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ウインナー弁当とN=1

こんにちは。スマイルズ野崎です。

秋めいてきましたね。残暑の仕事場のエアコンがぶっ壊れてしまい、路頭に迷う日々です。

さて、みなさんローソンストア100から発売されている『ウインナー弁当』をご存知でしょうか?

今年6月に関東エリア限定で発売されたこのシンプルなお弁当。SNSなどで話題になったこともあり、メガヒットを継続し、発売から2カ月近くたった今も弁当カテゴリーで人気ナンバー1だそうです。更にこの度、全国展開が正式決定しました!

ローソンさんの『ウインナー弁当』、その中身とは?

さて中身はというと、おかずがウインナー5本だけ(正確にはさらに脇役のパスタも座布団替わりに敷かれています)というシンプルさ。弁当のおかずの定番ながら決して主役を張ることのなかったウインナーをセンターに抜擢し、コンビニ弁当業界における「弁当はおかずの彩りや見た目も大事」という常識を打ち破り、一品勝負に徹しきったスタンスが、「このシンプルさが良い」、「時間がない朝に作ってくれたお母さんのお弁当を思い出す」と話題をさらったわけです。
ただこういった話題先行型の商品は、初速は所謂”バズり”の影響も受けて快調なものの、すぐさま飽きられるなんてこともしばしば。そういった意味では約2カ月もの間売れ行きを維持しているということはもはや「そのニーズは本物」といっても過言ではないですよね。

なんとこの商品、ローソンストア100の林さんという運営部長が10年越しに実現した商品なんだそう。もうそれだけで物語性が満載です。
これこそもう”熱意”と”確信”の賜物としか言いようがないですよね。日々店舗でのお客様の動向にアンテナを貼っていたからこそ「好きなおかずだけ思う存分食べてみたい」というお客様がきっといるはずと考えていたそうな。

10年粘っていらっしゃっただけあって細部へのこだわりも凄いです。まずは価格。なにがなんでも200円を死守とのこと。更にウインナーは5本!商品部が妥協案としてカットしたウインナーをごはんの上に盛り付ける案を提案しても逆却下!ご飯にかけるゴマの量、ケチャップの質など細部までこだわりぬいて完成したそうです。
林さんの自分事から生み出された商品だからこそ為せたこだわりと言えるでしょう。

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(※こちらのお写真はローソンさんの公式サイトからお借りしました。)
https://store100.lawson.co.jp/newentry/topics/detail/1438792_5006.html

スマイルズの言う「N=1」のポイントは「自分事」

スマイルズではこの自分事のことをN=1と言っています。
これは統計調査におけるサンプル数がたった一人を意味しています。その具体的個人の不満や欲求、行動パターンなどを徹底的に深耕していくわけです。

通常統計においてはNを母集団(調査対象となる数値、属性等の源泉となる集合全体)、nをその母集団から抽出されたサンプル数を表すので、本来ならn=1なんでは?なんて議論もありそうです。

しかしながら、スマイルズでいうところのN=1とは、自分自身やパートナーや親御さん、あるいはコドモなど個人が特定できることが特徴です。要は固有名詞としてのNであるということですね。更に言うなら、あくまでも自分起点であるということにおいて、その母集団もN=1であると言えます。またペルソナとも混同されることがあるのですが、よりリアリティと複雑的感情をもった個人(要は自分のことですが)として捉えています。

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上記の意味では、元P&Gの西口さんが提唱するたった一人の顧客分析から始めるマーケティング手法「N1分析」とも少し違った側面があると言えるでしょう。

そして、こちらの記事でいうところの、ニッチを示すN1ともすこし異なるように思います。

スマイルズ的「N=1」はどんな時に利用可能か?

