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一億総表現者時代に、作家の居場所はあるのか?

 私は政治学を専攻する院生であり、普段は学術的な文章を書く世界に身を置いている。今月から日経COMEMOのキーオピニオンリーダーに選んでいただき、noteに文章を綴ることになった。

 かつてSNSもない頃は、書籍や新聞が文章を読者に届ける媒体であり、文筆の世界に憧れる者は「物書きのはしくれ」を自称して研鑽を積むような時代だった。言葉を紡ぐことにそれなりの重みがあったと思う。だが今では「売文の徒」という言葉もあまり聞かない。

 やがて時代は変わり、誰もが文章を発信できる社会が訪れた。このような時代にあっても、過去の作家たちの文章に対する姿勢は実に興味深い。

 昨日、日経新聞で久しぶりに太宰批判を目にした。太宰治といえば日本の文学史に名を刻み、多くの作品が読み継がれている偉大な小説家である。だが生前の彼は文壇の鼻つまみ者としての側面も有名であった。その太宰の小説に対する姿勢は、多くの批判を呼び、今なお重要な一つの問いを提示しているように思う。

 太宰の創作の源泉は主に過去の苦悩の告白にあったと言われる。ベストセラーとなった『斜陽』は自身と関係を結んだ女性の手記に着想を得て書き上げた作品であるし、代表作『人間失格』は主人公に太宰自身の命を吹き込み、人生を回顧した自伝的小説である。麻薬中毒、精神病院、心中、自殺…。現実世界での死を小説の中でもちらつかせた。

 そのような太宰流のデカダンスを侮蔑し、嫌悪した一人の作家がいた。三島由紀夫である。

 二人は一度だけ顔を合わせたことがある。すでに文壇界で活躍していた太宰に対して、当時まだ新人作家でありほぼ無名の三島は、初対面で次の言葉を放った。「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」(野原一夫『回想 太宰治』より)。

 近代日本文学の世界では有名な三島による一連の太宰批判の文脈が、ここに来てSNSを中心とした高度情報化社会における芸術と生活の関係性、芸術と「パフォーマンス」の分水嶺といった問題に対して、また新たな意味を持ち始めたように思う。

三島の太宰批判とは

「(太宰の作品における)自己戯画化は、生来私のもっともきらいなものであった」
               (三島由紀夫『私の遍歴時代』より引用)

 この三島の言葉が象徴するように、二人の創作における姿勢は対極にある。自らの実体験や内なる感情を小説の題材とする、いわば田山花袋や志賀直哉の流れを汲む日本的私小説の形で自己の体験をセンセーショナルに世に表したのが太宰治だとすれば、三島由紀夫はその強力かつ精緻な筆致でナチスドイツの会議室から昭和の銀幕スターの知られざる苦悩まで様々な舞台を創作し自らの主題を世に表した。本人の言を借りるならば、三島は不断の努力で芸術と生活を分離させていた。

 そのことは、文学者であり、後に保守派の評論家として有名となる西尾幹二も次のように指摘している。

「自分の苦悩を演出し、その反映としての破滅型小説を書く。それはおかしい。三島さんが太宰治を嫌ったのはこのせいです。」
             (西尾幹二『三島由紀夫の死と私』より引用)

 小説家を描いた小説、映画監督を描いた映画、こういった性質のものに、ストイックで純粋志向の強い三島は我慢ならなかったのではないだろうか。あくまで三島の立場に寄せて捉えるなら、最も卑近な場所から舞台を借りてきて創作するというのは、ある意味創作における初期の工程を省略する行為とも言える。そして三島は次のように語った。

「私とて、作家にとっては弱点だけが最大の強みとなることぐらい知っている。しかし弱点をそのまま強みへもってゆこうとする操作は、私には自己欺瞞に思われる。」
               (三島由紀夫『小説家の休暇』より引用)

 そもそも、太宰の内面の苦悩が真実のものならば、それを克服したいというのが人間の衝動であろうし、太宰の神経衰弱は三島の目には努力すれば治るものに映った。故に、次のような痛烈な批判を繰り広げる。

「太宰のもっていた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だった。生活で解決すべきことに芸術を煩わしてはならないのだ。いささか逆説を弄すると、治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない。」

「太宰の文学に接するたびに、その不具者のような弱々しい文体に接するたびに、私の感じるのは、強大な世俗的徳目に対してすぐ受難の表情をうかべてみせたこの男の狡猾さである。」
               (三島由紀夫『小説家の休暇』より引用)

「一億総表現者時代」の到来

 どの時代にも、太宰の小説よりもむしろその源となった生活の方へ興味を抱くような、ゴシップ好きの消費者というのは多数存在する。太宰の件を例にとるならば、芸術家をアイドルとして消費する層と言ってもいいだろう。今と昔で異なるのは、現代はそういった層が最も影響力を持つ時代となった点にあるのではないか。

 三島や太宰が生きた時代は、人文系の知に富み、政治や経済についても世間に一定の影響力を持って市井の人々を啓蒙するような古き良き「作家先生」が存在できた最後の時代でもあった。岩波文庫の赤帯をアクセサリーのように持ち歩くような、知的なものに対して若者が憧憬の念を抱くことが当たり前の時代であった。

 ところが「一億総中流」の次に来たのは「一億総表現者」「一億総発信者」とも言うべき大変な時代である。

 現代の創作・表現を取り巻く世界は複雑化の一途を辿っている。高度に情報化された社会の中で、昨日までただの主婦や学生といった普通の人たちが、偶然のハプニング動画で「バズり」、世間から消費され、飽きられるといった事が起きている。何か事件が起きればそうした普通の人々が天下国家を論じてネット上で大論争を繰り広げたりもする。

 今、市井の人々から尊敬される「芸術家」と「パフォーマー」の境目は限りなく曖昧になっている。「専門家」と「パフォーマー」の境目についても然りである。

 学者や作家が論文・作品を発表するだけでなく、生活のあらゆる面を世間に露出させ、ファンを楽しませねば成り立たないような構造が既に出来上がってしまっている。学問や芸術の純粋性というのは、夢物語のような概念になってしまった。繰り返しになるが、こうした時代において、世間が求めるのは徹底的にインスタントな、分かりやすく、共感しやすいものである。このような時代において、三島が不断の努力で成した「芸術と生活の分離」は殆ど不可能のように思われる。

 しかし嘆息するようなことばかりでもない。コロナ禍で活躍の場を失った音楽家が、日々の出来事や趣味をブログにしてファンに向けて投稿し、そこから収入を得るという例もある。何をコンテンツ化するかは全く自由であり、市場が無限にあるような時代である。さらに隠れた才能を発掘しやすくもなった。ここから新たな文壇人が生まれる可能性も秘めている。

 誰もが瞬間々々で芸術家にも生活者にもなり得るこの時代を、三島は嘆息しただろうか。否、新しい物好きで有名だった氏が存命であれば、意外とSNSを使いこなし、意見発信型のライブ動画配信を企画し、口角泡を飛ばしながら現政権のコロナ対策を批判していたかもしれない。


※冒頭で触れた太宰に関する日経新聞の記事とは、「太宰治が否定したものとは」と題する、生活史研究者の阿古真理氏による大塚英志の新著の書評である。


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ぴよーん
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慶應大学院博士課程在籍。専攻は政治学。主に政治的急進主義とそれに対するインテリジェンスの役割を研究中。日本学術振興会特別研究員。共編著に『国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』(吉田書店)。趣味は生け花、聖獣との戯れ。