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香港、鉄壁のカレンシーボードは崩れるのか?

カレンシーボードが争点化するのは必然
米中対立そして香港を巡る一国二制度の揺らぎが香港の通貨システムに飛び火しようとしています。これに関する第一報はブルームバーグで、『米大統領側近が香港の米ドル・ペッグに打撃与える案検討』と題し、中国による「香港国家安全維持法」制定を受けて、トランプ政権が対中制裁政策の一環として、香港の銀行による米ドル購入を制限することを通じ、米ドル・ペッグを基軸とするカレンシーボードに打撃を与えることを検討していると報じられました。これはあくまで「事情に詳しい複数の関係者」の話でしたが、今後の国際金融システムを展望する上では極めて大きな話になりかねないため目が離せない動きです。ちなみに、7月2日の日本経済新聞朝刊も『動かぬ香港ドル 潜む国際金融波乱のリスク』と報じています。この記事中で筆者は「香港の通貨制度が今後の米中対立の論点になり得る」とコメントしました。既に様々な分野に影響が波及している米中対立の性格を思えば、米ドルと密接な関係を持つ香港の通貨システムが争点化してくるのは必然の流れと言えるでしょう:


なお、この論点を気にするような論説は数多く出ています。例えば以下を紹介しておきます:


中国本土と同じくらい米国も脅威
香港の誇る通貨システムであるカレンシーボード制は発行済み自国通貨ドルに対して100%同額の外貨を保有し、通貨当局が公定レートでの交換を保証する仕組みです。この点、香港は現在、マネタリーベースの2倍以上、米ドルにして4400億ドル以上の外貨準備を保有し、香港金融管理局(HKMA)が「1ドル=7.75~7.85香港ドル」の公定レートを保証しています。

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仮に、投機筋が今回の混乱に乗じて香港ドルを「投機的に売り崩す」という行為に踏み出しても、これが成功するためには、外貨準備から発生する香港ドル買い・米ドル売りを全て吸収した上で、それを上回る香港ドル売りをする必要があります。しかし、流動性が限定される香港ドルをそれほど調達して売りを浴びせる途上で香港ドルの短期金利急騰は避けられませんので、投機筋の売り仕掛けは失敗に終わります。この際、金利急騰で香港経済は大変な痛みを被りますが、公定レートは防衛されます。アジア通貨危機の最中でも香港ドル相場が安定を保てた背景にはこうしたメカニズムがあります(非常に単純化した説明ですが、骨子はそのようなイメージです)。

しかし、ここまで見れば分かるようにカレンシーボードの要諦は「保有している外貨準備(米ドル)」です。なので、この獲得や保有を米国側から制限すれば一気に成り立たなくなる恐れがあります。カレンシーボードの存続は本質的には中国本土の政治的意向が鍵を握るものとでしょうが、米国の意向も技術的には重要であり、だからこそ米国が米ドル取引の制限をちらつかせていることは本来盤石のはずの香港ドル相場にとって脅威と考えられるわけです。香港ドル相場が不安定化すれば、それは通貨の安定と共に「国際金融センター」の地位を享受してきた香港経済、ひいては香港を「外資系企業と中国本土を繋ぐゲートウェイ」と位置付けてきた中国政府にとっても打撃となるでししょう。香港ドルを失う危機感から香港の中国本土に対する感情も一段と悪化することが予想されます。中国を政治・経済の両面から苦しめるという意味でカレンシーボードへの打撃は意味がありそうです。

米国も「返り血」を浴びる
しかし、こうした措置は米国にとっては文字通り「諸刃の剣」と考えられます。というのも、香港が米ドル取引を禁じられれば技術的にカレンシーボードを持続させることが難しくなり、必然的に米ドル・ペッグ以外の道(それが人民元ペッグなのかバスケットペッグなのかはここでは問わない)を探ることになります。そうなれば、現在保有している4400億ドル以上の外貨準備(世界第7位の大きさ、2019年)の小さくない部分が不要になり、放出されるという展開も考えられます。その際の需給次第ではありますが、米国としては「望まぬ金利上昇」という形で「返り血」を浴びる可能性もあるはずです。世界の資本コストである米金利の意図せぬ上昇は当然、米国のみならず国際金融市場全体が動揺する論点になるため、そこまでを視野に入れた制裁措置という理解(厳密には覚悟と言っても良いかもしれません)が必要になります。

冒頭紹介したブルームバーグの記事中では「米政権の一部はこうした措置を実行した場合、打撃を被るのは中国ではなく香港の銀行と米国だけになると懸念しており、同案に強く反対していると同関係者は語った」との談話も紹介されています。これは明記こそされていませんが、米金利上昇という「返り血」を懸念したものと考えられます。さらに、同記事中では別の関係者の話として同案が「現在検討されている選択肢のリストで下位にある」とされていることも紹介されていることから、現段階で市場が値を織り込むような材料ではないのかもしれません。事実、国家安全維持法が成立した5月下旬ほど、香港ドル/米ドルのフォワードレートに動揺が見られているわけでもありませんから、金融市場は現状をまだ冷静に見ていると言えそうです。

トランプ政権だからこそ構えたい「理外の一手」
とはいえ、国家安全維持法の制定によって香港においてはインターネット上の書き込み削除はおろか、通信の傍受や令状なしでの家宅捜索、そして旅券の押収などが合法的にまかり通るようになっていると言います。

体面上、米国がこれに何もしないというわけにはいかないのでしょうおから、相応に厳格な対応に踏み込む可能性は否めません。これまでもトランプ政権は「返り血」覚悟で理外の一手を乱発してきた経緯があるだけにカレンシーボードが米国側から崩され、国際金融市場が動揺するリスクは念頭に置きたいところです。


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