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「DXの成功には、データに詳しい人材よりも、顧客に詳しい人材が必要だ。」ーマネジメント層に贈るDX失敗の本質と成功の処方箋

「DXをやれ!」と上から言われている……ここ最近のビジネスの現場では、トップからのそんなひと言に困惑するマネージメント層が増えているようです。

バズワードのように「DX」という言葉が溢れかえる昨今、一方で「DXが実践できない」「DXがなかなかうまくいかない」という声もよく聞かれるようになりました。

「DXが成功しているという認識をもっている日本企業は7%程度」というデータも出ているようです。

具体的な失敗や成功の事例を考察しながら、ビジネスの現場で実際にDXをどう進めていけばいいのか、課題は何なのか、お2人の専門家を交えて考えてみたいと思います。

デジタルマーケティングのコンサルティング会社ネットイヤーグループの代表取締役社長を務める石黒不二代さんと、DXを強力に推進する日本最大級のメガネ通販サイトオーマイグラス代表取締役社長の清川忠康さんにお話をお伺いします。

聞き手は、上阪欣史日経産業新聞デスクが務めます。

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1.なぜデータを見ることが重要なのか?

ー上阪デスク
これだけ「DX」という言葉が叫ばれる中、成功している企業が少ない一番の原因はなんなのでしょうか?

ー石黒さん
例えば、経営層が「ビックデータを解析すれば宝が見つけられる」というようなことを考えていると、なかなかうまくいかないと思います。

DXというのはそういう話ではなく、お客様が何かをやろうとするとき感じる不便を、デジタルの力で圧倒的に便利にしていくことです。そこを出発点として考えていけば、改善点は山ほど見えてくるはずです。

ー上阪デスク
それについては先日、日経産業新聞のコラム「Smart Times」でも石黒さんは主張されていましたが、企業がDXに取り組もうとするとき、まずはどんなことから手をつけていけばいいのでしょう。

ー石黒さん
自分の会社でDXをやらなければならない、トップからDXをやれと言われた、というとき、まず考えなければいけないことは「自分たちがどんなDXをやらなければならないのか?」ということです。DXと言ってもその定義は非常に広いので、そこを整理して考える必要があります。

DXは「デジタルを使ってどのように新しい顧客体験(UX)をデザインできるか?」を考えることから始まります。

さらにその中身は「ビジネスを抜本的に改革する・ビジネスのやり方を変える」という大掛かりなものから、日々の業務に細かく反映させる「デジタルマーケティング」のようなものまであるわけです。

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ー上阪デスク
数は少ないかもしれませんが、企業の成功事例などはあるのでしょうか。

ー石黒さん
もちろんたくさんあると思います。「デジタルマーケティング」をしっかりとやって、成果を出している会社は多いと思います。

例えば、カインズなどでは、売り場で商品が探しやすいように、商品の場所を検索できるアプリの導入を全店で行なっていますし、優秀なIT人材確保のためにエンジニアが働きやすい環境を整えたり、人材が定着しやすい制度を導入したりするなどにも積極的です。

ー上阪デスク
具体的に「デジタルマーケティング」のプロセスについて、教えていただけますか?

ー石黒さん
いろいろなデバイス・広告・SNS・リアル店舗・オウンドメディアなどから取得できるデータをすべて溜め込めるDMP(Data Management Platform)を作り、そこで顧客の分析をして様々な施策をマーケティングオートメーションによって行なっていくというのが、現在のデジタルマーケティングの基本的な形になっています。

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ー上阪デスク
なかなか運用が難しそうにも見えますが、一般的な企業が簡単に導入できる仕組みなのでしょうか?

