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「成熟した債権国」の終わり~円安の考え方~

ドル/円相場上昇の背景整理

周知の通り、断続的に円安が続いています:

対ドルでは119円台をつけるなど、断続的に高値更新が見られています。かねてnoteでは円安の考え方について議論しておりますように、この動きには全く違和感がありません。とりわけ足許では以下の論点が改めて重要になっているように思います:

今回は上記noteの論点を中心として、改めて円安の背景をご説明します。

読者の方々が直感的に思っているように、日本の政治・経済状況を踏まえる限り、円建て資産に投資する材料は乏しいものです。現下の円安の背景として複数の材料を挙げることができますが、今回のnoteでは①成長率、②金利、③需給といった基本的な論点から今一度整理したいと思います。為替変動をもたらす最も基本的な3要因です。

まず、①ですが、成長率の強弱が通貨のそれにリンクするほど変動為替相場は単純な世界ではありません。しかし、その単純な世界が少なくとも過去1年、G7通貨の世界ではまかり通っています。多くを語るよりも下図を一瞥して貰えば明らかでしょう:

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これは結局、アフターコロナを見据えて昨春から行動制限を完全に解除し、2020年の遅れを取り戻すように潜在成長率の2~3倍のペースで走り抜けることができた欧米経済と、常に新規感染者数の水準に拘泥し、何らかの行動規制に怯えながら歩んできた日本経済との違いだと思います。

ここで①の論点は②の論点も関係してきます。当然、旺盛な需要を復元できた欧米経済では物価や市中金利は上がり、だからこそ金融政策の正常化に関する議論が盛り上がり、今年はその実行へと歩を進めようとしています。片や、日本は本稿執筆時点では未だに首都圏を中心にまん延防止措置を敷き、飲食店などは時短営業を強いられています。日々の新規感染者数の水準は依然、大きなヘッドラインと共に報じられる社会的関心事です。こうした世相が変わる雰囲気はなく、今後も政府・与党から出てくる防疫政策は大きく変わらないでしょう。なお、まん防を解除しても、日常生活への移行期間だ、リバウンドはある、お花見はするな、4人以上は接種証明だ、最大限の警戒が必要etc、法治を超えてファジーに抑圧しようとする悪い「日本らしさ」が顔を出しています。なぜそこまで経済活動に介入したいのか筆者には良く分かりませんが、それが日本の現状でもあります。

ここではその感染予防効果を議論するつもりはありませんが、コロナに対する向き合い方の違いが成長率格差や金融政策格差ひいては通貨の強弱に繋がってきたことは殆ど疑いようがない事実だと私は思います。確かに、元々日本の成長率は低いものですが、「2020年の低成長に対する2021年の反動」は地力に関係なく訪れるはずです。それが諸外国対比で殆ど確認できなかった以上、日本固有の要因が作用したと考えざるを得ないでしょう。供給制約、資源高、変異株の蔓延etc、これらは全世界的な話であって、日本だけの話ではありません。

もちろん、②に関しては、目下勢いづく円安相場を前に日銀が危機感を覚え、正常化に関心を寄せるならば多少、状況も変わり得るでしょう。しかし、昨年来、黒田日銀総裁は再三に亘って円安の弊害を指摘する声に反意を示し、今年に入ってからも「大規模緩和は(経済に)プラスなので、粘り強く続けて目標を達成することが一番重要」と主張しています。ウクライナ侵攻に因んで資源高が進んだ現状でもこの見解は大きく変わっていないようです:

いずれにせよ、日銀が正常化プロセスを検討しない限りにおいて、内外の金融政策格差は顕著に拡大することは既定路線です。既にイングランド銀行は3回、FRBは1回の利上げに踏み切り、カナダ中銀も近々動くと言われています。ECBも年内利上げを視野に入れています。先進国中銀は実際に利上げをしたわけではなく、少なくとも政策金利上の格差が開くのはこれからの話です。「日本だけゼロ金利」という環境の下、円キャリー取引が活性化されたのが05~07年でしたが、今から起きようとしていることはそれに近いようにも感じられます。

「成熟した債権国」の終わり?
しかし、最も根深い円安要因は③でしょう。円相場が安全資産と呼ばれてきた最大の理由が多額の経常黒字をコンスタントに稼ぎ、結果として「世界最大の対外純資産国」というステータスを保持してきたからでした。世界最悪の政府債務残高やハイペースで進む少子高齢化、結果としての低成長にも拘わらず円や日本国債が安定推移してきた背景に「鉄壁の需給環境」があったことは論を待ちません。近年では貿易黒字こそ失ったものの、それを補って余りある第一次所得収支黒字により経常黒字は高水準を維持できていました。貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ。「成熟した債権国」の姿です

しかし、経常黒字と対外純資産というこの2大論点について、明らかに変調が見られています。前者に関しては今年1月には史上2番目の経常赤字が記録され、資源価格の騰勢が止まない限りにおいてこの状況は大きく変わりそうにありません。現状では所得収支で稼ぐ以上に貿易収支の赤字が大きくなっており、「債権取り崩し国」としての姿を体現しています

