実験により学び続ける国に変わろう

下記の柴山さんが書いていますが、我々は試行錯誤と実験により常に学習する国に変わる時期にきていると思います。世界や環境が未知で不確実になっているからです。政府だけではありません。国民もメディアもこのような発想を取り入れる時期にきていると思います。

https://comemo.io/entries/6367

未知のことについては、やってみなければわかりません。判断時点では誰も正解が分からなかったことを、後から色々情報がふえててから、あのときこう考えられたはずだ、と批判するのは最悪です。

これはマルコム・グラッドウエル氏が講演でいっていたことですが、以前の問題(例えばキューバ危機)は情報があるかないかが正しい判断を分ける状態だったので、情報を早く多く集めることが正しい判断につながっていました。しかし、現代の判断では、情報はありすぎるぐらいあるのに(例えば911テロの時は、テロ情報は沢山あった)、状況の複雑さにより情報を直接判断につなげられない状況になっているわけです。これは医療でも、教育でも同じです。条件が揃ったら事前に決めたルールに従ってアクションを起こす、という、これまで頼ってきたルールに頼った方法(ルール指向)が成り立たなくなってきているのです。

従って、状況が進んでから情報の中からストーリーにあうところを抽出して、「あの時出来たはずではないか」と批判するのは簡単です。しかし、実際の判断は簡単でない、という状況になっているわけです。このような直面する課題の変化にもかかわらず、事故でも政策判断においても、メディアや国会論争では、上記のような後付けの論法による批判が多いのは、そろそろ変える時が来たと思います。このような議論が、国民を幼稚にしている面があります。

不確実で未知の課題については、やってみなければ、分からないところが沢山あります。上記のような後付けの論理の不毛さにそろそろ気づき、そして、実験と学習を基本とし、実験結果から学習している間は、仮にうまくいかなくても、それ自体は批判せず、実験しないことや実験結果から学習しないことことは大いに批判するように我々は成長する必要があると思います。

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