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なぜ企業は自社株買いを行うの?〜ファイナンス視点で通説を疑う〜

 最近、日本の上場企業の、株主還元の一つである自社株買いの件数や規模の大きさが報道されることが増えてきました。このニュースは投資家だけに関係がある話ではありません。もしかしたら、読者さまのお勤め先企業が自社の設備投資や給与でなく、自社株買いを優先している場合もあるからです。その政策が、戦略的で合理的な政策なのか、それとも単に株主迎合政策なだけなのかは、ビジネスパーソンの企業選びや勤め先企業をジャッジする際に役に立つと思うからです。

*自社株買いとは何か?

 自社株買いとは、企業が発行した株式を、その企業が自ら買い戻すことをいいます。これは、企業が株式市場で広く多くの株主から株を買い戻す場合もあれば、相対で特定の株主から買い取る場合もあります。そして、企業側のメリットとしては、自社株買いを行った株を消却することで発行済み株式数を減らし、1株当たりの利益や資本効率の見栄えを良くすることができると言われています。

 最近の日本は、アメリカ同様に株主から出資された資本が効率的にビジネスに使われているかに注目が更に集まっています。資本効率を改善するには新たな設備投資やビジネスチャンスを形にして、企業価値を向上させて株主利益を大きくすることがありますが、これはなかなか難しい‥。そんな時に、株主に直接的に資本効率を行なったとアピールできる自社株買いは速攻性がある施策なのかもしれません。しかし、どんな企業が自社株買いを行なっているのでしょうか? 

*なぜ企業は自社株買いを行うのか?企業が株価が割安と判断してって本当?

 メディアや報道で言われている通説の1つには、企業が自社の株価はまだまだ割安、これからもっと株価は上がるよ!企業価値は上がるよ!とのシグナルを、株主や投資家に発信するために行うということが、よくあげられています。つまり、企業は株主よりも自らの企業状況をよくわかっているので、自社の経営状況や先行きを考慮して行うというわけです。この通説が正しいならば、企業は自社の株価が株主から割安に評価されていると判断したタイミングで自社株買いを行うことになります。しかし、これは本当に正しいのでしょうか?

 ファイナンス学術の世界では、企業の自社株買いの決定要因を大規模データで検証した研究が多数存在します。そこでは上記のような通説が当てはまるだろう報告も一部されているものの、否定的な見解も多数あります。例えば、Dittmar & Dittmar(2008)では、米国データを対象に検証を行ない、2003ー2007年という株式市場がバブル状態で割安株価といえない企業による自社株買い件数が多かったことを報告しています。実際、今の日本を見ても空前の株高、しかし米中問題で企業も経済状況が読めない中で、株価への自信の現れとして自社株買いをしているっていうのは、変な感じがします。では、どんな理由があるのか‥。

*自社株は、非友好的な株主に退出してもらう機会?

そこで、私が面白い!と思い、新たに注目している研究は下記です。ファイナンス学術業界の世界三大ジャーナルの一つである、The Review of Financial Studiesに掲載された論文です。これは、企業は自社株買いを行う要因は、自社の投資政策や企業経営に不満を持つ株主に、株式を売却する機会を与えてるために、自社株を行うというものです。例えば、株価が安く、株主の一部が不満が多い場合、株主総会で取締役への議決権行使で反対票を入れる可能性があります。そのような、当該企業に不満を持つ株主を一掃することが目的では…というのです。たしかに、自社株買いって、株主総会が多い6月の直前である、5月に急増するケースが多いんですね。また、今の株式市場の環境もガバナンス(経営者が株主利益資する経営をしているかを監視する制度)について煩く言われるだけに、企業としては当該企業に不満のある株主に株を手放して欲しいというニーズはあるかもしれません。ある意味、株主が企業を選ぶだけでなく、企業が株主を選んでいる可能性も否めないのかも…。


Sheng Huang, Anjan V. Thakor, “Investor Heterogeneity, Investor-Management Disagreement and Share Repurchases”, The Review of Financial Studies, Volume 26, Issue 10, October 2013, Pages 2453–2491


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崔真淑(さいますみ)

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