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「必然性は自分の中から生まれる」これからの消費は 感度のスイッチがキーワード!

はじめまして。スマイルズのCCO(Chief Creative Officer)の野崎です。
スマイルズは食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」や、ネクタイブランド「giraffe」をはじめとした様々なブランド事業を展開しています。
その中で事業企画開発やブランディング、クリエイティブ、PRなどを名ばかりながら統括しています。また近年は、外部企業の業態プロデュースから商品企画・ブランディング、エリア開発からCI(Corporate Identity)の開発に至るまで、ささやかにアクロバティックな角度から携わっています。


今回から日経COMEMOにて記事を書くことになりました。これからのブランドのことや、価値のことについて思うところをつらつらと語っていこうかなと思います。

・・・さて、記念すべき第1回ですが、やはりこれを取り上げないわけにはいけません。

ついにUSJにマリオが登場!

僕はその昔より熱狂的な任天堂信者。幼少期初めてファミコンのコントローラーを手にしたあの日から今に至るまで、35年の片思いです。もはやゲームは殆どやらないのですが、YouTubeにて子供たちがゲーム機を買ってもらう動画を観ながらほくそ笑む日々です。

そんな信者の皆さまにとっては夢のような場所がUSJに登場したわけです。
まさに1/1でマリオになれる体験というわけですね。コロナ禍でもあり、なかなかすぐには行けそうにはないですが、さっそく赴いた方々のレビューを見ながら、単に国民的キャラクターだけに頼らない任天堂の凄みの一端を垣間見たので、少しお話ししたいと思います。

「土管」がいい仕事をしています

まず、USJに入場した後、「スーパーニンテンドーワールド」のエリアへは土管を通り抜けていくわけですが、ここが最初のポイントですよね。この土管を通り抜けさせることで、ぐっとマリオの世界へ引き込むわけです。

USJにハリー・ポッターのエリア(ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター)ができた時にも同様の仕掛けが施されていましたよね。人間界から魔法界へいたるまでかなり長い森の回廊を歩かされるわけですが、その心理障壁や身体的障壁がぐっと気持ちを高めて、非日常の世界へ没入する準備を整えてくれます。

※驚くなかれ、サイトでも同様の体験ができるように設計されています。

この心理障壁を生み出す仕掛けは日本でも昔から利用されてきました。
例えば、奈良・東大寺の大仏殿に至る回廊の前にそびえる中門

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普段はその正面から入ることもできず、南大門と比べて目立たない存在ですが、お正月など限られた日には一般開放され、その門を通ることができます。僕も一度大晦日にわざわざ並んで潜り抜けたことがあるのですが、一度ぐっとかがんで門に入り込み、抜けた瞬間に開ける視界、まっすぐに伸びた参道と荘厳な大仏殿が未だに脳裏に焼き付いています。ほんの一瞬の出来事ながら、その暗と明、狭と広、緊張と弛緩のバランスが大仏殿のスケール感をなお一層引き立て、見るものをある種の“異世界”に引き込んでくれるのでしょう。

「星のや京都」も有名ですよね。京都・嵐山の渡月橋近くの桟橋から専用舟で15分ほど上流へ登ったところにそれはあります。もはやこの時から星のやさんの世界観に引き込まれてしまってその後起こるであろう体験のすべてに感動してしまいそうです。

「感度のスイッチ」について

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僕はこれらの作用のことを「感度のスイッチ」と呼んでいます。このスイッチが入ってしまった人は、そこから起こるあらゆることに琴線が触れてしまうような感覚になってしまう。
何気なくたたずむ建物も、ひらひら舞う落ち葉も、日常とはかけ離れて感じる。時には空気から音が聞こえてきそうになってしまうかも。

まさに自分自身の感度が上がっている状態になるわけです。

こんな体験は意外と身近に潜んでいますよね。
海外旅行に行けば、普段は決して気にも留めない街並みにインスパイアされてみんなプロカメラマンのようになるだろうし、京都に行けば薄口のお吸い物を食べても、勝手に舌が旨味を探す旅に出てくれます。

ちなみに、スマイルズが運営する「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」は、山に登ったあとに食べるお弁当こそ格別だ!という思いがブランド名の由来です。

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ビジネスをやっていると、ついつい、生活者は合理的・効率的に動こうとすると思いがちです。より便利な場所に店舗を出店しようとするし、分かり易い商品価値や購買理由を提示しようとするわけです。しかしながら、もはやそのような社会的必然性に溢れきった市場においては、他の商品やブランドとの違いを生み出すことは非常に難しいように感じます。
むしろ意図的に何らかの心理的障壁や物理的障壁を設けることで、生活者の「感度のスイッチ」を入れることができればそのブランドだけが持ち得る特別な体験を提示することができるかもしれません。

話は戻って「スーパーニンテンドーワールド」へ。

エリア内にはいくつかのアトラクションが用意されているのですが、所謂ライドアトラクション(乗り物に乗って体験するアミューズメント)とは別にパーク内での様々なアクティビティが用意されています。これは入場料とは別売りの「パワーアップバンド」を装着して遊ぶものなのだそうですが、行った方のレビューでは「たいした説明もないまま、とりあえず体験してみた」そうなんです。

ここが2つ目の肝。

ん?

どこが肝かって?

