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「稼ぐ場所と価値を提供する場所が逆になってきている」ー当たり前が変わる、新レストラン考

コロナの感染拡大の影響で、自宅で過ごす時間が増え、そのことで大きく変わったことの1つが「食事」ではないでしょうか。

外食の機会が減り、自宅で食事を楽しむことが増えた人は多いはずです。地方から食材を取り寄せたり、高額な調理家電を購入したり、生活の中に料理をすることが定着し始めている人も少なくないと思います。

首都圏の緊急事態宣言が再延長となりましたが、この1年で少しずつ定着し始めている生活スタイルが、もとに戻るとは考えにくい状況です。

外食をするならば、「自宅では味わえない料理を食べたい」「精神的な充足感を得たい」など、飲食店に足を運ぶ理由が変化してきた今、苦境に立たされる飲食店にできることはなんなのか、お2人の専門家を交えて考えてみたいと思います。

飲食店のプロデュースを手掛け数々の繁盛店を作り上げてきた株式会社カゲン代表取締役の子安大輔さんと、コロナで最も注目されている料理人のお一人である代々木上原レストラン「sio」オーナーシェフでsio株式会社代表取締役の鳥羽周作さんにお話をお伺いします。

聞き手は、日経新聞の大岩佐和子編集委員兼論説委員が務めます。

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◇        ◇        ◇

1.売上げを上げるレストランと下げるレストラン、その境界線で起こっていることとは?

ー大岩編集委員
飲食店が厳しい状況に置かれていると言いますが、実際にどのようなことが今、起こっているのでしょうか?

ー子安さん
昨年の数字を振り返ると、対前年比で一時は60%まで落ち込みました。秋にはGoToEatの影響もあり盛り返しましたが、「25兆円産業」と言われている外食産業は昨年22.1兆円に、マイナス15%という数字です。

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これまで飲食店は、例えば立地に関しては、繁華街やオフィス街などの人のたくさんいる場所の物件をとれるかどうかが成功の決め手になっていましたし、店の作り方にしても、テーブルのサイズを小さくしたり間隔を狭めたりして、賑わいや活気を演出していました。

ところがそれらは、今の言葉で言えば「密」な場所、ということになってしまいます。

時間帯も、緊急事態宣言を受けて、夜の外食を控える人が増え、昼に人の流れがシフトしています。夜型の飲食店は、アルコールに頼って利益を上げているところが多いですから、そこで稼げずに安いランチで戦わなければならないのは厳しいと思います。

つまり、これまでの常識や正攻法がすべて通用しなくなってしまい、どうすればいいのか、ほとんどの飲食店がわからなくなっている、という状況だと思います。

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そのような中、もともと予約困難な店は今も予約困難ですし、コロナがきっかけで追い風が吹いたケースもあります。例えば、マクドナルドは過去最高益を上げましたが、これは、ファストフードがもともと中食に最適化された業態だったことにあると思います。

ただ、そのような店はほんの一部であり、大部分の飲食店では、消えてしまった売上げを、これまでやってこなかったテイクアウトやデリバリーで穴埋めするような状況が続いています。

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外食産業は今後再び25兆円産業に戻るという人もいますが、それほど甘くないかもしれません。

資金繰りの面で廃業を余儀なくされる店がこれから出てくるでしょうし、今後リモートワークが定着すれば外食の機会は確実に減ります。市場が縮小していく方向に進む可能性は大いにあると思います。

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ー大岩編集委員
5兆円のマイナスというのはショッキングな話ですが、その中でも数少ない成功事例が、sio さんということですね。

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2.代々木上原レストラン「sio」はなぜコロナ禍でも強いのか?

ー大岩編集委員
sio はコロナに入ってから次々と新しいチャレンジをされていますが、最近、特に話題になっているのが、朝からフルコースを提供する「朝ディナー」です。店内は満席で、1ヶ月先まで予約がいっぱいということですが、最初はどんな狙いから始めたことだったのでしょうか?

ー鳥羽さん
2度目の緊急事態宣言を受けて、夜の営業ができなくなった分をどうやってマネタイズしようかと考えたときに、多くの人がリモートワークに慣れて時間の使い方が上手になってきていたので、朝に時間を作れる人が増えるのではないかと思いました。

それをツイートしたら反響があったので、次の日には予約サイトを開設して、スピード感をもってやり始めたら、お客様から反響をいただいたという感じでした。

ー子安さん
ちなみに「朝ディナー」は7000円くらいですよね?

ー鳥羽さん
コースが6000円でペアリングをつけると10000円なので、安くはありません。

でも、食べに来てくれたお客様がだいたい11時くらいに食べ終わって外に出ると、みんな「気持ちいい!」と言うんですよね。「1日が長く感じる」「これからの時間が有効に使える」と、悪い意見が全然聞こえてこなかったので、これは体感価値が高いんだなと思いました。

ー大岩編集委員
これは sio だから成功したと思いますか?

