元号命名にみる「忖度」文化

 新元号「令和」の考案者がだれかについては周知の事実である。しかし、あらかじめ「公表しない」と宣言した官房長官と考案者本人だけが建前として認めないのはおもしろい光景だ。

 しかし公式には認めない官房長官も、考案者本人も、それがだれかをマスコミなどによって明らかにされることを望んでいたはずである。なぜなら、さまざまな憶測が飛び交ったり、事実と違うデマが流れたりすると困るからである。

 そう考えたら、「部下が勝手にやったことだ」という責任逃れと通じるところがある。もちろん事の善悪はまったく違うが。四方八方に配慮し、丸く収めるわが国の「忖度」文化が、不祥事の言い逃れなどに悪用されるのは何とも残念である。

https://www.asahi.com/articles/ASM4D5FPLM4DUTFK01F.html?iref=comtop_8_04

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「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。

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ohtahajime

同志社大学教授。専門は組織論。個人を重視する組織・社会づくりが研究テーマ。 新刊『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019/2)のほか、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)、『個人尊重の組織論』(中公新書)など著書は30冊余。

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