そうです。任天堂は説明が少ないんです。
それも非常に意図的に。


残念ながら私はまだ行けていないので、どこまで”説明不足”なのかはわかりませんが、任天堂はユーザーに対して非常に丁寧に情報を”与えない”んです。

これは上述の「感度のスイッチ」よりも非常にレベルの高いコミュニケーションですよね。
説明不足だからこそユーザー自らが探索する。自ら探索して発見したからこそ、強固な体験として記憶沈着するわけです。

例えば人に連れ添って、旅行などで知らない土地に行ったとき、その目的地までの間の道って殆ど覚えていないですよね。でも自分自身が探索して(昔なら地図を片手に)行きついた道のりはもう一度同じ場所を通った時も結構覚えていますよね。

主体的・能動的行動を促すことで記憶沈着を伴う強固な体験を生み出す手段こそが2つ目の肝「説明不足」なわけです。

おいおい、「説明不足」なんて簡単じゃねーか!言わなきゃ、書かなきゃいいだけだろう?
なんて思っていませんか?当然そんなわけはありません。

そこで登場するのが「アフォーダンス」や「ナッジ」といった考え方なんですよね。
両者の考え方は若干異なりますが、どちらも行動誘発に関与するという意味では近いものがあります。

ちなみにデザイン上のアフォーダンスとは”マグカップの取っ手”や”ドアのノブ”のように「物体の外見がノンバーバルに使用者に与える行動の手がかりとなる情報」のことを指します。また「ナッジ」も同様に個人の意思決定・行動変容に関わる環境のデザインを指します。

例えば「スーパーニンテンドーワールド」においては、これみよがしにハテナブロックやPOWブロックが上空にいたりするわけです。1/1マリオたちからすればこれを下から拳でエイッと小突かないわけにはいきません。極論すればこれも30年以上の歴史が生み出したアフォーダンス!そしてちゃんと

「コイーン!♪」

とゲームでコインを獲得した時の効果音が!リアクトも期待通りです。

そんなアフォーダンスを任天堂はすでに35年前に世に放たれた「スーパーマリオブラザーズ」にて実装していたんです。当時の小学生たちはろくに説明書を読まずにゲームを開始して、はたして何をやったらいいのかわからず立ち往生するなんてこともしばしば。
スーパーマリオブラザーズの冒頭の画面では画面左にマリオが位置し、画面右に向かって立っています。この時点でこのゲームにて非常に重要な情報「右へ進む」ということが示されているわけです。その後もアフォーダンスの連続。最初の面1-1のみでこのゲームをクリアするに必要なほぼすべてのアクションをプレイヤーは”自分自身”で発見し、身につけることができます。

だからこそ僕みたいにいい歳になってもいつまでも自分事かのようにこのキャラクター・このゲームのことを感じるユーザーが後を絶たないわけですよね。

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この「情報不足とユーザー自身の発見や行動の誘発」は自分だけのかけがえのない体験やその体験に自分にとっての意味を見出す重要な手掛かりとなります。

「感度のスイッチ」×「あえての情報不足」

実は弊社がプロデュースした入場料制の本屋さん「文喫」でもそのような仕掛けが施されていました。

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https://bunkitsu.jp/store/

そもそも入場料制という仕組み自体が前述の「感度のスイッチ」を押してもらうことを意識して作られたわけですが、「本と出会うための本屋」というコンセプトを実現するために様々な伏線を用意していました。その中でも一番特徴的なのが、有料ゾーンの中の本は一種類につき一冊ずつしか置かないこと。新刊でもベストセラーでも関係なく一冊ずつしかありません。例えば島什器に平積みされた本たちもすべてバラバラなわけです。さらには一般的な本屋さんよりも極端にキャプション(書店からのおすすめ!みたいな説明書き)も少ない、「情報不足」なわけです。

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普通の本屋さんに行けば新刊や売れ筋が平積みされていることをよく目にしますよね。
「文喫」では全部違う本。それも非常に粗雑に、整頓されず積まれています。これは古本屋さんにおける陳列をリファレンスにしているわけですが、その時点ですでにお客様に語り掛けてくるわけです。

「おい、一冊とってみろよ。その下に違うやつが隠れているぜ。」

なんて。ただお店自体はなにも説明してくれません。入場したお客様が自ら3時間ほどの滞在時間を通して発見する数々の仕掛け。それらを発見してしまった人たちにとっては、もはや自分だけの居場所、自分だけの意味を持ちだすわけです(きっとね)。

事業が競争せず、「らしく」生存するために

もはやモノもコトも簡単にかつ高次元のスペックのものを安価に獲得できるようになった時代です。合理性や利便性、これまでのブランド論だけでは、すぐさま横並びの競争に追い込まれ陳腐化してしまうこともあるかもしれません。

「感度のスイッチ」「情報不足とユーザー自身の発見や行動の誘発」という二つの仕掛けは、そんな市場の中でも生活者自身にとっての唯一性・必然性を生んで、競争せずに生存する重要なキーワードなんだと思います。

因みに、前述した「文喫」の二号店が福岡・天神に2021年3月31日に誕生します。

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なんと今度はカルチャースクール「学 IWATAYA(まなび いわたや)」とのコラボレーションです。どんな新しい仕掛けが待っているのか、今から楽しみにしておいてください。
ひとたび「感度のスイッチ」が入ってしまった方々には様々な体験が待っていることでしょう。

▼「感度のスイッチ」や「文喫ができるまで」はこちらの書籍もどうぞ。

この記事を書いた人

野崎亙_プロフィール画像

野崎 亙(のざき わたる)
株式会社スマイルズ/取締役CCO/Smiles: Project & Company 主宰

京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデー入社。3年間で新店舗の立上げから新規事業の企画を経験。2006年、株式会社アクシス入社。5年間、デザインコンサルティングという手法で大手メーカー企業などを担当。2011年、スマイルズ入社。giraffe事業部長、Soup Stock Tokyoサポート企画室室長を経て、現職。全ての事業のブランディングやクリエイティブを統括。外部案件のコンサルティング、ブランディングも手掛ける。

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