
長期失業者という米国雇用の「闇」~戻らない労働参加率~
長期失業者増加という厳しい現実
12月4日に公表された米11月雇用統計は非農業部門雇用者数に関し、前月比+24.5万と市場予想の中心(同+46.0万人)を大幅に下回りました:
家計調査に基づく失業率は前月比▲0.2%ポイントの6.7%でしたが、労働参加率の低下(61.7%→61.5%)を伴っており、これはあまりいい話ではありません。労働参加率とは「労働力人口(就業者+失業者)÷生産年齢人口(16 歳以上人口)」で算出されます。しかし、失業者と認識されるためには調査期間中に求職活動を行っている必要があります。労働意欲を失い、労働力人口から外れた者は失業者にカウントされないのです。そうした人々が増えた場合、失業率(失業者÷労働力人口)は低下する可能性があるものの、労働参加率も低下します。これが頻繁に指摘される「悪い失業率低下」です。逆に労働参加率上昇を伴う失業率上昇は「良い失業率上昇」と呼ばれることもあります。
労働参加率の低下が続くと一国経済に対する労働投入量が減ることになるので潜在成長率が押し下げられてしまいます。こうした労働市場からの退出予備軍は「長期にわたって就職活動をしたものの職を見つけることができなかった層」と被ることが多く、その意味で「過去27週間以上にわたって職探しをしている失業者(長期失業者)」の趨勢は重要視されるものです。かつてリーマンショック後、バーナンキ元FRB議長もよくその論点について問題意識を露わにしておりました。
以下の図は失業率と失業者全体に占める長期失業者の割合(以下、長期失業者割合)を見たものです:
足許で失業率が大きく低下する一方、長期失業者割合は大きく上昇していることが分かります。11月の長期失業者割合は失業者全体の4割近くに迫っており、リーマンショック直後の記録(45%程度)まで上昇する雰囲気もあります。過去の経験に倣えば失業率が下がれば長期失業者割合も下がってきましたが、現状ではそうなっていません。これはロックダウンによって失業者総数という分母が大きく増減したためです。長期失業者割合は失業者(分母)が急増した春先に急低下したものの、足許にかけては失業者の急減と共に急上昇するという特異な軌道を強いられているのです。いずれにせよ4割弱という長期失業者割合が歴史的に見ても非常に高いという事実には変わりなく、これが「まだ上がりそう」という現状は非常に不安があります。
労働参加率は戻りにくい
労働参加率低下に話を戻しましょう。労働参加率の低下はリーマンショック後、FRBも再三問題視してきたものです。過去10年を振り返ってみても、米国が完全雇用状態に接近する中でも労働参加率は悪化こそしませんでしたが、元には戻りませんでした:
「強いショックを受けて低下すると元には戻りにくい」という労働参加率の特徴は、長期失業者が一旦、労働市場から退場してしまうと意欲もスキルも喪失してしまい経済活動に復帰できなくなってしまう、という事実と合わせて理解すると分かりやすいかもしれません。長期失業者割合の上昇が「原因」、労働参加率の低下が「結果」となっている側面が推測されます(そして、労働参加率は潜在成長率低下の「原因」にもなります)。コロナショックを受けて労働参加率が一段と低下したという事実に関して、FRBを始めとする米政策当局者の胸中は暗澹たるものがあるのではないかと察します。
喪失した雇用、「残り1000万人」という重み
最近米国経済の特徴として株価が騰勢を強めても消費者心理が全くついてこないという事実があります:
この背景にあるのが、劇的に悪化した労働市場(含む賃金情勢)という理解で差し支えないのだと思います。11月雇用統計はどう見ても失望的な内容でしたが金融市場では「政策期待を後押しする」という解釈から株価が続伸しました。もはや倒錯しているとしか言えない値動きです。米国の実体経済について現状と展望を描くとすれば、そうした金融市場の値動きから一歩退いた姿勢を持って、雇用市場の現状を俯瞰してみることが必要だと思います。3~4月に失われた2000万人の雇用のうち半分(1000万人)を復元したところで、雇用の増勢に急ブレーキが掛かってしまったのが現状です。
この「残り1000万人」というのは非常に大きな数字です。というのも、リーマンショックを伴う2007年12月に始まった前回の後退局面を例に取ると、後退局面入りから26か月後の2010年2月に約▲870万人という雇用喪失が最悪期でした。現状は、少なくとも失われた雇用の「量」に限って言えば、「リーマンショックの最悪期よりも最悪」という認識を持つべきです。ちなみに、リーマンショック後の雇用喪失である約▲870万人が完全に復元されたのが後退局面入りから77か月後の2014年5月でした。実に6年5か月の月日を要したのです。
片や、2020年11月は後退局面入りからまだ9か月後ですが、「残り1000万人」、より厳密には約▲983万人という雇用喪失を抱えています。これを完全に復元するのにどれほどの月日がかかるのかを考えると気が遠くなります。もちろん、今回は人為的な活動制限で喪失した雇用ですので、感染症の動向とこれに伴う為政者の判断次第では雇用復元ペースも早いものになる可能性はあります。実際、9か月間で1000万人の復元は異例のスピードでもあります。しかし、仮に足許からリーマンショック後の倍のペースで雇用を積み上げていっても完全に復元されるには3年程度の月日が必要になります。当分は雇用情勢がFRBの政策運営を縛る主因となることでしょう。
今夏よりFRBは「平均+2%」到達を物価安定の条件とする新たな枠組みを展開しています。とはいえ、その平均すべき期間などは明示しておらず、適宜、柔軟に調整するとしています。率直に、実際に予想を立案する立場からは物価だけでは心許ないという印象があります。例えば今後、消費者物価指数は上がっていないけれども、インフレ期待は上がっているという理由で引き締めに動く可能性も否めません(これも重要な論点ですが、議論は別の機会に譲ります)。しかし、状況がどうであれ、大量の雇用が失われたまま利上げに象徴される正常化プロセスに着手することはないでしょう。まずは住宅ローン担保証券、次に米国債の購入を停止し、その次に利払いと償還金の再投資を停止し、バランスシートを縮小、そこまでやって利上げのトークに入れます。これだけで3年はかかるでしょう。リーマンショック後、FRBが利上げに復帰できたのは2015年12月でした。上述した通り、雇用が完全に復元したのが2014年5月ですから、実にそこから1年7か月後での利上げでした。
考慮すべき論点は山ほどありますが、雇用市場の現状と展望に照らせば、来るべき2021年においては、米国の金利が一方的に上がる(ひいてはドルもが上がる)ということはまず考えにくいと思っていて問題ないでしょう。