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母の撮る写真

「安田さんの写真って、子どもより視線が低いものが多いですよね」。

写真展に来て下さった方のそんな言葉に、はっとしたことがあります。このときふと頭の中に浮かんだのが、母の姿でした。

母は私が幼い頃まで、写真の仕事をしていた人でした。公園に遊びに行ったり、遠くに出かけたりするとき、写真係はいつも母でした。

実は小学校入学前、入退院を繰り返していた私にとって、外で遊べる喜びは人一倍でした。そんな私と一緒に母は、一眼レフを片手に、どこまででも駆け回ってくれました。そしてカメラを構えるときは必ず腰を落とし、ときには地面に腹這いになって、私よりも低い目線からシャッターを切っていました。

あのときはただただ、「変な恰好だな」と思いながら母を眺めていたものです。今思うとその姿勢が、大きなカメラの威圧感を優しく消し、私の自然な表情を引き出してくれていました。そしてファインダー越しにじっと見つめられることで、「いつも母が見守ってくれている」という安心感を得ていったように思います。

中学時代に父と兄が亡くなると、母はいつしかカメラを置き、生活に追われるようになりました。「心の余裕がないとシャッターは切れないからね」。そう呟いた母の背中は寂しそうでした。

彼女が残してくれた数々の写真は、今でも実家の押入れをぎっしりと埋めています。家族が集まってアルバムひとつひとつをのぞいていると、母の顔にもほんの少し笑顔が戻ります。カメラを構えていたときのような、愛おしいものを見つめる微笑みです。

母が写真を撮っていた頃は、まさか自分も写真を仕事にするとは思ってもみませんでした。母のために始めた仕事ではありませんが、彼女が追えなかった夢を、自分が追いかけているような気持ちがどこかにあります。

カメラを手にしてから10年。子どもたちにそっと寄り添い、静かに腰を落としてシャッターを切る母の姿勢を受け継ぐことができるよう、今でも度々当時を思い返します。

そして世界各国で出会う子どもたちにシャッターを切る度に、心の中で語りかけます。「今日もあなたのこと、見守っているよ」と。私が母からもらった安らぎが、彼ら、彼女たちの心にも広がることを願って。

(「ユニセフ・マンスリーサポーター向け会報誌『ユニセフニュース』」への寄稿文より転載)

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フォトジャーナリスト。国内外で貧困、難民問題の取材を続ける。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。J-WAVE「JAM THE WORLD」水曜日ニューススーパーバイザー。TBS「サンデーモーニング」コメンテーター。 https://d4p.world/

コメント1件

ただの写真好きが、プロのフォトグラファーにコメントするなどとは、百年早いのは承知のうえです。

ほんとうに素直に、わたしの心にしみてきたテキストでした。参考に、などとはおこがましいですが、写真を愛する者として、いつでも、心の奥に置かせていただきたいnoteです。
ありがとうございました。
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