ー石黒さん
DMPに関しては、非常に多くの企業が導入したもののほとんど使われていないという実情もあります。原因は「マーケターが使えるデータになっていない」からです。

マーケターがやりたいのは、個々の顧客が「どのような行動をしているのか?」を見て、それに対して施策を打つことです。

DMPで取得したすべてのデータを統合し、各顧客の行動データを観察して、顧客特性を抽出しやすいようにすることで、個々の顧客が「どのような行動をしているのか?」がようやく出てきます。

社内のマーケターが使いやすいシステムを作るということも、デジタルマーケティングにおいては重要なポイントだと思います。

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ー上阪デスク
清川さんはこれまで積極的にDXに取り組まれてきたと思いますが、マネージメントやプロジェクトの進め方について、重要だと思うポイントはありますか?

ー清川さん
自分たちがやってきて経験から重要だったと思うのは、人事制度や評価制度を変えることです。

今の石黒さんのお話にあった、顧客単位で「どのような行動をしているのか?」ということを、データを整理してすべて見られるようにすることで、スタッフの評価にも反映できるようにしました。

すると、スタッフは自然に「顧客のためになること」を率先してやるようになりました。こういう側面からもデータを見ることは重要だと思います。

ー石黒さん
私たちもコンサルに入るとき「KPIの設定を変えてください」というお話をします。例えば、小売なら「店舗の売上×店舗数」、メーカーなら「商品×商品価格×販売数」がKPIになっているケースが多いです。

そうではなく「顧客数と顧客が使う年間の金額やライフタイム」、さらに継続率や離脱率、顧客満足度などをデジタルを導入して見るようにすることで、会社全体が変わっていくと思います。

ー清川さん
うちの会社で「LINE ID を登録してくれた人は500円引きする」という施策を行ったことがありました。これを「客単価が下がる」ことを理由に積極的に取り組んでいない店舗が出ていたことが、後になってわかったことがあります。

「ネットを積極的に使おう」「顧客接点をとっていこう」といくら言っていても、KPIが売上になっていれば、現場の動きが逆になるのは当然だと思います。

ー石黒さん
今の話ですが、ポイントシステムは確かに店側にとって「集客できても値引きになる」ので、躊躇すると思います。

しかし、データをもっと丁寧に分析してターゲットを絞っていくと、「このユーザーにはポイントを出さなくていい」「このタイミングでポイントを出すとよく効く」などがわかるようになります。

一律にばらまいていたポイントをデータに基づいて操作することで、すべてが「値引き」にはなりませんし、集客ができて売上も上がる。やはりデータ分析をしっかりやるべきだと思います。

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2.経営層と現場のコミュニケーションをどうとるか?

ー上阪デスク
システムやツールを入れて終わりと思っている経営層と、本質的な問題が解決していないと思っている現場の齟齬は、非常に大きいように感じます。経営層と現場に起きている断絶は、どのように埋めていけばいいのでしょうか?

ー石黒さん
経営層は細かいデータまでは見ないと思いますが、日々、動いているデータを見てもらうことだと思います。

現場は、分析した結果を随時更新して、シナリオも変えていかなければなりません。行った施策がどのように反映しているのか、「現場は常に動いている」という感覚を経営層にももってもらうことが重要だと思います。

ー上阪デスク
例えば、古い体質の残る営業部門などでは、「顧客のことを一番わかっているのは自分たちだ」という感覚があり、DXに対して懐疑的な人もまだまだ多いかもしれません。そのような古いマインドセットを変えるには、どのように働きかけていけばいいでしょうか?

ー石黒さん
相手先のことがよくわかっていなくてもとにかく商品を売る、それができることがこれまでは強い営業だったと思います。

一方、マーケティングというのは、営業がいらない仕組みを作ることです。お客様が何を見ているのかを知ることで、商品の価格や置き場所、コミュニケーションによって売る仕組みを作っていきます。

マーケティングによって新たに見えてきたものを踏まえれば、営業のやり方も変わるはずですし、その上で強い営業があるならば、それは会社の強みになっていくと思います。

仕組みを作ってリアルに体験してもらえば、営業の第一線で活躍してきた人ならば、顧客のことをより深く知ることができるツールを無視したりはしないと思います。

ー上阪デスク
清川さんはDXに取り組むにあたって、現場のマインドをどのように変えていったのですか?