もっとも、今後、辛うじて経常黒字を確保したとしても、それは第一次所得収支黒字という円買い需要を伴わない黒字であり、貿易赤字が巨額である状況は大きく変わらないでしょう。為替市場において重視されるべきは円の買い切り・売り切りに繋がる貿易収支です。第一次所得収支黒字は有価証券の利子・配当などが多く、これらは外貨のまま再投資される割合が非常に高いと推測されます。既に第一次所得収支黒字に依存してきた日本の経常黒字は大分前から、円相場を支えるという観点に立てば「張り子の虎」だったという経緯があります。

また、経常収支と対を為す金融収支においては過去10年で対外直接投資が猛烈な勢いで増えてきました。結果、日本の基礎収支(経常収支+直接投資)は断続的に外貨流出を示唆するようになっており、円安が肯定されやすい地合いにはありました。このように需給環境に変調が生じ始めたのはこの10年の話であり、最近の話ではありません:

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もっとも、直情的な為替市場では「経常赤字に転落」という事実がクローズアップされやすく、過去2番目の経常赤字が発表された週以降でドル/円相場が高値更新し続けていることはあながち偶然とも言えないように思います。そういう論調や報道は明らかに増えているのも事実です:

何より経常赤字が続けば、対外純資産の累増も止まる可能性があります。円安になれば価格効果で残高が増える道もあるので、予想は単純にはいきませんが、残高の伸びが鈍化する可能性は相応に高まるはずです。そうなれば毎年巨額の貿易黒字と共に日本を猛追するドイツが世界最大の対外純資産国のステータスを奪う未来も考えられます

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世界最大と世界第2位で本質的な差があるわけではないでしょうが、30年間維持してきたステータスを失うことについて、為替市場が冷静な対応をしてくれるでしょうか。落日の円に対する評価は厳しいものになる可能性は否めないと筆者は思っています

ドル安は円高を約束しない
もちろん、目先の為替見通しだけを考えれば、ここからFRBが実体経済への影響に配慮して正常化プロセスを停止し、それがドル安を招く可能性はあります。既に米イールドカーブはフラットニングが顕著であり、7回利上げで意見集約されながらも、実際はあと1-2回で指標性の高い10年-2年スプレッドなども逆転してしまいそうです。そうなれば米金利が低下に転じ、ドル売り・円買いが優勢になるかもしれません。また、米国の経常赤字は既に金融バブル絶頂だった2006年当時に匹敵するほど膨らんでいます。これをドル安要因として指摘する向きもありあす。

しかし、ドル安が円高に直結するという考え方を当然視すべきではないでしょう。図に示すように、過去1年間を見ると、「ドル安でも円安」というシーンは何度もありました:

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ドル以前の問題として、上述した①~③の全てで劣後感が滲み出る円を回避しようという流れがあるのではないでしょうか。もっと大きな言い方をすれば、それは現下の円安は「日本売り」というテーマなのではないかという理解です。上述してきたように①成長率、②金利、③需給のいずれに照らしても円はアピールポイントがありません。今のようなリスクオフ局面に直面した場合、いずれの国も①や②では差がつきにくくなるので、③で優勢な通貨が選ばれやすくなります。それが従前見られてきた「安全資産としての円買い」でした。

しかし、上述したように、その③も円は不穏な状況にあります。少なくともウクライナ危機を受けたリスクオフムードで円が安全資産として見られる雰囲気は殆ど感じられません。厳しい意見ですが、③需給が評価して貰えない円は何もアピールポイントがありません。単なる低成長で低金利の通貨です

名実ともに「アベノミクス越えの円安」がテーマに
さらに言えば、FRBもECBもまずはインフレ抑制を優先し、①成長を犠牲にしても、②金利は引き上げる方向にあります:

同じ真似が日本にできるでしょうか。恐らく難しいのでしょう。そもそも行動規制を解除して成長率を復元することすらできない国が利上げに踏み切れる道理はありません。「経済より命」という政治的決断は民主的意思の結果でもあり、筆者が異論を挟む余地はありません。ですが、結果として起きていることは低成長・低金利ゆえの円安であることは為政者が見つめるべき事実になっているように感じます。現在、欧米が金融政策の正常化を議論できるのは、2021年に大幅な成長率を実現したからという前提があります。言い換えれば、減速するだけの糊代を持っているのであり、1年間の大半を行動規制で過ごした日本とは基礎体力が違うと考えるべきです。

昨年来、筆者は2021年上半期中に120円、2021年中に123円という見通しを掲げて参りました。以下は年初の見通し紹介の記事です:

今のところ、順調にそのシナリオ通りで走っているように思います。敢えて懸念点を挙げるとすれば、足許のウクライナ危機とそれに伴う資源高が経常赤字をもたらすという動きは想定外であるため、需給悪化を理由として、見通しの上方修正を検討する余地が出てきているようには思います。

この点、年内の上値目途として2015年6月に付けた高値(125.86円)は視野に入ります。既に実質実効為替レートでの黒田ライン突破は大きく取り上げられていますが、名目相場はまだ当時と比べれば円高気味です。名実ともに「アベノミクス越えの円安」が今年のテーマとなるかは為替市場における1つの大きな注目点となりましょう。

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