ー子安さん
飲食店が朝食をやろうとするとき考えなければならないことは、日本のコンビニの朝食における強さだと思います。ここに入っていくことは、ビジネスとしてはなかなか厳しい。

でも一方では、ホテルで朝食を食べることが好きな人は、非常に多いわけです。決して安くはない数千円の値段を払ってでも、朝、健康的な空間でしっかりとした食事をしたいというニーズは、以前からあったと思います。

朝食を安くやろうとするとコンビニやファストフードに負けてしまいますが、そうではなく「いろいろな意味でリッチ」な時間を過ごせる朝食には、一定のニーズがあるのだろうと思います。

ー大岩編集委員
sio はテイクアウトに取り組むのも非常に早かったと思いますが、フランス料理店なのにメニューをベトナムのサンドウィッチ「バインミー」にしたのはなぜだったのでしょうか?

ー鳥羽さん
テイクアウトで勝つことをロジカルに考えるとき、「何をやるか?」を選ぶ基準が3つありまして、

・(比較対象がある)みんなが知っているもの
・みんながまったく知らないもの
・まあまあ知られているけど競合相手が少ないもの

このうちのどれをやるかをまず決めます。

「バインミー」に関しては3番目です。競争相手が少ないところに「レストランクオリティ」で作り込んだ商品を提供することで、一気に有名になるのではないかと思ってやりました。

ー子安さん
普通の飲食店は、自分たちが得意なものを「これをどうやってテイクアウトやデリバリーに対応させるか?」と考えてしまうものです。鳥羽さんの発想は完全に逆ですよね。

出来立ての料理は、冷めることによる劣化が激しいので、それがないもののほうがいい。その視点からスタートして、自分たちの知見や技術を生かしてどれだけ美味しくできるかを考えるという組み立てができているところがすごいなと思います。

ー鳥羽さん
デリバリーで考えなければならないのは、デリバリーした時点でまったくコントロールができなくなるということです。お客様がいつ食べるかもわからない、5分後かもしれないし1時間後かもしれない。

最悪の状況で美味しいクオリティを担保できる商品しかやらない、僕たちが8時間後に食べて美味しいと思うものしかやらないと決めています。不利な状況でも勝てる味を、最初から選んでやっています。

ー大岩編集委員
今もお話しいただいたような、テイクアウトにおける成功のポイントやコツを、鳥羽さんはオープンソースとしてネットにすべて公開されています。

さらに、レシピも無料公開されていますが、「こんなにノウハウを公開してしまっていいのか?」と思うのですが、公開した理由と、公開したことによるメリットなどがあれば教えていただけますか?

ー鳥羽さん
最初にやろうと思ったのは「お客様が困っていたから」ですが、公開したらとても反響がありました。

SNSにいただいたコメントに対して1つ1つ返事を書いていったら、「コロナ終わったら絶対に行きます!」と、お店のレシピで作ったものを食べて、店に答え合わせに来てくれるというお客様が増えていきました。

SNSで接客しているような感じになって、店舗以外でも営業活動ができたということが一番のメリットですね。

sio は値段の高いレストランですが、お客様との距離がグッと近くなったような気がします。

ー子安さん
これまでのレシピは「秘伝のもの」という感じでしたが、今の時代、逆に公開することで興味をもってもらえたり、共感してくれたり、ありがとうと感謝されたり、結果的に「一度は sio に行ってみたい」と、存在の位置付けが変わっていくと思います。

ー鳥羽さん
レストランのエントランスをどうやって下げるかということは、とても大事だと思っています。いきなり2万円の店に行くのはハードルが高いので、いろいろな接点を増やすことでエントランスを下げて、そこで体験したことをきっかけに「じゃあ行ってみよう」となる一連の流れを作っていくことが、今後は必要だと思います。

ー大岩編集委員
「接点を増やす」という意味ではテイクアウトはいい方法だと思いますが、一方で「テイクアウトは利益が出ない」ということもあると思うのですが?

ー鳥羽さん
テイクアウトでは儲けないと決めています。テイクアウトはあくまでもレストランの「名刺」で、レストランのPRという位置付けで配って食べてもらう。だから、テイクアウトの商品はレストランのイズムが詰まったミニマムの名刺のように作って、その利益は宣伝広告費だと考えています。最終的に戻ってくる集客で、利益を得るというイメージです。

ー子安さん
店で出すものとは違うものを提供することで、それが成り立つのだろうと思います。

レストランで2000円の料理を1800円でテイクアウトにすると、美味しくない上に割高に感じます。名刺が逆効果になってしまうので、店で提供される料理とは切り分けて、テイクアウト用の商品を開発すべきということですね。

ー鳥羽さん
おっしゃる通りです。テイクアウトの中でのレストランの表現、という感覚でやっています。

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3.「飲食店は人を幸せにする場所」それはこれからも変わらない

ー大岩編集委員
冒頭の子安さんのお話では、引き続き飲食店は生き残りをかけて厳しい状況が続くことが予想されそうですが、具体的にどのようなことに取り組んでいけばいいと思いますか?

