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「自分のための学び」にある美しさ

社会人にとって、「学びの機会」というフレーズを聞いてどのようなことを思い浮かぶだろうか。会社の研修、スキルアップのための検定試験勉強、自己啓発書、などが一般的な例だが、本当の意味での「自分のための学び」とはどのようなものか、じっくりと考えてみると明確な答えはないように思う。資本主義的な意味での「利益最大化」のためでもなく、他の誰かに追いつくためでもない。何かの分野に興味関心を持ち、自発的に情報を収集し、なんらかのコミュニティに属したり、何かを創造したり。「自分のための学び」をベースになんらかのアクションを起こすことは、現代日本の社会人にとって、ハードルが高いことだということはよく聞く話だ。

アメリカでは、Z世代はミレニアル世代を超えて「最も教育水準の高い世代」だと言われている。一つの要因として、世界中のさまざまな大学が提供している、誰でも受講できる無料のオンラインコースMassive Open Online Courses (MOOCs)の普及をはじめ、生まれた時からインターネットでいつでも情報を自由に得られるツールを持ち合わせていることが挙げられている。しかしツールが与えられているだけでは、「学び」は生まれない。そこからどのような情報を得て、自分でどのような発信や内在化をするのかは、個々人のモチベーションや社会的要因が影響してくる。

学習意欲やインプットのモチベーションは、自分が尊敬している人や憧れている人の影響によっていくらでも左右すると、最近強く実感してる。学びたい、知りたいという気持ちは(個人的には)「誰かにシェアしたい」という気持ちがあってこそ増幅されるし、それこそがコミュニテイの存在意義かもしれない。

例えばおすすめの曲をシェアしたい気持ち、プレイリストを作って共有したい気持ちは「自分が見ている風景を切り取って共有したい」という願望を形にする表現だし、アーティストが音楽を作る作業もそれに近い場合が多い。

つまり、学びとは自分と他者に対する愛情表現なのかもしれない。

好きなアーティスト等「憧れの人」が公表している趣味や好みのものを探求したくなる人は多いけど、その現象の根底にあるのは間違いなく「愛」で。近づきたい、自分を磨きたい、という気持ちで「成長」することはセルフラブ・セルフケアと似て非なるものではあるけど、ベクトルを少し傾ければものすごく近いとも思う。その「憧れの人」に対する愛や向上心を自分自身に対して向けることができたら、それはまさに「教育」とも呼べる作用なのではないか。

音楽を聴くこと、映画を観ること、アートを鑑賞すること、本を読むこと、全ての文化的な行為を通して自分と社会への「教育」を行っているのだ。他者ではなく自分のために、というセルフケア的な行動や思考も長期的に見れば「未来の自分とそれに関わる他者」のための行為であるとも(極端に視点を変えれば)考えられる。

「今、ここ」的なマインドフル思考と、長期的なセルフラブを共存させることが今の自分の理想だとも思うし、最終的には、生活には愛と美しさが必要で、それを実感し楽しむためにじゃ(広義の意味での)学びが必要になると思う。あとはコミュニティでも共有と対話、そして空間も「教育」と「学び」には欠かせない要素だ。

自分が執筆を始めてから1年が経ちますが、いまだに「学んだことをまとめてアウトプットしているものがたまたま仕事になっている」という感覚は強い。そしてそのプロセス自体が自分の学びになり、執筆文章を読んだ人にも新しい視点が生まれるなら、これからも続けたいと思う。

大学では「やらなければいけない学び」を行い、社会人になってからは「スキル」や「昇級」のために、自己投資や自己啓発のために読書をする人は多い。でも本当に資本主義的な考え方で、利益や収入を最大化するためだけの学びでは、本当の意味での「美しさ」は手に入らないのではないだろうか。どこまでいっても他者と比較をし、「上を目指す」という向上心それ自体にも美しさはあるが、自分のため、そして「優しさ」を共有するための他者のため、という利己的でもあり、同時に利他的でもある「学び」はいつでも、誰でも意識的に行うことができる。または、もしかしたら無意識的にすでに行なっているかもしれない。お茶や香水、服やゲーム、スポーツや食事、「この分野だったら永遠に情報を収集していられる」というトピックの一つは誰にでもあるはずだ。その行為を生産性のない「時間の無駄」と捉えるのは、あまりに表層的で悲しい話ではないだろうか。

「なりたい自分」をイメージしたときに、学びの蓄積によって、「学べる領域」はさらに広がり、未来の自分が持ちうる自由度はさらに増す。

何せ知識、そして好奇心は、世界を見る視点を変えられる、便利な「フィルター」なのだから。



「自分に集中するための7つの方法」というこちらの記事を紹介したい。恋愛や友情、家族関係などの人間関係に没頭しすぎて「自分」を失いかけている人のために、なぜ「自分」に意識を戻すことが重要なのか、そしてなぜ「一人」でいることは必ずしも悪いことではないのかについて記されています。

「自分自身に目を向けるということは、文字通り、自分のニーズに合ったセルフケアを実践することです。

セルフケアとは、基本的に自分自身に目を向けること。人には、睡眠、栄養、運動、リラックスなど、健康を維持するための基本的な欲求がある。これらのニーズを無視し続けると、人生のさまざまなストレスから回復するための十分な時間が得られないでしょう。最初はあまり感じなくても、やがて心身の健康に好ましくない変化が現れてくるかもしれません。

(中略)最後のポイントは、「自分のこと」と「他人のこと」のバランスをとること。他者のためにすべてのエネルギーを使うと、自分のために使えるエネルギーが少なくなる。自分の中に目を向けて自分の欲求を満たすことで、大切な人を支えることができるようになるのです。

自分自身に目を向けることは、自己中心的に聞こえるかもしれませんが、実はとても大切なことなのです。自分自身に目を向けることは、自己中心的な考えではなく、自分の幸せのためにできる最善の方法のひとつなのです。」


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