見出し画像

「G3通貨 vs. その他通貨」の構図

便利なBIS指標
私は、為替市場の全体感を把握するにあたってBIS(国際決済銀行)が月次で公表する実質実効為替相場(多通貨に対する相対的な実力を物価の影響を除いて見たもの)の動きを定期的にチェックしています。具体的には各通貨の実質実効レート(REER)の長期平均(20年平均)と当該月の水準を比較した上でその乖離率に着目し、今後の修正余地や方向感の勘所としています。現状では8月末時点の水準が公表されていますが、これを元に主要通貨の割高・割安を一覧してみると、色々なことが見えてきます。例えばREERには平均回帰性向があることを踏まえ、「過去1年間でしかるべき方向に調整が進んだ通貨」をあぶりだすことができます。

円とドルの実相:円高であり、ドル高である
過去1年のG3通貨(ドル・円・ユーロ)を総括すると、①円は依然割安。しかし、かなり大きな修正(円高)が進んでいること、②ドルの割高感は広がっていること、③ユーロの割安感は不変であること、などが指摘できます。このうち特に目を引いたのは①の円の動きです。円の長期平均からの乖離率は8月末時点でマイナス13.9%と昨年8月のマイナス21.8%から7.9%ポイントも縮小しました。ちなみにマイナス13.9%は依然、小さくない割安幅ですが、過去5年間では最も割安感が解消された状況です。ドル円相場において円高ドル安は限定的なものにとどまってはいるが、REERで見ると、まとまった幅で円高が進んでいるという認識は重要です。とりわけ日本の輸出企業にとって大事な話でしょう。

ドルを同様の視点で評価するとプラス8.1%と昨年8月のプラス4.8%から3.3%ポイントも拡大しています。この間、FRBの金融政策は2回利上げ(昨年9月・12月)して2回利下げ(今年6月・9月)するという急旋回を見せていますから、直感的にはドルの実質実効レートは下落していたほうが腹落ちします。しかし、実際はむしろ上昇したのです。世界の経済・金融情勢が悪化し、全世界的に金利が低下する中で絶対金利水準に投資妙味があるドル建て資産に世界の運用難民が殺到したという理解が適切でしょうか。なお、ドルのプラス8.1%は過去5年間で割高感のピークだった2017年に近い。2017年は大幅にドル安が進んだ年だったことは思い返しておきたいところです。

いずれにせよREERで円がまとまった幅で上昇した一方、ドルも同様に上昇したというのが過去1年間の動きであり、結果としてドル円相場の値幅が相変わらず狭いのは、当然の帰結と言えます。今為替市場で起きていることは「円高であり、ドル高である」ということなのです。

「G3通貨 vs. その他通貨」の構図
片や、ユーロについては最近1年でたいした動きはなかった。長期平均からの乖離率で評価すると8月末時点ではマイナス4.3%と昨年(マイナス3.2%)から1.1%ポイントだけ割安幅が小幅に拡大しています。しかし、拡大資産購入プログラム(APP)の停止までこぎ着けた昨年末から1年も経たないうちに利下げとAPP再開を決定したことを思えば、その急旋回のイメージほどユーロは下落しなかったとも言えるでしょう。とはいえ、年初には想定されていなかったドイツの景気後退リスクが浮上する中、ユーロが買われる材料は「ドルが買われすぎているから」くらいしか思い当たらないのも事実です。

とはいえ、そのような軟調な動きが続いているユーロのREERでも、5年前から見れば割安感の修正がはっきりと進んでいます。もちろん、ユーロだけではなく、先に見たドルや円も過去5年で見ればG3通貨のREERはすべて上昇しているのです。

当然、この裏側ではその他の通貨が下落しています。例えばドルのREERを考察する上で大きなシェアを占めるカナダドルやメキシコペソ、そして人民元などは5年前からマイナス7%~マイナス17%ポイント程度、割安方向に幅を拡大させています。 為替と言えば、G3通貨間の値動きにとかく注目が集まりやすいものですが、こうしたREERで見れば「すべて買われている」という認識は重要であり、だからこそ「G3通貨 vs. その他通貨」の構図の中で主要通貨ペアに値幅が出ていないというのが現状の為替相場の概観となります。

政策金利なき今、頼りになる道標
REERで見たリスクバランスのイメージはあくまで1つの尺度に照らしたヒントであり、最終的には政治状況にも配慮した総合判断にならざるを得ないでしょう。しかし、政策金利という有力な道しるべがぼやけ始めている中で、「簡素だが伝統的な尺度」であるREERが与えてくれるヒントは一見の価値があり、私は頼りにしています。半可通の向きほど「為替はランダムウォークだから予想できない」という聞きかじった評論をして妙な諦観を持ちがちですが、理論的な道標が全くないという話でもないことは覚えておきたいところです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?