野村恭彦(Slow Innovation代表 / KIT虎ノ門大学院教授)
答えのない時代に社長はどんなビジョンを出すべきか?
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答えのない時代に社長はどんなビジョンを出すべきか?

野村恭彦(Slow Innovation代表 / KIT虎ノ門大学院教授)

(Photo by Jason Rosewell on Unsplash

数日前、ある大企業の社長と社内広報向けの対談をさせてもらった。社長は就任して一年弱、サステナビリティをど真ん中に据えたビジョンを発信してきた。簡単な挨拶をすませたあと、社長が開口一番言ったのが、「サステナビリティは答えがない。だから社員みんなで考えるしかないんだよな」であった。さあ、これからの答えのない時代を生き抜く企業の社長たるもの、どんなビジョンを発信すべきだろうか?

サステナビリティ時代の経営者は何をめざすのか

4月に就任する社長の記者会見が相次ぐ中、新たなトップの発言に関して、気になる記事が2つあった。一つめは、コニカミノルタ大幸次期社長の記者会見。もう一つは、昨年10月に持ち株会社に移行した新生パナソニックの楠見社長だ。

大幸氏は、「人の話を最後まで聞くということだ。また最後は決めたことをきちんと伝えるということを怠らずにやりたい。今後の会社運営は実行力やチーム力にかかっている。幹部を含めて言ったことをしっかりと実践しきれる会社にしたい」と話している。

岸田首相を思い出すような、いわゆる「聞く力」の経営ビジョンだ。逆に言えば、ビジョンについては何も語っていないと言えなくもない。

パナソニック楠見社長も、サステナビリティ時代の経営について語っている。この記事の中で、「すべての事業に当てはまる未来は具体的ではない。事業会社には10年後の未来を描き、そこから議論をはじめたい。事業会社が主役になってほしい」と話す。

ひと昔前の経営者は、売上目標、利益率を掲げたり、これからは医療だ、といった事業ドメインを語ったものだ。できる限り「ゴールを示す」のが経営者の役割だと思われていたからだ。

それは、「リーダーシップの定義」にも通じている。リーダーシップとは、「ゴールを明確に示し、そこに周囲を巻き込んで、成果をあげることで影響を与えていく」ことだと考えられてきた。つまり、最初にゴールを示すことがすべての始まりだと考えられてきたのだ。

答えのない時代のリーダーは、ゴールを示すことを巧みに避けるしかなくなったのだろうか。

答えのない時代だからこそ、経営者のコアバリューが大事になる

社長との対談に話を戻そう。彼が言った「答えのない時代だからこそ、考える社員が必要」は、ゴールを示すことを避けたのだろうか

ゴールもそうだが、そもそも「ビジョンとは何か」の定義もあいまいで、人によって違うことをイメージしているものだ。ビジョンが次の3つから構成されるという、ビジョナリー・カンパニーZEROの考え方が秀逸なので、紹介したい。

ビジョンとは:
まず、コアバリューと理念(根本原則、信条)「私たちは・・・・を信じている」があり、
このコアバリューを大切にするからこそ、パーパス(北極星は何か。生きる目的)「・・・・な社会をつくる」をめざす。
そして具体的には、ミッション(社運を賭けた大胆な目標)「・・年までに、・・・を実現する」を約束する。
という上記1、2、3のつながり、一貫性が重要である。

ビジョナリー・カンパニーZEROより

右肩上がりの時代は、このコアバリュー、パーパス、ミッションで言うと、大胆な目標であるミッションが重視されてきた。経営者はコミットメントだという考えだ。

一方で、答えのない時代になると、人々はリーダーに「わかりやすい未来」を期待する。いわゆるカリスマリーダーへの依存心だ。そうなると、みんなが求めるのが「パーパス」の提示になる。

しかし、答えのない時代にやみくもに提示されるパーパスほど危険なものはない。たとえば「脱炭素」という分かりやすい条件がある。それを実現するのがパーパスだ、と言うのは誰にでもできる。では、脱炭素を実現するために、まちじゅうの家をゼロエネルギーハウスに建て替えたとして、あなたはそんなまちに住みたいだろうか?

そうなると、もっとも大事になるのが、コアバリューになる。つまりその経営者が何を信じているか、経営者の哲学が問われるのだ。

たとえば、聞く力。ほんとうに聞くことにコミットするならば、ただ人の話を聞くかどうかという問題ではない。とにかく聞いて、聞いて、聞き切るところまで聞く。それをやりきるリーダーは、人々の内面から世界を変えていくことができるだろう。聞くことで良いアイデアを得るということではなく、リーダーが聞き切る姿勢を貫くことで、誰もが自分の意見を大切にしてもらえることを理解し、主体的に行動するように変わる。これこそが、「答えのない時代のリーダーシップ」である。

私が対談した社長は、「答えのないことを語るしかないことの苦しさ」を述べつつも、「それこそがサステナビリティの本質」と語った。「サステナビリティ戦略で私たちは何をしたらいいのか?」と答えを探すのではなく、「いまの社会システムの常識をすべて疑い、再考する」ことをみんなでやっていくしかない、という信念を持っての発言である。このことは、十分に伝わってきた。

まずリーダーが、「答えがない」ことを認め、自分自身の信念を伝える。その本気を感じた人が、また「答えがない」ことを認識し、自分自身の信念を磨き、対話し、伝えていく。こういったリーダーシップの連鎖が、これからの社会の基盤となっていくはずだ。

答えがあると思われていた時代は、リーダーが明確なゴールを示し、そこにみんなを従わせて、より良い社会ができていくと考えられていた。しかし、いま冷静に振り返ると、答えなんかなかったし、過去のリーダーが示してきたゴールも、未来から振り返ると間違いだらけだった。そして、権威や恐怖で他人を巻き込むプロセスは、大きな格差を生んできた。

今こそ、信念を大事にするリーダーシップで、一人ひとりが考え、信念を持ち、お互いを尊重し、対話するようにしていきたい。結果が得られるから幸せなのではなく、結果に向かっていくプロセスそのものが、人々の心を豊かにし、幸せにしていくのだという考えを広げていきたい。

世の中の経営者には、自分自身の「信じていること」を大切にして、ほかの多様な人たちが「信じていること」も大切にして、時間がかかっても、この相互理解、相互信頼のプロセスをこれからの時代の原則にしていってほしい。

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野村恭彦(Slow Innovation代表 / KIT虎ノ門大学院教授)
「渋谷をつなげる30人」「京都をつなげる30人」などを数年間続けてきて、イノベーションは「スローフード」のように、プロセスを大切にし、人と人との関係性をつくり、小さな変化がさざ波のように社会を進化させていく「スローイノベーション」に向かっていくのだと実感しています