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投票へ行く、という大人の背中

「日本には表現の自由、投票の自由があるけれど、特に若い人たちの投票率が低い」。そんな話をシリアの友人にした時、彼は絶句してしまい、それ以上、何も言えなかったのを覚えている。2011年から戦乱と迫害が続くシリアでは、その「自由」のために8年以上、あまりに多くの人々が犠牲になってきた。その「自由」は「当たり前」ではないのだと、取材の度に実感する。

ただこれをもって、投票率の低い「若い世代」を責めたいのではない。むしろ、その逆だと思う。問われるのは私たち、大人の背中だ。

振り返れば私自身も高校時代、ただテストのために、国会の仕組みや数字、憲法の穴埋め問題が解けるように暗記した。

いざ有権者の年齢になってみても、実感は殆どわかなかった。骨組みだけ教わっても、その「中身」にどう手を伸べていいのかが分からない。なぜ投票に行かなければならないのか、なぜ政治と生活はつながっているのか、その「なぜ」を問うことがなかったからだ。

そもそも小中高と、「校則を守れ」「輪を乱すな」という環境で育ち、卒業後に突然ずらりと並んだ選択肢の前で、「さあ選べ」といわれても、戸惑うことしかできないはずだ。

では自分はなぜ、政治に関心を持ち、投票に行くようになったのだろう。

きっかけの一つが、LGBTの友人たちと出会ったことだということは以前に書かせてもらった通りだ。彼女たちが生きやすい社会はどう築けるか。そう考えると少しずつ、視野が広がり始めた。他のマイノリティに対する政策や、それと矛盾するような排他的な提言はなかったか、と。

そしてまた、年齢を重ねてきて実感も変わってきたように思う。

私たち夫婦に子どもはいないけれど、講演で中高生の声を聴いたり、新聞の企画での相談を受けたりしている。生きづらさのこと、進学や奨学金への漠然とした不安、中には「必要な戦争なんてあるんですか?」と不安げに聴いてきた子もいた。

例えば彼ら彼女たち、さらに未来の世代に、「ねえ、昔は戦争あったんだよね?今は大丈夫?」と尋ねられた時に、「繰り返さないようにしっかり、私たちは選択を重ねてきたよ」と堂々と伝えられるようになりたい思う。

最後に。

さかのぼれば私の記憶には、両親が幼い私を連れて投票所へと赴いていた姿がある。「普段ずぼらに見える父が、なぜ真面目に投票に?」と不思議に思ったこともあった。

後になって、父が元は韓国籍だったこと、日本国籍を取得してから、毎回嬉しそうに投票に行っていたことを聞かされたとき、その記憶が全く、違った風景に見えた。苦労して育ってきた父にとって、「選べる」ということがどれほどの喜びだったのだろう。あの背中を見せてくれた父と母に、大きな感謝を抱いている。

この社会に懸命に生きながらも、外国籍であるために、直接声を届けることが叶わない友人たちがいる。そんな友人たちが少しでも生きやすい社会になるように、という願いも込めて、今は投票に臨んでいる。

例え自分が投票した候補が落選したとしても、「がっかり」「もう終わった」ではない。今度はその選挙区から当選した別の候補が、国会でどんな発言をし、どんな行動をしていくのか見続ける。

私たちは改めてその、「スタートライン」に今立っている。

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安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。J-WAVE「JAM THE WORLD」水曜日ニューススーパーバイザー。TBS「サンデーモーニング」コメンテーター。

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