見出し画像

日本人は本当に学ばないのか。リスキリングを進めようとしても進まない4つの壁。

皆さん、こんにちは。今回は「リスキリング」について書かせていただきます。

2022年は「リスキリング」という言葉を目にする機会が非常に多く、日本政府も「今後5年間で1兆円投資する」というくらいの気合いが入ったテーマの一つです。それを支援するための助成制度も生まれています。

DXが企業の生き残りのカギとなっている今、これまでの知識やスキルに依存することなく、新しい領域に飛び込む人材を育成する重要性は今後も高まっていくことは間違いありません。

しかし、各企業の狙い通りにリスキリングが進んでいないことも事実。
新しいスキルやツール、知らない領域に関する知識を習得した人、または学習習慣を確立した人、さらに、新しく習得したことを実際の業務で生かせている人は、まだまだ少数派にとどまっているのではないでしょうか。

デジタルトランスフォーメーション(DX)を起こすためには、自社ビジネスに精通した人間が不可欠だ。外部人材が逼迫する今、スキル実装して育成する「人材の内製化」は避けられない。IT(情報技術)企業をはじめさまざまな企業が急ピッチで人材育成に取り組んでいる。

■リスキリングが思うように進まない4つの理由

各企業の狙い通りにリスキリングが進まない理由は、大きく以下の4つではないかと思います。

問題点1:「学ぶ意欲がない人に学びを押し付けている」

引用した記事には

クレディセゾンは社員をデジタル人材へと変えるリスキリング施策に取り組む。その1つに、エンジニアやデータサイエンティスト志望者を、社内公募を経て配置転換するというものがある。20年以降、公募を続けている。
武田薬品工業では国内事業部門に向けたリスキリングの取り組み「データ・デジタル&テクノロジー(DD&T)アカデミー」を22年10月に開始した。社内公募で手あげした社員に対してリスキリングするプログラムだ。

とありますが、大人になってからの学び直しには、強制的に学ばせるよりも、自主的に学ばせる方が圧倒的に効果が期待できるため、学びのシーンにおいて「手あげ」を重視する方針は合理的と言えます。

実際に企業がリスキリングを行う際、全社員に対してリスキリングを行う余裕があるわけではなく、希望する社員に組織戦略と個別のキャリアプランとを照らし合わせながら新しいスキルを学んでもらうことがほとんどです。

一方、「一人でも多くの社員に学びの環境を」ということで、全社員を対象に本格的なリスキリングの機会を提供することをゴールに置いている企業も増えています。社員一人ひとりのスキル習得において、学びの場を作るだけでなく、その進捗を管理するようなシステムを導入しながら、学習支援体制を構築しているのです。

これまでの日本企業においては、企業側から社員に対して「この知識やスキルを習得するように」という指示のもと、外的動機によって初めて学び始める人がほとんどでした。この流れや慣習がいまだに強く残っている企業は、学ぶ意欲がない社員にも、ほぼ強制的にリスキリングのためのプログラム受講を要請しています。

プログラムを受講する対象者を広げると、「なぜ学ばなければいけないのか」が分かっていない人、意味を見出せない人も増えていくため、リスキリングをただ強制していては、当然期待した結果が出る可能性は低いです。明確なゴールを持ち、そのために学びたいという内発的な動機がなければ、せっかくのリスキリングの機会を実践で生かすことは難しくなってしまうのです。興味関心のない領域で長時間研修を受けても、やる気やモチベーションを維持し続けることも難しいでしょう。

問題点2:「学んだことが実際の仕事内容に全く生かされない」

リスキリングを進めるにあたって、まず従業員にどのようなスキルを習得させるべきかを最初に定義し、学習の場を構築している企業が多いと思いますが、一度DXに必要と定義したスキルが実際にそのまま生かせるケースというのは実はほぼないと言っても言い過ぎではないはずです。なぜなら、不確実性の高い市場環境において、各社のDX戦略を通じてこれまでにない革新的なことを成し遂げようとすればするほど、計画段階から「どのようなスキルが必要であるか」を明確に予知できるわけではないからです。

となると、せっかく習得した知識やスキルが、新しい仕事に全く生かされず、リスキリングが失敗に終わってしまったり、学習することの意味を見出せずに継続できない状況へと陥ってしまいがちです。

問題点3:「学んでからでないと、新しい領域への挑戦ができない」と思い込んでいる

順番として、「学んでから新しいことに挑戦する」か「新しいことに挑戦してから(挑戦していく過程で結果的に)学ぶ」かは、大きく意見が分かれるポイントかもしれません。「新しいことへの挑戦」とは、「部署異動」だけでなく、「難易度の高い業務」や「これまで経験したことのない新しい業務」への挑戦なども含まれます。

あくまで個人的な見解ですが、「必要最低限のスキルや知識がないと、新しいことに飛び込めない」と思い込んでいる人が多く、企業側もそのような意識を社員に植え付けてしまっているのではないかと思うのです。

新しい挑戦を前に、戦うための武器(スキル、知識、自信)を揃えることは大事なことです。ですが、もしかしたら学んでいる間に事業創出のタイミングや先行者メリット獲得のチャンスを逃すなど、事業そのものの成功確率を下げてしまうことにもつながりかねません。「新しいことへ挑戦しながら学ぶ」「まずは行動に移してから不足している知識や経験を補っていく」ことのメリットも頭の片隅に入れておくべきではないかと思います。

