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なぜ、人は非合理な戦略を取ることがあるのか?〜ロシア・Brinkmanship・キューバ危機〜

 ロシアとウクライナの停戦協議に注目が集まっています。このニュースの影響で、今日の東京株式市場は上昇して取引を終えています。しかし、戦争が短期間で終わる確信がまだ持てないだけに、金融市場は引き続き荒れそうです。実際、為替市場ではロシアルーブルが対ドルで最安値を付けており、これによりプーチン氏を更に追い詰めないかも危惧されます。今回は、経済的に困窮することが見えていたにも関わらず、ロシアのプーチン氏が戦争を始めた背景について、軍事研究のイロハのイでもある、経済学のゲーム理論の視点を用いて考察します。今起きている戦争の落とし所や、企業戦略に活かせる内容だと思います。

経済合理性が感じられない戦争

 各種メディアを見ていると、軍事専門家の多くが「まさか!ロシアが戦争を仕掛けるなんて!」との感想を抱いたようです。戦争が勃発するまでは、私を含める多くの方々が、「ヨーロッパ勢にとって、ロシアは最大のガス取引相手であり、関係性を壊すことはないだろう」「ロシアにとって、資源輸出における最大の顧客であるヨーロッパ勢を敵に回すことはないだろう」、「冷戦時代と違い、ロシアとアメリカの経済格差は大きく、ロシアが西側諸国から経済制裁を受けた経済損失が大きすぎるし、ロシアは戦争をしたく無いはず」、etcと考えていたと思います。

 つまり、「ロシアが戦争をするなんて経済合理性から考えたらありえない=ロシアが非合理な戦略をするなんてありえない!」と考えていた人が、圧倒的に大多数だと思うのです(私を含む)。しかし、ロシアは非合理としか思えない戦略を仕掛けてきました。実は、こうした行動メカニズムは、ゲーム理論研究でも解明が進んでいます。

なぜ人は非合理な戦略を取ることがあるのか?

 ロシアによる現在の戦略は、『瀬戸際戦略=Brinkmanship」と推測されます。これは、大多数が合理的に戦争なんてありえないと考えている環境の中で、あえて非合理な戦争を仕掛けることで本気度を醸し出そうとする戦略です。この瀬戸際戦略について詳しく説明をしてくれているのが、下記の本です。

AVINASH K. DIXIT and BARRY J. NALEBUFF, "The Art of Strategy A GAME THEORIST’S GUIDE TO SUCCESS IN BUSINESS & LIFE"P186~P193
(日本語は"戦略的思考をどう実践するか"P191~P197)

和訳バージョンでは、瀬戸際戦略の本質について以下と述べています。

瀬戸際戦略の本質は、意図的に危険を作り出すことである。危険は相手にとって耐え難いほど大きなものでなければならない。そうでないと、相手はこちらのいうことを聞いてまでその危険をなくそうとはしないだろう。(中略)私たちのまわりには瀬戸際戦略の例がいたるところにある。会社の経営陣と労働組合、夫と妻、親と子供、大統領と議会など、(中略)瀬戸際戦略では、どんなに慎重にことを運んでも悪い結果を招く可能性を排除できない。

取締役会で自らの退陣覚悟で交渉を持ち出したら最悪の結果を招いてしまったり、夫婦関係で修復を図ろうとして離婚をチラつかせた結果、本当に離婚してしまった、、というのも、瀬戸際戦略の一つであり、悪い結果を招いた事例かもしれません。

瀬戸際戦略で相手に要求をのませるのに必要なこと

 ただし、この瀬戸際戦略で相手に要求をのませるには、相手が信頼するほどの危機を段階に与えることが必要になります。上述の本の中では、8つのプロセスが紹介されています(数理モデルから証明されたプロセスを、自然言語で説明しています)。最も注目したいプロセスが、

プロセス4:退路を完全に除去する

と言うものです。軍隊などが、部下たちの退路を完全に無くすことで、勝つか負けるしか無いという状況を作り、部下の決意を揺るぎないものにするという戦略にも使われます。なので、プーチン氏が、核兵器に言及するのは、西側諸国に対して要求をのませるために、「これ以上の経済制裁を行えば、俺は失うものはなく、核兵器もありえるぞ」と脅すだけでなく、ロシアの兵士たちに「戦争が劣勢になれば、核兵器もありうるぞ」と脅す意味もあるかもしれません。西側諸国による経済制裁は、プーチン氏が経済合理性に重きを置いていれば有効かもしれませんが、瀬戸際戦略をとるプーチンを更に追い詰める可能性があるかもしれません。


キューバ危機はどう回避された?

 キューバ危機は、瀬戸際戦略の代表的事例とされています。当時のケネディ大統領は、核戦争を回避できる確率は3分の1から2分の1と見積もっていたようで、本当にギリギリで回避されたようです。当時は、とにかく、何度も水面下の交渉を重ねて、トルコにあるアメリカのミサイルを除去することで、ロシアの面子を保つことで回避されたということです。ここから得られる示唆は、瀬戸際戦略を取られたら、相手の情報を完全に把握していない限り、何度も交渉を重ねて、その都度、最悪の事態を避けるようにするしか無いということです。そして、ロシアを追い詰めすぎることは、瀬戸際戦略においては、ロシアに最悪の選択を促しかねないことです。

社会も経済も、まだまだ安心できないようです。

このブログが書き終わった頃には、終結となっていれば良いのですが、、


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崔真淑(さいますみ)

*トップの画像は崔真淑著『投資1年目のための経済・政治ニュースが面白いほどわかる本』より引用。無断転載はおやめくださいね♪

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