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テクノロジーvs「それってあなたの感想ですよね」

サッカーW杯、何年振りだろうと思うくらいの徹夜をして(一回寝たら起きられないと思うから)見ました!

いや~すごいね、日本代表。ドイツ、スペインという優勝候補国を下してのグループリーグ1位でのラウンド16進出。おめでとうございます。

早朝、テレビに向かって「どーーーーあーーーーん!」って叫んでしまいましたw

正直、前半見ていた時は、スペインから全然ボールとれないし、日本の凡ミスも多かったし、先制点取られてしまったし、「こりゃダメかな」と思ったものでした。ところが、なんてことでしょう。後半になって、堂安・三笘の二選手が入っただけで、見違えるようなチーム全体の動きにかわって、あれよあれよと同点、逆転。どうも舐めた真似してすみませんでした。あれには、ピッチのスペイン選手も「一体、何が起きているんだ?」とパニックになったと思うんです。

ブラボーですよ。日本代表、ブラボー!

今年の流行語大賞は「ブラボー」に差し替えた方がいいんじゃないでしょうか。

試合直後の森保監督のインタビューも目がバキバキ。そらそうですよね、興奮するよね。

なにせ同点にされた時点で、日本はそこで終わりだったのだから。森保監督は、あのアメリカW杯最終予選の「ドーハの悲劇」の当事者でもあるわけで、最後のアディショナルタイムのスペインの猛攻に冷や冷やしたと思います。私も冷や冷やしていた。


この試合をネタにいろいろと記事が書けそうだな、と思ったのですが、サッカー系の記事というより、この日本代表の戦い方を通じた人生論やコミュニティ論の話なんですが、それはまた別の機会にすることにして、今日はこんなニュースが気になりました。

決勝点のきっかけとなったあの三苫の折り返しがラインを割ったかどうかについては、すでに世界各国で取りざたされていますが、これに「私が思うにアウトだった」とケチをつけた人がいるらしいです。

まさに「それってあなたの感想ですよね」案件。こういう個々人のどうでもいい感想に依拠しないためのテクノロジーであり、エビデンスなのであって、ファクトを認めようとしない単なるバカとして世界に認知される羽目になるのでやめた方がいいでしょう。 

拙著「結婚滅亡」の「はじめに」にも書いたことですが、ファクトを知る・知らない/認める・認めないというのとは別に、同じファクトでも見る視点や視座が違えば、まったく別のものになるという話があります。

よく例として使うのが、カマンベールチーズの話。「カマンベールチーズってどんなカタチ?」といわれたときに応えはひとつじゃない。あれって、真上から見れば丸型ですが、真横からみれば長方形です。皿にのって出てくる時は三角形にもなっている。つまり、どれもカマンベールチーズであることには間違いないが、見る側の角度によってそのカタチは多様であり、それのどれも間違ってはいない。が、間違っていないからこそ、「私が正しい」という争いも起きるという話です。

つまりは、ファクトといっても、それはそれを受け取る側の立場によっても変わる可能性があるということ。

スポーツ競技の審判だって人間だもの、「こいつ、気に入らねえ」と思った相手に意地悪をしてしまうことはある。意地悪じゃなくても、個々人によって癖もある。野球でいえば、審判によって同じコースでもストライクにする審判とボールにする審判がいるように。

それもまたスポーツとしての醍醐味なので否定するものではないが、今のように放送されて、あとでいくらでもスロー再生とか検証できる時代になると、現場ではスルーしても後で「あれは誤審だった」みたいな形で問題になる可能性も高い。であれば、現場でVARのようなものを活用して、その場で確実な証拠の下裁定を下すというのは理にかなっている。少なくとも、マラドーナの「神の手」のような明らかな誤審(ズル?技?)は減るから。

そう考えると、今VAR的なテクノロジーが求められるのは、スポーツの場面だけではなく、実生活においてもあるのではないか。

世の中的な「誤審」の最たるものはマスコミの「切り取り報道」で、まさに「数字は嘘をつかなすが、嘘吐きは数字を使う」ものだから。本当は丸いカマンベールを真横の視点だけしか見せずに「ほら、四角でしょ?四角にしか見えないでしょ?」ってやるのが「切り取り報道」だから。

