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人的資本開示に向けて、まず最初に取り組むべきこと。自社の人材戦略に沿ったストーリーのあるデータ開示を。

皆さん、こんにちは。今回は、「人的資本開示」について書かせていただきます。

「人的資本」とは、人材や人材が持つ技能、スキル、知識、経験、意欲などを指します。従業員を「コスト(人件費)」ではなく「資本」と捉え、非財務情報を開示することで企業の本質的な価値を測る動きが広がっています。

ここ数年間で、何度となくこの言葉を見聞きしている人も多いと思いますが、改めてなぜ今「人的資本経営が必要」と言われているのでしょうか。
また、何の情報をどの程度開示し、それをどのように人材戦略や経営戦略につなげていけば良いのでしょうか。
具体的に考えていきます。


■なぜ今、人的資本経営が必要なのか。

日本企業の多くは、これまでも“人を大事にする”経営を行ってきました。ですが、それでも昨今「人的資本経営」が注目されているのには、以下のような理由があるからではないかと考えられます。

●人材投資が企業価値向上に直結するから。
→これまで以上に「人材」とその人材を活かす「マネジメント」が企業経営のコアになってきていると思います。テクノロジーの進化によって人の仕事がAIなどに代替されていく中、人間にしかできないアイディアや発想をもとに、イノベーションを起こして企業価値を上げていくためには、人材に十分な投資をしていく必要があるのです。

●情報開示によって、企業の行動に変化を与えるから。
→たとえば、男女賃金格差を開示することによって、実際に格差が縮小した事例が出ています。情報開示の流れが、企業の実際の人事施策などに影響を与えることが認められています。本来ならば順序が逆ですが、良い情報も悪い情報も、開示せざるを得ない状況になって初めて、本気で人材投資や人材育成に向き合う企業が出始めるということもまた事実です。

●人に投資をしない企業は選ばれなくなっているから。
人材育成方針が明確になく、育成への投資に消極的な企業は、新卒採用においても中途採用においても選ばれなくなっています。また、従業員が働きやすい環境を構築していない企業は、企業間の人材流動性が高い現代において離職率を食い止めることもできません。さらには株主をはじめとしたあらゆるステークホルダーが、企業が行う人材戦略の方針や人材施策の実行にまで関心を持ち始めたことも大きな理由の一つです。

●人に投資をしないと、経営戦略との整合性がとれなくなっているから。
→経営戦略から逆算した人材戦略を立て、それに必要な育成計画を策定し実行するというのが経営者や管理職、人事の仕事ですが、それが実際に行われていないと当然業績にも悪影響を与え、戦略実行において整合性がとれなくなってしまいます。エンゲージメント指標や生産性指標、育成指標、多様性指標などを継続的に収集し、現実を直視した上でアクションプランを軌道修正していく必要があります。

●若い世代の価値観の変化を経営に取り入れていく必要があるから。
これから社会・経済の中心になってくる若い世代の価値観が変化し、企業に対して社会貢献を求める傾向が非常に強くなっています。若い世代は、企業に社会貢献を求め、自分たちの仕事は社会的意義があるのかどうかをよく考えています。このような価値観をうまく経営に取り入れていかなければ、企業が持続的に成長することが難しくなってしまいます。だからこそ「人」や、人が持つ「能力」や「意欲」に投資をしていかなければならないのです。


このように、人的資本に注目が集まっている背景には、ESGの動きと相まって「多様性の尊重」や「従業員のエンゲージメント」などの、人に関わる指標を重視されるようになっていることが挙げられます。投資家の判断指標としても財務資産だけでなく、非財務資産が評価されることが当たり前になりつつあるのです。


■何の情報を開示するのか。

人材を企業の資本とみなす「人的資本」の開示義務化に向けて、金融庁が検討してきた制度の詳細が固まった。有価証券報告書(有報)を発行する大手企業4000社を対象とし、2023年3月期決算以降の有報に人材投資額や社員満足度といった情報の記載を求める。

引用した記事の通り、人的資本の開示義務化に向けて、開示情報の詳細が決まってきました。3月期決算以降の有報に記載が求められるため、各企業は早急な対応を迫られることになります。

まず、何の情報を開示するかですが、記事には以下の通り記載がありました。

① サステナビリティー(持続可能性)情報
人的資本に関する戦略や指標、目標などの明記が必要になります。
経営戦略と連動した「人材育成方針」と、働きやすい職場づくりに関する「社内環境整備方針」を策定した上で、指標や目標の設定が必要です。

