勤務中の喫煙は「職務専念義務」違反か?

 喫煙者を取り巻く環境は日々、厳しくなっている(ちなみに私は喫煙者でない)。本人および周囲の健康に対する悪影響に加えて、とくに役所や学校などの公的機関においては、喫煙が「職務に専念する義務」違反ではないかという指摘もある。

 健康被害などの点から職場を禁煙にするのは自然な流れだが、一方でただちに「職務専念義務違反」と決めつけるのはいかがなものか。

 周知のようにIT化などによって、仕事の中身はかつてと大きく変わっている。公的機関も例外ではない。昔は狭い意味での「事務作業」が中心であり、机に座って手を動かしていることが生産性に直結した。ところが、いまは定型的な業務の多くが電子化され、企画、判断、調整、問題解決といった創造的な仕事が大きなウェイトを占めるようになっている。

 その結果、机に座って手や口を動かしているときより、むしろ黙って考えているときのほうが生産的な場合も多い。

 喫煙者に話を聞くと、喫煙所で思いをめぐらしたり、だれかと立ち話をしたりしているときにアイデアが湧くとか、解決策が見つかることが多いそうだ。もちろん常に、まただれもがそのように生産的な思考や話をしているとはかぎらない。

 厳密にいえば、前者は職務に専念しているが、後者は専念していないことになる。さらに机に座ってまじめに仕事をしているように見えても、頭のなかでは妄想にふけっているかもしれない。

 いずれにしても人間の頭の中を覗くことはできない以上、外見や行動だけで職務に専念しているかどうかは判断できない。にもかかわらず職務専念義務を杓子定規に運用すると、かえって「見せかけの勤勉」「やる気の空洞化」(いずれも私の造語)が広がりはしないか。

 したがって、職務専念義務そのものの存在理由が問われているといってもよかろう。とはいえ国民や市民の目を考えれば、直ちにそれを撤廃することは難しいのが現実である。ただ、少なくともその解釈を慎重に行わなければならない時期にきていることたしかだろう。

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「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。

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ohtahajime

同志社大学教授。専門は組織論。個人を重視する組織・社会づくりが研究テーマ。 新刊『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019/2)のほか、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)、『個人尊重の組織論』(中公新書)など著書は30冊余。

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