フェイクニュースを人力でなんとかするんじゃなくて、テクノロジーの力を活用した方がいいと思う。

また、これは与太話だが、婚活シーンにおける最大の「誤審」といえば、恋愛弱者女子が恋愛強者男子に食い物にされるケースがある。「独身だと思ったら既婚者だった」「ただのヤリチンだった」「マルチ商法の勧誘だった」「ただの泥棒だった(デート中に財布から金を抜き取られた)」みたいな話はいくらでもある。まあ、一番多いのは「写真と別人だった」というものなのだが。

そもそも、現状のマッチングアプリというものの仕組みがそうなっているから仕方ない。ちなみに、恋愛強者女子はそんなもの使わなくてもいくらでも間に合っているし、恋愛弱者男子はどんだけ課金しても誰一人として会うことはできない。

何度もいうけど、恋愛弱者男子は今のアプリなんか即効やめた方がいい。時間と金と心の無駄遣いだから。自分がいかにモテないかということを嫌というほど思い知らされるだけのツールだから。そして、どこの誰かわからない恋愛強者男子の快楽のセックスのためにせっせと金を払っているようなものだから。

恋愛弱者女子もあれやり始めると、有象無象から「いいね」が乱発されて、今まで満たされなかった承認欲求が爆上がりします。しかし、そのうと、その承認欲求に飲み込まれて、依存するようになり、気が付いたら何年もただのワンナイトラブを多数と繰り返しただけの時間を過ごすことになります

どっちにしても恋愛弱者男女に現状の仕組みのアプリはまったく意味がないどころか害になるだけ。

ただし、サッカーにおけるVAR的なものをマッチングアプリに導入できたとしたらどんなカタチになるのだろう、と考えるともちょっと面白い。別に「この男は今まで何人もの女を食ってきたから危険ですよ」ということを知らせてくれるものではない。チャットの履歴から「こいつ嘘ばかりついてますよ」と警告してくれるものでもない。それはそれで面白いが。

マッチングアプリの最大の問題点は、そもそも不釣り合いな者同士が出会っていること。人間のマッチングは究極的には同類縁でしか成立しない。性格の話ではない。環境の話だ。

今の婚姻は、以前と違いほぼ同類婚が多い。同じような親の環境、同じような学歴、同じような知能指数、同じような年収、同じくらいの年齢である。この環境がその人の現在の価値観を構成しているものだからだ。

だから、本当は「盛った嘘まみれのプロフィール」ではなく、そういったその人の「環境プロフィール」が正しく精緻化され、同類ではない者同士はフィルターがかかり、検索すらできない方がいいのである。なまじ選択肢が多いから迷うのだ。同類には容姿も含まれるので、検索してヒットするのも同レベルの容姿だけしか出てこない方が本当は都合がいい。

そういうテクノロジーは現在でも作れるし、やれるんだけど、当のマッチング業者は絶対にしない。なぜなら、そうやって選択肢を多くし惑わせて、何人もとの間に無駄な時間を過ごさせた方が儲かる構造になっているから。いわばアプリは「宝くじ商法」そのものなので、善意に解釈すれば「夢を金で買っている」といえるが、現実には「その夢は大多数が買えない」のである。そもそも選択肢などをせばめてしまうと、カネヅルである「夢見る恋愛弱者男たち」を巻き込むことができなくなるので、アプリ業者は絶対にやらない。同類マッチングなどしてところで、恋愛弱者男に提示される画面は「あなたが検束できる相手は一人もいません」だからだ。

しかし、本気で本人の「環境プロフィール」を構築しようと思ったら、中国のような監視社会というディストピアになってしまうし、国が勝手に相性を決めて結婚相手を指定したら、それこそ「恋と嘘」の世界になってしまう。やめた方がいい。


それにしても、このVARはすごいと思ったら、ソニー系列だったとか。それもまたなんか誇らしい。


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荒川和久/「結婚滅亡」著者

長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。