見出し画像

「円高ではなくドル安」の怖さ ~日銀が避けたい欧米比較論~

「円高ではなくドル安」という認識
11月19日、麻生財務相が参院財政金融委員会で、足許の為替市場で円高・ドル安が進んでいることについて問われ「ドル安という表現が正しく、結果として円が高くなっている」と答弁されたことが報じられました。この答弁が市場で材料視されたわけではありませんが、近年のドル/円相場では平穏な状況が続いてきただけに、野党の議員さん(今回の場合はみんなの党の渡辺喜美衆院議員)が問題意識を示し、それに財務相が回答するという場面自体がどこか懐かしいものに思えました。それだけ現状のドル/円相場の水準が永田町(政治家)においても気になるものになっていることかもしれません。足許でも円高を取り上げる記事はポツポツ出始めています:

確かに、ドル/円相場は月を追うごとに下値を切り下げている印象で、「気づけば103~104円台。二桁までもう少し」と感じる市場参加者も増えていると思います。冒頭の麻生財務相の発言は事実です。米大統領選直前から米10年金利は上昇しており、日米金利差もしくは欧米金利差は拡大傾向にあります。しかし、ドル相場は低位安定しています(図表):

タイトルなし

米10年金利が「0.5~1.0%」で推移している内は「ゼロ金利を継続するFRB」が相場の前提となっているように思われ(1.0%付近はちょうどゼロ金利導入前後と同水準)、この程度の金利上昇ではドル買いで応戦できない現実があるように思います。今回の「円高ではなくドル安」という財務相発言を勘繰る向き(円売り介入に消極的等)もあるようでしたが、麻生財務相は単に相場で起きていることを客観的に指摘しただけでしょう。

今回は「リスクオフの円高」ではない
11月に入ってから進んだ円高に対し政府・日銀が何らかのアクションを起こすと思うかという照会もいくつか頂きました。しかし、筆者はそう思いません。安倍前政権下では、ドル/円相場がまとまった幅で下落するたびに財務省、金融庁、日銀による3者会合が開催されてきました。「市場の安定は極めて重要であり、緊張感を持ってその動向を注視していくことが重要であるという認識を共有した」などの声明を示すことで円高のけん制を試みるというのが会合の趣旨であり、具体的な政策措置を伴うものではありませんが、政府・日銀の危機感を推し量るバロメーターとしては参考になるものです。
直近では7月、年初来では2月および3月に開催されており、菅政権になってからはまだ開催されていません。今年開催された3回の3者会合のうち、2月と3月の2回はコロナ禍における「リスクオフの円高」であり、ボラティリティ急騰を伴うヒステリックな動きでした(図表):

タイトルなし2

こうした動きになれば間違いなく3者会合は開催されるものと考えられます。これに対し7月はボラティリティこそ低下傾向にありましたが、月末にかけて欧米株が大きく崩れ、日経平均株価も7月31日は6日続落、1か月半ぶりの安値で取引を終えるという地合いにありました。その意味で「リスクオフの円高」であったことは間違いないでしょう(なお、7月は「人事異動後の新たなメンバーの顔合わせも兼ねて開催」との公式説明もありました)。
しかし現状は日米欧株価が絶好調の中での円高であり、あくまで「ドルの過剰感」と「米国の低金利継続」に駆動されたドル全面安の副産物と整理できます。米国の財政・金融政策が国内情勢を支援するために執行され、その結果としてファンダメンタルズに沿ったドル安が進んでいるのであれば、政府・日銀として懸念を示すのは難しいかもしれません。対ドルでの通貨上昇はユーロ圏も苦しんでいるところであり、日本だけに起きているものではありません。実際、ユーロ高の方が勢いは強いものが感じられます:

麻生財務相の「円高ではなくドル安」との言葉に凝縮されるように、円高だけをあげつらえて評価するのが難しいのが現状です。

日銀にとって恐れるべきは欧米との比較
今後、日本の政治・経済、とりわけ日本銀行として構えるリスクはやはり金融政策絡みの円高だと思います。既に一部でそのような解説が見られますが、「日銀の金融緩和は欧米対比で劣後している」という解釈によって円高が進むことが当面の日銀にとって最も避けたい展開ではないかと察します。為替市場参加者が好んで比較したがる中央銀行のバランスシート規模を並べてみると確かに日銀が出遅れているような構図にはなる(図表):

タイトルなし3

それを通貨価値と結び付ける議論は理論的な裏付けがあるわけでもなく、筆者は全く支持しませんが、時にそうした論陣が影響を持ってしまうのが金融市場、とりわけ為替市場です。ちなみに、「欧米対比」といっても、その状況になった時に比較対象となるのはECBでしょう。ドル全面安をファンダメンタルズに沿った既定路線と見なすならば、この圧力に対抗するポジションとして円そしてユーロがあります。既報の通り、ユーロは12月会合での追加緩和を予告済みであり、しかも現時点では世界最大のバランスシートという謳い文句も一応はあります。単純に「量」を比較するモードに入った時、日銀にまず勝ち目はないでしょう。もちろん、GDP比で見れば100%以上の規模を誇るのは世界でも日銀だけなのですが(ECBは60%程度、FRBは30%程度)、いったん舵が切られると為替市場は自己実現的に一方的な展開を進めようとします。

こうして「緩和程度が劣後している」という因縁にも近い理由で円の独歩高が進んだ時、今の日本にはこれと言って有効な打開策がなさそうなことが、日本経済が当面抱える最大のリスクの1つに思えます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?