リビングウェイジを意識した時給単価の考え方と働き方
日本では労働者の最低賃金が、都道府県別と特定の職種別に定められており、金額は毎年更新されている。その決め方は、物価の上昇率、有効求人倍率、企業業績などが指標として使われている。しかし、日本の最低賃金は国際的にみても低い水準にあることから、労働者側からは引き上げを求める声が高まっている。 2022年は現在の最低賃金(全国平均930円)を、時給1000円にまで引き上げることが争点になっている。
一方、米国には連邦政府が定める最低賃金(7.25ドル/時間)と、各州や自治体が定める最低賃金があり、労働者を雇用する事業所では、どちらか高いほうを最低賃金の基準にしなくてはいけない。連邦政府の最低賃金が低く設定されているのは、顧客から受け取るチップも収入の一部と認めているためだ。
しかし、チップが雇用主に搾取されたり、チップを受け取る際にセクハラを受けていたりする実態もあり、2010年代から飲食業界を中心に、最低時給を15ドルに引き上げる運動が活発化している。ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコなどの都市では、既に15ドル以上の最低時給が実現されている。
しかし、これらの都市では最低時給が上がったとしても、生活が楽になるわけでない。ロサンゼルス市を例にすると、時給16.04ドルで月160時間働くと月収は2,566ドルだが、1人暮らしの生活費は家賃を含めておよそ2800ドルかかるため、家計は赤字になってしまう。最低賃金の引き上げ率よりも、物価の上昇率のほうが高く、貧困からは抜け出せない。
貧困問題に取り組む非営利団体のOxfam Americaが行った調査によると、米国には約1億5000万人の労働者がいるが、その中の3分の1(31.9%)は時給15ドル以下で働いている。コロナ禍では、宅配ドライバー、倉庫作業員、介護福祉、育児など、都市生活に必要不可欠な仕事が「エッセンシャルワーカー」として重要視されているが、彼らの時給水準も15ドル以下の割合が47%を占めている。 また、55歳以上の層でも、最低賃金労働者が増えているのが最近の傾向である。
一方で、企業にとって最低賃金の引き上げは、総人件費の上昇に繋がるため、これまで中間水準の給料を稼いでいた人の中でも、昇給が難しくなり、最低賃金者の割合が高くなっていくことが予測されている。極端な言い方をすれば、今後は一部の高年収者と、大多数の最低賃金ワーカーによって労働市場が形成されていくことになる。これは、日本にも共通した方向性であり、そうした負のスパイラルから抜け出すには、起業しかないというムーブメントが起きている。
【日本の最低賃金とリビングウェイジ】
国や自治体が定める法定最低賃金は、1日8時間のフルタイムで1ヶ月働いた時に、最低限の生活ができる水準で設定されている。日本の最低賃金平均値である930円/時は、月給換算で約15.6万円になる。
厚生労働省では、最低賃金×1.15未満の給与水準で働く人達を「最低賃金近傍者」として調査しているが、フルタイムで働く一般労働者の中でも、およそ1割がこの層に該当する。さらに、アルバイトやパートなどの短時間労働者は、全体の5割近くが、最低賃金×1.15未満の時給(1050円未満)で働いている。
都道府県別にみた最低時給が高いのは、東京都(1041円)、神奈川県(1040円)、大阪府(992円)などだが、これらの地域では最低賃金近傍者の割合も、全国平均と比べて高いのが特徴である。東京都で働くアルバイト、パートの平均時給は約1200円であり、最低賃金との乖離率は低いためである。
一方、貧困に陥らない生活をしていくには、どの程度の収入が必要なのかについては「リビングウェイジ(living-wage)=最低生活賃金)」という指標が参考にされている。算定の方法は、最低限の生活に必要な商品やサービスの購入費、税金の負担額などを合算して求められている。
日本では、日本労働組合総連合会(連合)が都道府県別のリビングウェイジを定期的に算定しており、労働組合が、会社との賃金交渉をする時の資料として活用されている。その試算表によると、25歳の単身者が、東京都立川市でワンルームの賃貸マンションに住み、最低限の生活をしていくのに必要な金額は月間で26.2万円と算定されている。これを月間の法定労働時間(173.8時間)で時給換算すると1510円となり、それ以上の仕事に就かなければ生活をしていくことが難しい。
全国的にみた最低生計費は、都会と地方では大差ないのも特徴である。これは、都会では家賃の負担が重い一方で、地方ではマイカーが生活必需品となっているためだ。そのため連合では、健康で文化的な生活を送るには、日本国内の地域に関係なく、法定最低賃金を全国共通で「時給1500円に引き上げるべき」という声明を出している。こうしたリビングウェイジの考え方は、米国の時給引き上げ運動とリンクしてきている。
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