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可視化→価値化でストレージを超えたプラットフォームへ。 〜寺田倉庫WHATを訪れて考えた、アート界の第3極としての可能性

お疲れさまです。uni'que若宮です。

先日、寺田倉庫が新しくオープンした『WHAT』というアート施設にお招きいただいていってきたのですが、WHATがとても興味深く、ビジネス的にもアート的にも面白い可能性を感じたので、そのことについて書きたいと思います。


「WHAT」とはなにか?

「WHAT」は寺田倉庫が手掛ける、現代アートのコレクターズミュージアムです。

↓の記事の通り、寺田倉庫さんは天王洲に続々とアートコンプレックスをつくっているのですが、記事中にある、「TERRADA ART MUSEUM(仮称)」が正式名「WHAT」として2020年12月12日にオープンしました。

WHATのねらいについて、寺田倉庫の柴田執行役員(写真右)はこう説明してくれました。

「WHATは「倉庫を開放、普段見られないアートを覗き見する」というコンセプトでオープンした芸術文化施設です。寺田倉庫の美術品保管サービスを利用するコレクターの方々が自らの価値基準で収集した貴重なアート作品の数々を展示し、コレクターの視点を通じて現代アートの魅力に迫ることができます。」

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現在、第一弾のオープニング展示として「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション」展が開催されているのですが、この「解き放たれたコレクション」というタイトルはWHATのチャレンジを象徴するものです。

僕が思うに、WHATは3つの「可視化→価値化」によって、ストレージをメディアにする取り組みであり、アート界の第3極となる可能性も秘めていると考えています。


「ストレージを可視化/価値化」する

まず、WHATのユニークさはなにより、それがこれまでは倉庫の中に「眠っていた」保管作品を表に出し、それを展覧会として展示したことです。

寺田倉庫は2010年頃より一般倉庫業からワインやアートなど高付加価値の保管へと強力にシフトし、この10年でアート作品の保管のリーティングカンパニーとなりました。

作品保管には当然温度湿度の管理などの優れた技術が必要ですから、そこに特化することで他社と明確に差別化しつつ、ノウハウと技術を集積することで、高品質な保管を求める荷主がどんどん集まってきます。

結果として寺田倉庫が拠点を構える天王洲アイルは、倉庫の中に閉ざされ気づかれなかったけれども、実は日本有数のアート集積地となり、多くのアート作品が「眠っていた」わけです。

アート作品は劣化しないよう保管することも重要ですが、本来「鑑賞」ということがあってこそ価値が発揮されるものです。

よくよく考えれば(森美や水戸芸のようなクンストハレを除けば)美術館も半分は「収蔵=ストレージ」のための施設です。ですがもちろん、本当に所蔵しているだけでは「宝の持ち腐れ」になりかねません。寺田倉庫は本業の「眠っていた資産」を「展示」というかたちで可視化することで、新しい価値を生み出すことになります。ただ眠らせておくのではなくみてもらえることは、コレクターにとってもモチベーションになるでしょう。


ビジネスの実務的なところでいうと「地の利」もとても効いてきます。さきほどあげたようなクンストハレ型の現代美術館はもとより、企画展の際には「輸送」も大変でコストもかかることですから、保管場所の近くで展示ができるのはとてもおおきな利点です。


「若いアートを可視化/価値化」する

そして、保管中の作品の展示は、同時代の若いアーティストが注目を浴びる機会を増やすことにもなります。

保管中の作品には、まだそれほど大きな価値のついていない「駆け出し」のアーティストの作品も含まれるでしょう。公的な美術館や大きなInstituteに「収蔵」されるアート作品はある程度アート・ワールドの中で価値が定まったものになりがちなので、美術館の「収蔵」作品と寺田倉庫の「保管」作品とではラインナップが変わってくるはずです。また、企画展と比べると先程述べたような「地の利」もあり、他のミュージアム以上に短期間に作品を入れ替えることもできるでしょう。

このことは、若いアーティストに大幅にチャンスを増やす場になる可能性があります。実際、今回の展示でも川内理香子さんが展示のトップを飾り、岡崎乾二郎さんや会田誠さん、奈良美智さんなどのトップアーティストの作品(しかも若い頃)と並列に、若いアーティストの作品が展示されていました。

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(二点とも河内理香子さんの作品)


アートはお披露目されることで価値があがっていきますから、大物アーティストと一緒に展示されるのは若いアーティストにとって本当によい「価値化」の機会になります。


こういった(美術館の収蔵とはちがう)コレクションの意義について、今回の展示冒頭に掲げられたコレクター高橋龍太郎さんの「描き初め」というテクストにとても感銘を受けたので引用します。

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コレクションもたえず埋め合わされている限り、その若さを保ち続ける。
ただしコレクションにはコレクターの年齢や経済力の限界がいつでも付きまとう。自分の嗜好が硬直化して時代と罪離してくれば、 そのコレクションはその役割を終える。だが、美術館の収蔵作品のように事後的に評価の定まったものだけを購入するのであれば、それはコレクションとは呼ばれない。(少なくとも私はそう考えてきた。)コレクションにはコレクターの生きる証しが反映されていなければならないからだ。