ー清川さん
1つは新卒採用の強化です。中長期で業界の常識がない人をゼロから育てることをやりました。そして中途採用に関しても、なるべく未経験の人を採用して、育て上げるようにしています。

もちろん、既存メンバーの教育もやらなければいけませんでしたから、それについては先ほども言いましたが、評価制度を変えるなどの施策に取り組みました。その3つに取り組むことで、意識を変えていってもらうようにしました。

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3.最も重要なことはゴールを明確に設定すること

ー上阪デスク
ここまでいろいろなお話を伺ってきましたが、DXに取り組む上で最も重要なことは何なのでしょうか?

ー石黒さん
「ゴール」を明確にすることだと思います。

ー上阪デスク
トップがざっくりと「DXをやれ」という会社が多いようですが、明確なゴールをイメージせずにやっても、新しい顧客体験は生まれないということですね。

ー石黒さん
すべては「個」のお客様のために、デジタルを使って「何を変えるか?」ということだと思います。

ー上阪デスク
清川さんはDXを推進しようとしたとき、最初に明確なゴールのイメージはされていましたか?

ー清川さん
実は、僕たちは社内で「DX」という言葉を使うことはありません。DXがゴールになってしまっているケースが多いのではないかと思いますが、「DXをやれ!」と言っても、DXはあくまで手段であって目的ではありません。

顧客価値を劇的に向上させる可能性がある手段が、DXだと思います。

ー石黒さん
DXを推進する上で、最も重要な人材は「顧客をわかっている人」です。コードが書ける人も必要ですし、全体のシステム設計ができる人も必要ですが、「これをこんなふうに圧倒的に便利にできないか?」と考える人が必要なのです。

ー清川さん
「DXとは何か?」ということを、最初に社内で定義したほうがいいと思います。メンバーで話し合って「自分たちのDXはこうあるべきだ」という、共通認識をもてるといいと思います。

DXを手段として用いて、こうやって会社を良くしていこうということが共有されると、重要なポイントを見失わずに前に進めると思います。

ー上阪デスク
DXという言葉は使わずに、「顧客を見える化したい」「UXをどう実現するか」などというところから考え始めることがいいのかもしれませんね。

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この記事は3月16日(火)に開催した、オンラインイベント「マネジメント層に贈る DX失敗の本質と成功の処方箋」の内容をもとに作成しました。


石黒不二代さん
ネットイヤーグループ株式会社代表取締役社長 

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【石黒さんのプロフィール】
愛知県出身。1980年名古屋大学経済学部を卒業後、ブラザー工業に入社し、海外営業を担当する。結婚を機に退社。87年スワロフスキー・ジャパンにマネージャーとして入社。92年スタンフォード大学経営大学院に入学し、MBA(経営学修士)取得。94年シリコンバレーでハイテク系コンサルティング会社を起業。99年ネットイヤーグループの日本での創業に参画、社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。同社の日本進出に伴い帰国し、2000年より現職。


清川忠康さん
オーマイグラス株式会社代表取締役社長

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【清川さんのプロフィール】
1982年大阪府生まれ。2005年に慶応義塾大学法学部、2006年にインディアナ大学大学院を卒業後、UBS証券、経営共創基盤を経て、スタンフォード大学経営大学院に留学。2年次在学中にオーマイグラス株式会社を創業。オーマイグラスは、D2Cメガネリテイラーとして、Oh My Glasses TOKYO(http://ohmyglasses.jp)の屋号で日本最大級のメガネ通販サイトと実店舗を運営。最近は、Youtuberとしても活動開始。主な著書「スタンフォードの未来を創造する授業」(総合法令出版、2013年)
・note:https://note.com/tadkiyokawa


上阪欣史
日経産業新聞デスク

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【上阪デスクのプロフィール】
2001年日本経済新聞社入社。商品部を振り出しに大阪社会部を経て08年企業報道部(旧産業部)へ。機械や素材などものづくりの取材キャリアが長い。現在日経産業新聞デスクとしてスタートアップ業界とsmarttimesの編集を担当。

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