DXの基礎力アップは「ソフト」の理解力向上から
「DX に失敗する理由」が今回のお題である(あった)。また締め切りに少し遅れてしまったが、ちょうど最近立て続けにいくつか、これにまつわるエピソードがあり、考えたことがあるので書き留めておきたい。
そもそも DX とは何かという定義がはっきりしない、ということはよく言われている。第四次産業革命に従ったデジタルトランスフォーメーション、つまりはビジネスモデルの変更を伴うような大掛かりな変革、いわゆる「変態(トランスフォーメーション)」であるという本義的な捉え方から、単なるデジタル化といった捉え方までさまざまに幅がある。それ自体も論点なのだが、もっと根本のところで日本の DX がうまくいかない一つの根深い理由に気がついた。
それは、抽象概念の理解と操作が日本人は苦手であるということ。私なりの仮説ではあるが、そう考えると、目の前で起きていること、あるいは起きるべきなのに起きていないことをうまく説明するように思う。
抽象概念の操作が苦手ということは、別な言い方をすれば、目に見えるものについては理解できるが目に見えないものは理解ができない、またはハードは理解できるがソフトは理解ができないと言い換えることもできるだろう。ここでいうソフトは、コンピューターのソフトウェアの意味以外に、こうしたソフトウェアの活用を前提として提供されるサービスや、人的なサービスなど、広義にわたる「ハード以外」のもののことだ。
日本は戦後長らく製造業中心の産業構造であったせいか、ハードについては非常に優れた特質を有し、いわゆる「モノづくり」のレベルの高い国であると感じる。
一方その反動ないしは反面として、モノが絡まない概念の部分、人的なものも含めたサービス・ソフトといった面に対しての感覚は、残念ながらモノづくりやハードに対するレベルと比べると、十分に高いとは言えない。
「サービス」がタダ(無料)の意味で使われる、ということが象徴的だ。もともとサービスは、モノと同様に有料で提供されるものなのだが、日本人はその価値がゼロであると無意識に考えがちであることを、日本語での「サービス」という言葉の使われ方が端的に象徴している。
最近、実際に起きたり耳にした事例としては、あるモノづくり系の会社が最新式の設備を入れようとしているが、その受発注については電話や FAX のままで進めようとしていて、生産設備にダイレクトに発注データを流し込む発想がない、という話だ。また他の会社では、おそらくもう20年以上も前の基幹業務システムを使っているため、他のシステムとのつなぎ込みを手作業で行わなければならない非効率が発生しているのだが、その更新にトップの了承が得られない。お金がない、ということもあるのかもしれないが「なぜ動いているものを変えなければならないのか」が主な理由で拒否されているという。
確かに20世紀のバブルの頃までであれば、受発注は電話や FAX でも事足りたであろう。またシステムについては、目に見えないだけに、動いているものなんだから使い続ければいいだろう、ということなのだろう。
しかし人口が縮小しはじめている日本では、多くの産業が今後は国内需要だけでは現状維持すらできなくなる。その時に受発注を人間が介在する FAX や電話でやることによって、時差のある海外からの電話や FAX での注文を日本の夜間に寝かせてしまうことで近隣他国に仕事は流れてしまう可能性がある。それを避けるために24時間体制で受発注要員を待機させておくなら、コスト面で競争に負けてしまうだろう。
またシステム更新について言えば、クルマに例えるなら、20年前の車は未だに走るとしても、燃費やメンテナンスコストも高く非効率で、安全性や耐久性といった点で見劣りし、それが営業車であれば買い替えなければいけないことは、おそらく多くの日本人が理解することができる。バスやタクシーで20年落ちの車両を通常営業に使っている会社は、まずないだろう。しかし、20年前のシステムが今でも動いていることについて、これを更新する必要があるということを、どれだけの日本人が体感的に納得できるだろうか。ここが抽象概念の理解力の問題ではないかと思うのだ。
ソフトウェアの進歩はハードウェアの進歩にも増してスピードが早く(ドッグイヤーという言葉をご記憶だろうか)、20年前のクルマと20年前のソフトウェアを比較するのであれば、20年前のソフトウェアの方が遥かに古い世代に属するものになる。
トップ層に限らず、比較的年齢が若い中間管理職や、場合によっては若年社員層でも、こうした抽象概念の理解が十分にできているかと言うと、そうではない可能性がある。トップ層が「なぜソフトウェアの更新をしなければならないのか」という発言をした時に、それに対してきちんと説明し納得させることが中間層以下にできていないということもまた DX が進まない原因の一つなのではないだろうか。
こうしたソフトに対する理解が薄い人でも、いわゆるGAFAMが世界のビジネスのトップ企業であることは認識しているのだと思う。しかし、Appleは百歩譲って例外とするとしても、Google、Amazon、Facebook、Microsoft、いずれもソフトウェアないしソフトウェアを前提としたサービスを提供する企業である、ということに、どこまで認識があるだろうか。Apple含め、こうした企業が提供するハードウェアも一部あるが、それもソフトウェアと組み合わせることで独自性・優位性を発揮するものになっており、大きさや重量といったハードのスペックで勝負しているのではない。
ハードは中国などアジアが優位という流れがあるが、ソフトがなければハードの優位も揺らぎかねない、という点で、ドローンを巡るこの記事は、示唆に富むものがある。
今後、日本は人口が縮小し労働力も少なくなっていく。その中でいわゆる DX を推進して、この先10年20年と稼ぎ続けられるビジネスモデルへと変わっていかなければ、生き残ることが難しくなる。また、これまではモノを売って国の経済を回してきたが、これからはモノだけでなくそれに付帯するソフトウェアやサービスを含めたトータルなソリューションを提案できなければ、 やはりビジネスの優位性を失うし、現に失いつつある。ハードの強みを武器にするにしても、それを武器たらしめるソフトがなければ、そもそも土俵に上がれない。
こうしたことを考えると、広義のソフトないし、目に見えないものに対する理解を深め、その抽象概念を操作することができないことは、かなり深刻な問題ではないかと感じている。
日本でも、ようやく一部の製造業が重い腰を上げ始めてはいる。
一方、若手の起業家・スタートアップは、こうしたことについて十分に理解した上で素早くビジネスを展開しはじめている。もちろん伝統的な産業がDXを推進することも大切だが、いわば「DXネイティブ」な新しいビジネスをいかに大きくしていくかが、私たちの日々の生活にとって、この国にとって、この先とても大切になってくる。本当は教育から変えていかなければならないのだろうが、教育の変革には時間がかかるので、まずはビジネスの現場から、と思っている。