そう、コレクターによるコレクションは、「若い」のです。


「コレクターを可視化/価値化」する

そして最後に、今回の高橋龍太郎さんのように、WHATが可視化するのはコレクターそれ自身の価値です。学芸員ともギャラリストとも違い、個人の趣味嗜好によってコレクションされる作品群は、時代やジャンルを横断する面白みを持ちます。それはInstituteやマーケットの評価基準からも自由でありえ、コレクター自身が変化しうるために、より動的であり軽やかなものかもしれません。

こうした「コレクターの視点」の価値も、これまでアートワールドに「眠っていた」ものだといえるでしょう。

こういった展示機会により、コレクションが話題を呼んで注目されればコレクター自身の価値も高まります。その結果、「コレクターの視点」によって発掘された「若いアート」の価値も高まり、といったように、コレクター⇔コレクション⇔アーティストの価値が相互に高め合うスパイラルが生まれると思うのです。


ストレージからメディアプラットフォームへ

新規事業を長らくやってきた身として、WHATは色々なピースが嵌ったすばらしい事業だなあ、と舌を巻きました。

まず、それは「アート作品の保管」という圧倒的なアドバンテージがあってこそできる、「寺田倉庫ならでは」の事業です。

さらに、「眠っていたストレージ」を可視化することで各プレーヤーの価値を高めているのですがこの価値の相互の高め合いの設計がとてもすばらしく、コレクター⇔コレクション⇔アーティストの価値が相互に高めあい、その結果としてプラットフォームとしての「寺田倉庫」の価値があがります。

これはある種、メディアプラットフォームの価値増大に似ていて「場」自体がブランド化されていくため、コレクター⇔コレクション⇔アーティストの価値が高まり、その「場」としてのWHATや寺田のアートスペースの価値が高まることで、より一層「寺田倉庫にあずける」という本業の価値もあがることになるでしょう。

そしてさらに引いてみると、寺田倉庫は「天王洲というまち」自体をメディアにしながらその場にも求心力をつくりつつあり、不動産事業としても価値増大をしているとも言えます。

これらのことが、「コレクターズミュージアム」という「隠れていたものを表に出す」コロンブスの卵的な発明によってダイナミックに展開し始めるのです。天才か。


そしてなにより、アート界の中で考えた時に、僕がWHATが新しい希望かもしれない、と期待することが3つあります。


1つは、Institute(美術館)ともマーケット(オークションやギャラリー)ともちがう、価値づけの第3極としてのあり方です。

今のアート業界には閉塞的で硬直的になっている部分があると感じるかたも多いでしょう。Instituteではある種のAuthorityが求められますし、マーケットは資本主義のゲームに(少なくともまだしばらくは)縛られ続けるでしょう。あるいは、Instituteとマーケットは「ストック」と「フロー」の極だということもできます。美術館は「ストック」機能が重要なために、ある程度権威的で静的にあらざるを得ません。一方マーケットは、流通によってこそ益が上がり、価値も高まりますからどうしても「売れるもの」に偏りがちです。(最近のストリートアートは、この両極の中で評価が引き裂かれているようにも思います)

こうしたこれまでの両極のプレイヤーの論理に対し、「保管」というフロー的ストックで切り込めるのがWHATであり、寺田倉庫なのではと思うのです。それは「評価が確立したもの」でも「売れるもの」でもない価値を見出していけるかもしれません。


2つ目は、アートファンとの新しい関係です。

すでに述べた、天王洲にアートを集積しているという地の利、そして「保管」という機能によって自ら収集せずとも作品が集まってくるという強みを生かせば、これまでの美術館よりも頻繁に展示作品を入れ替えることができるようになるはずです。ファンと実際にコミュニケーションできる同時代や若いアーティストを含めた幅広い作家ラインナップと作品入れ替えの更新頻度は、サブスクやコミュニティ型のビジネスモデルなど、「継続的なファン」との関係をつくりあげられるかもしれません。
同時代のメディアアートやパフォーマンスアートなどでは、いわゆる持ち運びできる絵画や彫刻だけではなく、「収蔵」や「売買」という従来の流通に適合しづらいアートも増えてきているのですが、そういうアートを支える新しい仕組みの可能性にもつながるでしょう。


そして最後に、もっとも重要なことは、中長期視点です。というのは、こうした文化資本の価値づくりは長期期的視点での戦略がなければ持続がむずかしいからです。

もし、WHATをミュージアム単体として短期の採算を取りにかかるとなかなか利益化は難しいかもしれませんし、割に合う商売ではないかもしれません。事業単体ではなく、そこに生まれる価値増大によってプラットフォームとしての価値をあげていく、これは受け皿となる寺田倉庫の事業群があるからこそできる戦略です。

そして、このプラットフォーム価値を軸に考えた時、「保存」でも「売買」でもなく、「育む」ということこそが企業戦略と一致してきます。

寺田倉庫は実際、若手アーティストの育成やアーティストの雇用・協働も進めていますが、こうしたインキュベーションの中から将来大きく活躍するアーティストが生まれてくることでしょう。そしてその中には寺田倉庫との関わりがなければ日の目をみる前に挫折する才能もあるかもしれません。

「文創企業」を掲げ、ストレージを「可視化/価値化」することによって、文化をつくりはじめた寺田倉庫のチャレンジに引き続き注目していきたいと思います。

(寺田倉庫の「文創企業」としての取り組みについてはこちらのQonversationsでの対談記事もぜひご覧ください)




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