欧米に接近する日本のインフレ率~「基調的な動き」の行方~
日本のインフレ率は基調的な強さか?
欧米のインフレ率高止まりが注目される中、日本と欧米のインフレ率格差が縮小しつつあります:

約2年前(2021年初頭)からインフレ率の押し上げが見られた欧米に対し、日本のインフレ率は約1年前から加速した経緯があります。そうした差異もあって、2022年半ば以降にピークアウトの様相を強めている欧米のインフレ率に対し、日本のそれはまだ加速しているという対照的な構図が見受けられます:
1月の消費者物価指数(CPI)は総合ベースで前年比+4.3%(以下、前年比で議論)と前月の+4.0%から加速し、生鮮食品除くコアベースでも+4.0%から+4.2%へとやはり加速しています。なお、生鮮食品およびエネルギーを除くコアコアベースでは+3.2%と伸び率が低くなるものの、これも前月の+3.0%からは加速しています。基調的に見た日本のインフレは現状のところ加速中といって良い状態にあります。巷説で指摘される通り、2月以降は光熱費高騰を軽減する「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の適用が始まるためCPIは顕著に減速する見込みが立っています。全国に先駆けて公表されている東京都区部の2月CPIは生鮮食品を除くコアベースで4.3%から3.3%へ急減速しており、政策効果が早速表れています。今後、こうした動きが全国にも波及することになるでしょう。
しかし、東京都区部CPIについて生鮮食品およびエネルギーを除いたコアコアベースを見れば2月は+3.2%と1月の+3.0%から実は加速しています。前回のnoteではユーロ圏の物価情勢について「物価上昇の主役がエネルギー以外に移っている」という事実を指摘しあしたが、類似の事が日本でも起きている機運は感じられます:
https://comemo.nikkei.com/n/n0c9ebfb4964e
植田新体制は「基調的な動き」から引き締めを判断
もちろん、日本のCPIの伸びはユーロ圏のそれほど大きくないが、名目賃金の伸びがユーロ圏のそれよりも低いのだから当然ではあります。
問題は、CPIの伸び率に関して「コアコア>コア」という構図が続くという事実について、日銀がどう受け止めるかでしょう。1月公表の展望レポートで日銀は2022年度から2024年度のコアCPI見通しについて「+3.0%→+1.6%→+1.8%」という軌道が予想されており、2023年度を通じて顕著な減速が前提になっています。黒田総裁の言葉を借りれば2%物価目標に関し「持続的・安定的に達成できる状況は見通せない」というのが現状評価となるでしょう。
しかし、基調的な動きと考えられるコアコアベースの減速がさほど確認されてこないとすれば、植田新体制が想定以上にタカ派的な一手に踏み込むのではないかとの警戒は浮上しやすいでしょう。為替市場における想定以上の円高を促すリスクとして注目されるところです。
もっとも、その可能性がまだ高いとは言えません。2月24日の衆院議院運営委員会における所信聴取において植田新総裁候補は物価の「基調的な動き」を重視する考えを表明し、27日の参議院の所信聴取でも金融政策を引き締め方向へ調整するにあたっては「基調的な物価の判断が大きく改善することが必要」との認識を示しています。その上でCPIは足許でこそ4%台にあるものの、基調的な動きに着目すれば2%目標とは「間がある」と述べていあす。総裁候補として極力、政策運営の言質を与えないように終始していた植田教授からの情報発信において数少ないヒントに思えました。新体制発足後は物価の「基調的な動き」の評価を巡って議論が交錯することが予想されます。
日本における物価の基調とは

では「基調的な動き」とは何でしょうか。この点は2月28日に日銀より公表された「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」が参考になります。ここでは上下10%の品目を異常値として除去の上、算出する「刈り込み平均値」、品目別の価格変動分布において最も頻度の高い価格変化率を示す「最頻値」、中央値付近の価格変化率を加重平均した「加重中央値」が紹介されています。
いずれの計数も昨年12月まで過去最高値をつけていましたが、今年1月は「最頻値」が+1.6%、「刈り込み平均値」が+3.1%でそれぞれ前月から横ばいの一方、「加重中央値」が+1.4%から+1.1%へ減速しています。また、上昇品目数の割合も80.3%と、前月の81.2%から5か月ぶりに低下しました。直感的に「基調的な動き」の弱まりにも感じられるが、植田新体制がこうした計数の動きについてどのような評価を下すかが注目されます。
そのほか春闘の行方も要注目です。CPIに合わせた名目賃金の上昇が確認されれば日銀も動かざるを得ず、実際、ベアの仕上がりと日銀の金融政策運営の関係性について照会は日々増えています:
万年賃金横ばいの日本において、このような視点は珍しいものです。既に最大手自動車会社が早々に満額回答したことが話題となっているように、大幅な賃金上昇への期待は例年になく高いものを感じます。同企業に限らず、賃上げ報道は頻発しており、期待できそうな機運はあります。連合の要求水準は「ベアで+3%程度、定期昇給込み+5%弱」とされますが、実際は各々2%ポイントずつ下方(ベアで+1%程度、定期昇給込みで+3%程度)で妥結する公算とも言われます。ただし、それでも例年にはない上げ幅です。
実現すれば迫力のある円高リスク
もちろん、足許のCPIが+4%を超えている以上、「定期昇給込みで+3%程度」では実質賃金は悪化します。実質賃金で見て明確な上昇基調が確認され、植田新体制が「賃金と物価の相互連関的な上昇過程が始まった」と判断するハードルは高く、緩和路線の転換を図る可能性は未だ低いでしょう。
しかし、2023年のドル/円相場に関し、円安傾向をメインシナリオとする筆者にとって日本側から想定外の円高要因が出るとすれば、賃金動向も含めた日本の「基調的な物価」について植田新体制がタカ派的な挙動を示すケースだと思います。その可能性は非常に低いと思いますが、欧米対比で日本の物価の強さが注目されるケースは極めて珍しいため、実現した場合は円高材料として相応の迫力を持つと考えたいところです。FRBの早期利下げよりも可能性が低い円高リスクだとは思いますが、メインシナリオに付随して留意しておきたい論点です。