見出し画像

コロナワクチン接種で形成されるデジタルヘルス社会

日本でも新型コロナワクチンの集団接種がいよいよスタートした。政府の計画では、高齢者への接種を4月から開始して、2021年末までには約7200万人分(1億4400万回)のワクチンを全国の自治体に供給する。

新型コロナワクチンには副反応があるため、「打つべきか」「打たないほうがよいか」という議論は各所でされているが、ワクチンの接種歴は今後の健康パスポートとして、様々な場所で使われていく可能性もある。

世界では、新型コロナワクチンの集団接種と同時に、ワクチン接種の記録を管理するシステムの開発も各所でスタートしている。米疾病対策センター(CDC)では、米国内すべての接種者に対して、紙の記録カードを発行している。紙カードを基本とするのは、すべての米国民に配布できるようにするためだが、スマートフォンのユーザーであれば、電子化された証明書のほうが使い勝手が良い。

そこで、米カリフォルニア州のロサンゼルス郡(人口1020万人)では、「ロサンゼルス・ウォレットパス(Los Angeles Wallet pass)」というスマホ用アプリの開発に着手している。このアプリでは、PCR検査を受けた際の判定結果とワクチンの接種証明をApple WalletまたはGoogle Payに記録して、デジタルで所持できるようにすることを目指している。それらのデータは雇用主、航空会社、学校などと共有できるオプション機能も用意される予定だ。

ロサンゼルス・ウォレットパスの開発を担当するのは、ロサンゼルス郡ウェストハリウッド市で2012年に創業したHealthvana(ヘルスバーナ)という会社で、HIVウイルスの感染対策アプリを開発してきた実績がある。

画像1

ロサンゼルスの他にも、今後は各所でワクチンパスポートが開発されることになるが、それらの仕様は規格が統一されて、相互利用できるようにしていくのが理想だ。そこで、Microsoft、Oracle、Salesforceなどの大手IT企業が参加する形で「Vaccination Credential Initiative(VCI)」という連合体が、2021年1月に設立されている。

画像2

Vaccination Credential Initiative(VCI)

この組織の目的は、ワクチンパスポートの規格を統一して、VCIに加盟するIT企業が、関連のハードやソフトウエアを製品化しやすくすることにある。具体的なワクチンパスポートの仕様としては、ワクチン接種を受けた個人が、暗号化された接種証明のデジタルコピーをスマートフォンのデジタルウォレットに保存する機能と、スマートフォンを持たない人向けには、紙の接種証明カードに印字されたQRコードをスキャンして、簡単に電子認証できる仕組みが考えられている。

たとえば、高校や大学に通う学生は、学校から発行されるヘルスアプリの中で、ワクチンの接種記録を保存しておけば、入場時に接種証明が求められるコンサート会場や、就職の面接会場でも自動認証されるようになる。個人の健康データをどこまで共有するのかは、また別の議論になるが、テクノロジーの方向性としては、すべての人が健康パスポートを所持するデジタルヘルス社会へと向かっている。

【在宅勤務からの復帰と従業員ヘルスパス】

 デジタルヘルスパス導入のニーズは、企業の従業員向けにも広がっている。ワクチン接種が進めば、1年近く実施してきた在宅勤務を解除して、オフィス勤務へと戻していく企業は、徐々に増えてくることになる。ただし、従業員の健康チェックはしていく必要があることから、ヘルスパスの導入が検討されている。

Salesforceは、企業が在宅勤務者を職場復帰させるための支援ソリューションとして「Work.com」というプラットフォームを立ち上げている。その中では、従業員の健康状態を管理できるウェルネスチェック機能と、各社員の体調を考慮した勤務シフトが組める機能が用意されている。

ウェルネスチェック機能には、IBMが開発したデジタルヘルスパスアプリが組み込まれており、個人のモバイルデバイスとリンクして、毎日測定する体温、PCR検査の履歴、ワクチンの接種歴などの健康情報を保存、共有することができる。これらの健康情報は社内のサーバーではなく、IBM側のブロックチェーン台帳で管理されるため、個人のプライバシーは守りながら、安全な業務を遂行する上で必要なデータのみを活用できるようになっている。

在宅チームとオフィスチームの両方を組み合わせたハイブリッド型の勤務シフトを作る場合にも、ウェルネスチェック機能を活用すると、体調が芳しくない社員は在宅勤務として、オフィスチームは健康状態の良い社員のみで編成することができる。また、出勤した社員の中から、数日後に体調不良の報告があれば、オフィス内で接触のあった同僚の健康状態を追跡することも可能だ。

企業がデジタルヘルスパスを最大限に活用すれば、ワクチン接種をした社員のみをオフィスに戻したり、接客業務に配置して顧客の安心感を高めることも可能になる。しかし、会社側の指示で従業員にワクチン接種を受けさせることは、倫理上の問題があるため、自発的にワクチン接種をした者に対してインセンティブを与えるような、予防接種の奨励制度を設ける方法も検討されている。

世界がコロナ禍から平常の生活に戻るには、できるだけ多くの人がワクチンを接種することが必要となり、各国の政府は接種奨励キャンペーンを展開するようになっている。ワクチンの効果や安全性が示されたニュースが流れると、ワクチン肯定派の割合は増える傾向があるが、ワクチンを拒否する国民も一定数は残ることも確実だろう。

そうした中で、接種証明を持つ者と、持たない者との間で生活や仕事上の差別が生じるのは良くないことだが、コロナ禍を転機として、人々の健康状態が電子的に管理されるデジタルヘルス社会は着実に近づいている。

■関連情報
8割を占めるコロナ軽症者向け遠隔診療サービスの開発
プロ投資家が物色するポストコロナの有望テクノロジー
パンデミック後の国際ビジネスを変革するWHF経済の特徴
オープン化されるコロナ対策特許の活用方法と問題点

JNEWSはネット草創期の1996年から、海外・国内のビジネス事例を専門に取材、会員向けレポート(JNEWS LETTER)として配信しています。JNEWS会員読者には、新規事業立ち上げなどの相談サポートも行い、起業の支援を行っています。詳細は公式サイトをご覧ください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?