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やっぱり動かなかった円相場~最低の出来高~

年末の風物詩、やっぱり狭かったドル/円の値幅

 2020年のドル/円相場の値幅は11.05円(高値:112.23円、安値101.18円)と3年ぶりの大きさでしたが、プラザ合意(1985年)以降、36年間の歴史で見れば7番目に小さい値幅でした。そもそも「3年ぶりの大きな値幅」といっても2018年、2019年は2年連続で史上最小レンジだったのだから、それよりも大きくなること自体は不思議ではありません。もはや、「今年の値幅は小さかった」という会話は師走の東京外国為替市場の風物詩です。以下の記事は今年12月中旬のものですが、昨年も一昨年も似たような記事はありました:


「値幅が小さい」という背景には複数の論点が考えられあすが、①世界的に内外金利差が消滅している、②円の需給が均衡している、③そもそも日本経済への関心が薄れているなどの仮説が考えられます。どれも決定的な説とは言えませんが、どれも一理はあります。新年を迎える前にこれらの説を簡単に見ておきましょう。

金利差の消滅
真っ当に考えれば、やはり①の論点が思い浮かぶ。為替取引において中央銀行の「次の一手」を巡る思惑こそが取引材料の「花形」です。この点、現状では主要中銀の政策金利がほぼゼロで集約され、内外金利差の限界的な変化幅がかつてないほど小さくなってしまっています。こうした状況下、金融政策に着目した取引は当然減ります。日々発表される雇用統計や物価統計などの基礎的経済指標も、米中貿易摩擦やブレグジットのような政治的材料も、それらが中銀の「次の一手」にどう影響するかという目線で注目されるものです。日銀は元より、FRBもECB、その他主要中銀の多くについて「当面の政策金利はゼロ%で横ばい」が既定路線となっている以上、「次の一手」が為替市場で取りざたされることはなくなってしまいます。

また、主要国の政策金利が概ねゼロで横並びになっているということは、それらの国々がすべからくインフレに悩んでおらず、むしろディスインフレ(最悪の結末としてデフレ)を恐れている状況を意味しています。その意味で主要国は「金利差なき世界」だけではなく「物価差なき世界」という状況にも身を置いており、それは購買力平価説に照らしても「為替が動きにくい」という展開に繋がってきます。こうした状況下、為替市場の変動が抑制されるのは必然の帰結に思われます。

均衡している需給
 とはいえ、ドル/円相場の動きは限定的であったが、2020年、ユーロ/ドル相場は大きく上昇した。これは何故だろうか。やはり①以外の論点も勘案する必要があり、ここで②の論点が重要になる。結論を先に述べてしまうと、現状では円の需給環境に傾きがないということも値動きを抑制する一因になっているように思えます。

例えば2020年の日本の貿易収支は上半期(1~6月)こそ計▲2.2兆円と拡がったが、下半期に入ると黒字基調に戻し、11月までの合計では▲730億円とほぼ均衡しています。一方、ユーロ圏は2019年対比で減少が見込まれるものの、2020年もユーロ圏は世界最大の経常黒字国の地位を保つであろうし、しかもその中身のほぼ全てがアウトライトのユーロ買いに直結しやすい貿易黒字です。こうした両者の差が円とユーロのパフォーマンスの違いに影響している部分は小さくないように思えます。やはり「金利差なき世界」では実需が尊重されるというのが現状で最も重要な認識ではないでしょうか。

また、筆者は、為替市場への影響を把握する包括的な計数として、経常収支、直接投資(対外・対内をネットアウトしたもの)、銀行・公的部門以外の対外証券投資、対内証券投資を合計したものを基礎的需給バランスとして参考にしています。これが2020年1~10月までの合計で約▲1.5兆円の円売り超過でした。10か月間の国際収支合計から得られる需給の傾きがわずか1.5兆円というのは非常に小さいものです。実は2018年も2019年も基礎的需給バランスの偏りは殆どなく、円売り超過が続いてきました。その2年間が連続して過去最小レンジだったことと無関係ではないように思えます。狭いレンジの背景は実は「売り買いが拮抗しているから」という非常にシンプルな理由なのかもしれません。

取引高は過去最低に
最後に③の論点も気になります。2年連続で史上最小レンジを更新した2019年、東京外為市場におけるドル/円相場のスポット出来高は約1.5兆ドルであり、現行統計における最低を更新しました。直近では2013年の約3.0兆ドルがピークであるから、6年で取引高が半分になったことになります。しかし、本稿執筆時点のドル/円のスポット取引高は約1.0兆ドルとさらに小さくなっており、2年連続で過去最低を更新しそうです。

もっとも、「取引高の減少」と「狭いレンジ」の因果関係は正直、判然としませんが、日本の経済・金融情勢が注目されるような状況だったらこのような取引高にはなっていないでしょう。最近でピークを記録した2013年はアベノミクスの最盛期であり、円安・株高が世界的にも注目されていた局面でした。同程度の取引高を誇った2007~08年は金融危機の到来と共に円キャリー取引が一気に巻き戻された局面でした。この直前の2005~06年という時代は、日本だけがゼロ金利を採用していたことから世界的に円キャリー取引戦略が一大ブームでした。善し悪しはさておき、過去には円が活発に取引される理由があったのです。

YCCで表舞台から消えた日銀
しかし、2016年9月の総括的検証を経て導入されたイールドカーブコントロール(YCC)をもって日銀は表舞台から姿を消しました。恐らく、それこそが「できるだけ早期にインフレ率+2%を実現する」という大風呂敷を広げつつも万策尽きてしまった日銀のYCCに課せられた使命だったのだと思います。実際、2016年以降、ドル/円のスポット取引高は減少が続いており、2020年で4年連続の減少です。4年連続で減少したことなどこれまではありませんでした。YCCを経て日銀、ひいてはアベノミクスに率いられた日本経済への関心が雲散霧消し、円の取引高が減少、それが狭いレンジに繋がっていったという説はそれほど的外れでもないように思えます。

以上では簡単に近年のドル/円相場の値幅が小さくなっている背景を簡単に検討してみました。①からの③の論点は全てある程度は事実であって、どれか1つが原因というわけではなさそうです。2021年を見通せば、②の需給がどう変わってくるかで円相場の変動も出てきそうですが、①や③の状況が大きく変わることもないでしょう。とりわけ①、すなわち「動かない金利」についてはFRBのドットチャートを持ち出すまでもなく、あらゆる金融資産取引の前提になってしまっています。その筆頭こそが恐らく2020年に最も耳目を集めたテーマである「実体経済と乖離する株高」です。2021年はその株価が断続的に動揺する展開に構えたいところです。

もちろん、企業・家計部門にとって為替は安定しているに越したことはないでしょう。しかし、得てして「動かない」に慣れ過ぎた時に変動への準備が蔑ろになるものです。我々はあくまで「変動」為替相場の世界に生きていることを忘れてはなりません。

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