「すべてを犠牲に・・・・・」が独り歩きする心配


 ラグビーのワールドカップで日本チームは見事に初のベスト8入りを果たした。すばらしい快挙であり、ラグビーファン以外にも大きな感動を与えた。

 快挙の陰には壮絶な練習と、計り知れないがまんやがんばりがあったことだろう。選手は年間240日に及ぶ合宿などで「すべての時間を犠牲にしてきた」という。

 想像を超える努力が実を結んだことは否定できないし、その努力は尊敬に値する。しかし日本中が快挙に沸き立つ余波のなかで、企業などの職場や部活などでもモーレツ主義が復活しないか少々心配だ。

 私は「すべてを犠牲にする」努力そのものを否定するわけではない。ただし、それはあくまでも本人の自発的な意思によるものでなければならない。ラグビー日本チームの場合、メンバーは栄光を手に入れる代償として「すべてを犠牲に」したのである。犠牲に見合う成果が得られると計算したからメンバー入りし、犠牲を受け入れたのだろう。

 しかし、これはあくまでも例外的だ。普通の企業やスポーツ団体などで「すべてを犠牲にする」だけの見返りがあるとは考えられない。まして本人の自由意思ではなく、半ば強制的に犠牲が強いられることは絶対に避けなければならない。とくに日本社会では「強制された自発性」という奇妙な現象が起きやすい。自発的選択という名のもとに、そうせざるをえない状態に追いやられてしまうのだ。

 勝利の熱狂が冷静な判断を誤らせないように祈っている。

https://www.excite.co.jp/news/article/Mdpr_news1882584/

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「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。

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ohtahajime

同志社大学教授。専門は組織論。個人を重視する組織・社会づくりが研究テーマ。 新刊『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019/2)のほか、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)、『個人尊重の組織論』(中公新書)など著書は30冊余。

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