というAさん。「確かにシリアに渡ったことは間違いだったと思う。でも、インドネシアに残っていたってどうせ、両親に左右されるだけの人生を送っていたと思うわ」。

一方、シリア渡航時は18歳だったというベルギー出身の女性Bさんは、イスラム教徒となったきっかけが自身の家庭環境だったと語った。両親は離婚し、学校にもなじめず、問題を起こしては転校を繰り返していた。そんなある時、ふとしたことがきっかけで近所に暮らすムスリムの家族と親交を持った。「とても仲のいい家族で、なぜそこまで深い絆が持てるのか知りたかったんです」。自身もムスリムになった後も、心の内の寂しさは埋まらず、Facebookで知り合ったフランスに暮らすアルジェリア系の男性と結婚。その彼が過激な思想の持ち主でだったという。結婚して間もなく、一緒にシリアに行き、ISに加わろうと持ちかけられた。

「そんなことであの組織に加担するのか」と憤る人もいるはずだ。もっともだと思う。ただ、憤るだけでは終わることができない根深さもある。

「彼ら」「彼女たち」が私だった可能性は本当に、ゼロだろうか。

失恋がきっかけ、近所のムスリム家族の絆が羨ましかった…彼らの言葉を聞くほどに、ISとは何かを単純な言葉で片づけることができないのではないかと思えた。それは単に私たちと違う“異常”な集団として切り離せるものなのだろうか。些細なことのきっかけが積み重なった彼ら、彼女たちの歩みを振り返ると、ある日突然自分自身が「加害者」側になる可能性は、私たちが想像している以上に広いのではないだろうか。

そんなことを話すと「テロや虐殺を容認するのか」と問われる。そうではない。たとえどんな“正義”を掲げていても、テロや虐殺が許されるはずがない。

ただ、その“悪魔”はどこから生まれたのか、思考を止めたくない。「なぜ」と問うことを怠りたくない。今、「深く、細やかな想像力を巡らせなさい」という過去からの警告に、改めて耳を傾けるときではないだろうか。

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フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。J-WAVE「JAM THE WORLD」水曜日ニューススーパーバイザー。TBS「サンデーモーニング」コメンテーター。
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