②人材の多様性をはかる指標
→「女性管理職比率」
「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」の3つの指標の開示が新たに求められます。男女間賃金格差の開示では、賃金の実額ではなく、男性の賃金水準に対する女性の比率を指標とし、全従業員、正規雇用、非正規雇用のそれぞれの区分で開示が必要です。


具体的にどのような指標を用いて、目標をどのように設定するかは企業の判断に委ねられています。「従業員の満足度」でも「採用状況」でも「定着率/離職率」でも「人材への投資額」でも、企業の裁量で開示すべき項目を定め、開示していくことになります。

さらに、

金融庁は企業が開示を通じて自社の問題点を把握し、人材や職場環境への投資に積極的に取り組むことを期待する。人材投資が企業価値を向上させて業績にも寄与すれば、さらなる投資につながる好循環が生まれる
自主的に情報公開を進めている企業も増えているが、有報への記載が義務付けられることで企業同士の取り組みを比較しやすくなる。人的資本を重視する企業に投資マネーや人材が集まりやすくなれば、従業員をコストとみてきた企業も意識改革を迫られるようになる

とあります。以前、こちらにも書かせていただきましたが、どのような取り組みが企業価値向上に結びつくかは、各企業の事業内容や経営戦略によって当然異なり、情報開示の仕方も企業ごとの個別要素が強いものになります。競合他社と一つ一つの項目を見比べて、一喜一憂するものではありません。

また、単にデータを網羅的に掲載したレポートを提出すればいいわけでもありません。

開示義務がある項目だけ、急いで取り繕って開示するのではなく、本来ならば「自社の人材戦略に沿ってストーリーのあるデータ開示を行う」ことが重要で、データを踏まえて「中長期的な経営目標達成に向けて、何が現状の課題で、今後何に投資していくべきかを見定める」ことが何よりも重要なのです。

  • 自社の経営理念や人材育成のポリシーにおいて、企業が従業員に対して求めていることや大事にしていることは何か。

  • 人材育成計画を達成させるために企業側ができるサポートは何か。

  • 人材への投資とそのリターンを測る指標は何か。

  • これらの取り組みが、企業の発展のためになぜ必要なのか。

など、全てのストーリーに一貫性があり、辻褄が合うような情報開示をしていくことで、あらゆるステークホルダーに対して、企業の人的資本経営に対する納得感が高まっていくものと思います。


■情報開示に向けて必要な3つのステップ

繰り返しになりますが、「情報開示のために人事データを集計し始める」「人的資本を開示しなければいけなくなったから人に投資し始める」というのは、本来は順番が間違っています。開示義務ありきではなく、以下のようなステップを経て、情報開示に向けたストーリーを作っていく必要があると思います。


いきなり情報開示に必要なデータを集め始めるのではなく、経営戦略から逆算した人材戦略策定、及び目標設定がまず最初のステップとしてあるべきです。
その上で現在地点を確認し、課題は何で、いつまでにどのラインまで改善させるのかの合意を経営層と握り、未来の視点とセットで情報開示に踏み切ることが大事なのではないかと思います。

有価証券報告書は金融商品取引法に基づく法定開示の一つで、虚偽記載をすれば罰則の対象となる。人的資本に関する将来の記述については、記載した内容と実際の結果が異なっても、一律には虚偽記載に問わない方針だ。虚偽記載の責任追及を懸念して企業側の開示姿勢が萎縮しないように配慮する。

とある通り、「将来の記述」に関しては、あまりにも現実と乖離があり過ぎても問題ですが、企業努力が全く感じられない目標を設定していてもロスが大きいと思います。


最後に、改めてですが、ただ開示義務のある項目のみ情報を揃えて出すだけでは、企業価値向上に全くプラスの影響を与えません。他社と比較した時に、どのような独自性を出していくのか、どのように競合優位性を高めていくのかという“戦略”がデータから読み取れることが重要です。

同じ項目をただ横並びで比較したところで、事業の成長や企業の発展にはつながらず、もっと言えば、いくら人に投資しても経営へのポジティブなインパクトがなければ「人的資本経営」の意味がないのです。

売上・利益などの「財務目標」の達成と、社員のエンゲージメントや多様性などの「非財務目標」の達成を両立していくことは非常に難易度が高いです。ですが、ここにどれだけ本気で向き合えるかが、本質的な企業価値を測る上で大きな分かれ目になっていくのではないでしょうか。


#日経COMEMO #NIKKEI

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