問題点4:「投資対効果に見合わない(または投資対効果が計測・分析できない)」

自動車部品大手の独ボッシュは、全世界の従業員40万人に対して本格的なリスキリングの機会を提供しており、全員がソフトウェアに精通するスキルを獲得することを目指しています。同社が一連の教育にかける費用は3,000億円近くに達すると発表されました。

その他、リスキリング施策で先行している米企業をはじめ、日本大手企業を中心に大規模な投資を表明している企業が続々と増えてきています。

大事なポイントはそれがいつどのような形で回収できるのか、投資対効果に見合っているのかどうかという点です。

「人的資本経営」の潮流もあり、人にいかに投資をしていくかという点が多くの企業の経営課題となる中、ただ投資をしていればいいわけではありません。その結果が狙い通りだったのか、そうでなかったのか、何を改善していけばいいのかを見極めなければならないのですが、ここまで明確な答えが既に出ている企業は少ないのではないでしょうか。

ただでさえ、日本は先進国の中でもGDPにおける人材投資の規模が極めて低い国です。このような状態では思い切った投資をする企業が限られてしまうのは当然だと思います。

■学ばない国、日本。

記事によると、「日本は学ぶ習慣のない国」だという記載がありました。

理由には歴史的背景がある。日本の労働に関する慣行や人事制度に根ざす構造的要因が大きい。
例えば企業は長期安定雇用制の下、さまざまな職務を社員に経験させるジョブローテーションを取ることが多かった。このため、社員は自分のキャリアを戦略的に積み上げる必要を感じなかった主体的に学ぶ・学ばないという意思決定に慣れていない
職場で必要になる知識やスキルは職場内訓練(OJT)型で学ぶが、あくまで既にある業務の「復習」で再現するので、未来に関して学ぶ方向には弱い。ジョブローテーションがある種の疑似転職として機能したため、数年ごとに仕事も人間関係もリセットして、異なる仕事に就いた後に業務を覚えた。これが「永遠の初心者を生んだ」。日本企業は、社員の学びのインセンティブが弱く、あっても事後的に起こりやすい素地を内包してきたわけだ。

他にも個人の学びに関する調査結果によると、

勤務先以外での学習や自己啓発への投資について尋ねた質問で、日本は現在自己投資しておらず、今後も予定はないと答えた人の割合が、他の国・地域と比べ突出している。

という結果が出たそうです。現在も今後も自己投資する考えがない人が大半で、日本人は全く学び意欲がないのです。「企業の人的投資」という観点でも、「個人の学ぶ習慣」という観点でも、どちらも定着していない日本は、このままだと経済成長の鈍化が加速し、あっという間に環境変化に取り残されてしまいます

日本企業の社員に合った学びの形は「組織的な学び」である。それに合う形態はずばり「学校」だ。
つまり「コーポレートユニバーシティー(企業内大学)」のようなシステムが1つの現実解として可能性を秘めている。これが学びの共同体として機能すればよい。折しも、第3次コーポレートユニバーシティーのブームが来ているという。
メリットはある。社内講師になる(人に教えることで自分が学べる)、社内ネットワークが広がる(部署などをまたいで知り合いが増える)、学習履歴を取れる(他者の学びの軌跡を参照する)などが考えられる。

とあるように、学校のような組織的な形態で学びを習慣化することも一つの方法です。ともに学ぶ仲間とともに、学びの進捗や学ぶ上での難易度や達成感などを共有し合いながら切磋琢磨することで学習習慣が定着する可能性が高まります。

たとえば、当社の事例として、現在「社長研修」を実施しています。(詳細は別の機会にしますが、後継者育成の一環で、次期社長の候補となる人材に対しての育成プログラムを実行しています。)

研修の目的やゴールを明確に決めて、それに対して体系的に学ぶ機会を作り、適切な緊張感のもと、選抜されたトップ人材が切磋琢磨しながらともに学ぶ場は、非常に刺激的で有意義な場になっています。数年かけて実施されるこの取り組みは、間違いなく社員の学ぶ習慣を作り、これからも学び続ける良いきっかけになったのではないかと思います。

このように、「集団で学ぶ」「組織的に学ぶ」ことはメリットが大きく、学ばない国と言われる日本においても一つのヒントになるのではないでしょうか。

■学び直しは最大の自己投資

最後に、「学ぶ」ことは、時間やお金やエネルギーを自分自身に投資することであって、その分、知識や経験の習得も含めた“豊かな人生”という確実なリターンがあり、最大の自己投資であると思います。学んで損することはまずありません。

学ぶことによって視野が広がり、新しい視点で物事を捉えられるようになることで、これまで以上に自分の仕事に付加価値をつけられる可能性が高まります。さらに、新しい知識を吸収しようとすればするほど、深く学ぼうとすればするほど、自然と人間関係や人脈などのネットワークが広がっていきます。人とのつながりが広がれば(しかも学ぶことに意欲的な人同士がつながれば)、新たな知見を得てこれまでにない発想やアイディアが生まれやすくもなります。

頭では分かっていても、学び続けることは簡単ではなく、実を結ぶには時間も労力もかかるものですが、人生100年時代と言われる中、生涯学び続け、自分の知識やスキルをアップデートすることは、今後の社会でより一層重要になっていくはずです。

個人には、「一つのキャリア、一つの仕事に依存することなく、柔軟に学び続けながら自分自身を変化させていく力」が求められ、企業には、「学ぶ意欲を持った個人が学び続けられる環境を構築していく力」が求められています。企業も個人も、今ある学びの機運を一過性のものにせず、長い目で行動変容を促していくことが重要ではないでしょうか。



#日経COMEMO #NIKKEI

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?