ー鳥羽さん
飲食店だけの事業でやっていくことは難しくなっていくと思います。「食の会社」の中に飲食店事業部がある、という考え方にしていかないと、今回のコロナのようなことがあったときに耐えられなくなると思います。

食をもっと広い意味で捉えて、軸足を飲食店経営以外の部分に置きつつ、飲食店も経営していくということをすると、強いチームができていくのではないかと思います。

ー子安さん
今まで、飲食店の経営者は、どうやって飲食店という場の中で戦っていくかを考えていたと思いますが、これから先は、中食や内食を見据えた飲食事業・飲食体験を提供することを考えるように切り替えなければならないと思います。

飲食店を要素の1つと捉えないと、単純に店舗数を増やしていく、業態を増やしていく、という考えになってしまい、何かあったときに立ち直れないということが起こると思います。

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人がものを食べるということは変わらないわけですから、外食の人たちは、市場が縮んでいく中で、中食や内食の中にどうやって入っていってポジションをとっていくか、ここに踏み込むことだと思います。

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sio は、中食や内食に対してきちんと手を打っています。しかもものすごいスピード感をもって。食に対して「面」で戦うことができているところが、一番の強みなのだろうと思います。

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飲食店はこれまで、「料理・飲料」「接客」「空間」という3つの要素が三位一体となって戦ってきたところがあります。しかし一度、これをバラバラにして考え直すときがきていると思います。

例えば、「料理・飲料」だけを切り出して届けるデリバリーやテイクアウトが、飲食店を脅かす存在になってきています。「接客」や「空間」はいらないという人が増えてきているということです。

これまで考えて来た3つの要素を一度疑ったほうがいいと思います。三位一体以外のケースが今後は増えていくのではないでしょうか。

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ー大岩編集委員
具体的にはどのような業態の可能性が考えられるのでしょうか?

ー子安さん
例えば、焼肉店は「肉(料理)」と「焼き台(空間)」という2つの価値をもっています。この2つをバラバラにして、「焼き台(空間)」だけを提供する店があってもいいと思うのです。

自宅で焼肉をするのは、匂いも気になりますし、専用のグリルがないとなかなか美味しく焼けません。もし、自由に食材を持ち込める屋外バーベキューのような焼肉店があれば、楽しめますよね。

これまでの飲食店の業態開発という発想からでは出てこないようなビジネスモデルを組み立てられる可能性が、今ならあるような気がしています。

ー鳥羽さん
軸足を置く場所が変わってきているのだと思います。稼ぐ場所と価値を提供する場所が逆になってきている。外食市場が縮んでいるのにそこに軸足を乗せていると沈んでしまいます。そうではなく「面」の大きいところに軸足を乗せて(稼いで)、狭まったところでは体験価値を提供していく。

ビジネスモデルはガラッと新しく変わると思うので、そこをどれだけ考え抜けるかだと思います。

ー子安さん
これまでのレストラン会社の多くは、店舗数を増やして事業規模を大きくしていく方向でビジネスを展開していて、総合的な食体験価値を提案している会社はなかったように思います。

食が一番のエンターテイメントであるならば「エンタメ産業」と捉え直すべきであって、そうなれば食体験はレストランに限らないという話になるのは自然です。エンタメビジネスはこれだけ巨大に展開できるわけですから。

ー鳥羽さん
僕たちも、これからそういうことができるようになりたいと思っています。飲食店は人を幸せにする場所です。食の体験価値を提供する、食のクリエイティブで世の中をハッピーにしていくという意味では、まさにエンタメ産業だと思います。

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このテーマについて、日経COMEMOのキーオピニオンリーダーの方たちはどのような意見なのか、最後にご紹介したいと思います。

▼『レストランは幸せの伝道師だ』(村上臣さん:電脳コラムニスト)

sio の鳥羽さんについて触れている村上さんの投稿には、通常は隠したがる「レシピ」を鳥羽さんが堂々と公開したことで、逆に「家でこんなに美味しいものが作れるならそんな鳥羽さんのお店に行ってみたい」と思うようになるという話が書かれています。レストランは「幸せを増やすもの」と村上さんは言います。

▼『after/withコロナ時代の観光地レストランについて考える』(加藤史子さん:WAmazing)

海外では、遠くまでわざわざレストランに行くという習慣がありますが、日本にはまだまだそういう文化はありません。加藤さんは、これからは東京の一等地のビルの中のレストランに行くだけではなく、少し足を伸ばして食事を楽しみに行くということが、価値として広がっていく可能性について書いています。

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この記事は3月10日(水)に開催した、オンラインイベント「当たり前が変わる、新レストラン考」の内容をもとに作成しました。


子安大輔さん
株式会社カゲン代表取締役

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【子安さんのプロフィール】
1976年生まれ、神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』。
・note:https://note.com/koyassy


鳥羽周作さん
代々木上原レストラン sio オーナーシェフ
sio株式会社代表取締役

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【鳥羽さんのプロフィール】
1978年5月5日生まれ。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。「DIRITTO」「Florilege」「Aria di Tacubo」などで研鑽を積み「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして自身のすべてを出し尽くしたレストラン「sio」をオープン。


大岩佐和子
日本経済新聞 編集委員兼論説委員

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【大岩編集委員のプロフィール】
1996年入社し、流通業の取材を5年間した後、地方行政の担当に。2013年から再び流通業を取材。MJデスクを経て、2018年4月より編集委員兼論説委員。

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