ヨルダンシリア難民

難民となる人々が、”客観的な証拠”を集められるか

6月20日、この日が「世界難民の日」であることをご存知でしょうか。「難民問題」と聞くと、遠い国の、大変そうな問題、というぼんやりとした輪郭のイメージを持たれるかもしれません。けれども迫害や紛争を逃れた人々は、私たちのすぐ隣にも暮らしています。

先日法務省から発表された、昨年2018年の難民認定者数は42人でした。前年より増えてはいるものの、その人数はいまだ十分とはいえません。またJAR(難民支援協会)も、難民認定を受けられなかったものの「人道配慮による在留特別許可」を受け日本に留まることができる人数が、2016年と比べると半減以下ということを指摘しています。

今、世界で最も多くの人々が難民として国外に逃れているのがシリアです。

2011年3月、各地で反政府デモが大規模に展開され、シリアが”戦場”と呼ばれるようになってから8年という月日が経ちました。家を追われ、国内外で避難生活を送っている人々は1100万人以上ともいわれています。

昨年3月20日、東京地裁はシリア人4人の難民認定を求める訴えを退ける判断を下しました。原告の一人であるユセフ・ジュディさんは、反政府デモに参加していたことによって身の危険を感じるようになり、国外へと逃れました。以前取材をさせてもらった際に、ジュディさんはこう、証言をしています。

「銃を乱射する治安部隊に弾圧され、逃げまどう人々の足元で、射殺された父母に泣きすがる幼い子どもの姿がありました。その光景が目に焼き付いて離れなくなったのです。なぜこんな政府に支配されなければならないのかと、憎しみを抑えることができませんでした」

けれども東京地裁の判決は、政権側から迫害を受けたとする逮捕状や判決文等の”客観的な証拠”がないとしたのです。


これまでシリアの人々が歩んできた道のりは、さらに長い目でとらえるべきものではないでしょうか。ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書では、内戦に突入する前から横行していた政権側による人権抑圧の問題を厳しく指摘しています。


以前シリア北部で取材をさせてもらったご家族も、ジュディさんと同じ、シリアの中で少数民族であるクルド人でした。

彼は私と年の変わらない男性ですが、内戦前に父親が理由も明確でないまま突然拘束され、数千ドル近くの大金を支払いようやく釈放してもらったといいます。父親は10日間に渡り、尋問と拷問が続いたのだそうです。人権団体が拘束時の様子の聞き取りをしたいとやってきたものの、「また自分を捕まえる口実を与えてしまう」と父親は頑なにそれを拒んだといいます。正式な逮捕状を提示されたことは一度もありませんでした。

こうした積み重ねの上に戦闘が起これば、更なる迫害が横行してしまうことは目に見えているのではないでしょうか。

こうした闇の中に葬られてしまいがちな迫害、光が当たらない脅威こそ、難民となってしまう人々がくぐり抜けてきたもののはずです。そもそも傷つき逃れてきた人々に、”客観的な証拠”たるものを集める余裕があったでしょうか。

例えば、政府や権力を持つ側に迫害を受けた”証拠”として、逮捕状や新聞記事などを持ち、国境を越えようとしたとします。万が一そこで引き止められ、その”証拠”が見つかってしまった時、彼ら、彼女たちの身に何が起こるか、想像に難くないはずです。

これまで取材を受けてくれた難民の方々の多くが、身の安全のため、その”証拠”を捨てたり、焼き払ったりして逃れてきました。

今、人道危機があとを絶たない世界を前に求められているのは、”安全”な日本の感覚、基準に逃れてきた人々を合わせさせるのではなく、逃れてきた人々の目線に私たちが近づこうとする姿勢ではないでしょうか。


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安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。J-WAVE「JAM THE WORLD」水曜日ニューススーパーバイザー。TBS「サンデーモーニング」コメンテーター。

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