では、このスマイルズが言うところのN=1という概念、果たしてどんな時に利用可能なんでしょうか。

スマイルズの場合、新たな事業を立ち上げるに際しては、このN=1の自分起点で始めるのが当たり前です。「マーケティング上当たりそうだ。」「今流行っているから乗っかろう。」といった”自分たちの外側”の状況を起点に事業創造することはありません。実は顧客さえも起点にならないということですね。

それよりも、「ファストフードはなんでこうなっちゃうの?」なんてコンプレインや、「自分はこんなファミレスが欲しい」といった欲求、「実はのり弁が大好きです!」といった個人的嗜好性。こんなことが事業創造の起点となるわけです。

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だからどちらかと言えば事業の途中過程でのマーケティングプロセスとして組み込まれるというよりは、事業を始める最初の起点として使われることの方が多いのかもしれません。

僕があまりにN=1、N=1というもんだから、スマイルズはマーケティングを無視していると思われがちですが、そんなことはありません。

事業遂行上獲得しうる定量データは当然ウォッチしながら日々事業運営のチューニングを行いますし、非常に重要視しているとも言えます。ただ未来の価値を打ち込むような施策検討において、アンケート調査などの情報を施策決定のエビデンスとすることは殆ど皆無と言ってよさそうです。

ローソンの林さん。すごいです。

さて話を戻して先ほどの「ウインナー弁当」。これこそ実は林さんのN=1に端を発していたのではないだろうかと邪推してしまいます(ここでは悪い意味ではありませんよ)。当の本人に話を聞いたわけではないですし、インタビューの中でも「好きなおかずだけ思う存分食べてみたいお客様がきっといるはず。」と語られているようなので、アンケート調査や定量データから得られたエビデンスもあったのかもしれません。しかしながらこのアバンギャルドなアイデアに常人であれば10年もしがみつくことは困難なはず。この”熱量”の源泉こそがN=1の自分起点で生み出された確固たる証といえるのではないでしょうか!!!真偽は今度聞いてみたいと思います(笑)。

「N=1 自分起点」の特徴とは?

さてこのN=1の自分起点にはいくつかの特徴があります。

1.N=1は具象から始まる

通常のマーケティング上の施策開発においては、これまでの施策の延長線上にない限りは、アンケートなど複数の情報を分析した上で、まずコンセプトを開発し、その後アイデアを生み出し、さらにそのアイデアを検証して施策実行されることが大筋です。

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仮に今回の件に当てはめるならば、「脇役だったおかずを主役にしたお弁当」みたいなコンセプトがたてられた後に、「ウインナー弁当」というアイデアが複数のアイデアの内の一つとして生み出されるわけですよね。だとすると必ずしも「ウインナー弁当」じゃなくてもいいわけです。「卵焼き弁当」だって、「ポテサラ弁当」だってありえたかもしれない。なにも10年間も固執する必要がなかったはず。それでも林さんがこだわり続けていたのは、「ウインナー弁当」という直観にも似た確信が先立って、後から社内説得の材料としてのコンセプトを紡ぎ出したからではないでしょうか。
他でもない「ウインナー弁当」でなければいけなかった理由がここにある気がします。

2.N=1は細部まで具体的

上記でも述べていますが、林さんの商品開発部への要求は非常に具体的ですよね。

「ウインナーは5本」、「カットウインナーではダメだ!」、「200円を死守」とか。他人からすれば「4本でも5本でも一緒でしょ。」「胃袋に入ってしまえば、カットでもなんでも一緒でしょ」なんて思ってしまいます。

これは彼だけに見えていた明確な答えがあったということに他なりません。なにせ自分起点、自分事ですから、答えが明確で妥協できないわけです。
N=1とは自分の嗜好や思考の深耕です。非常に入り組んでいて、簡単には相手に伝えることのできない感情のようなもの。
例えばなぜカットウインナーでは駄目だったのか。「それはウインナーを愚弄している」とか、「丸々一本を嚙みちぎる感触こそが大事なんだ」とか様々な理由があったかもしれません(これまた勝手な推測です。笑)。もはや自分起点というかウインナー起点のような。

3.N=1の背景にはユニークなコンセプトが佇む

さて林さんはすでに「第二のウインナー弁当」なるものを画策中だそうです。もとはと言えば思い付き!?(かどうかは定かではありませんが)であった「ウインナー弁当」の背景に拡張可能なコンセプトが佇んでいたことを意味します。
例えば、「好きなおかずだけを徹底的に楽しみたい」とか、「お弁当の脇役が実は好き」とか、「200円弁当だと臆せず麺類やほかの総菜と合わせることができる」などなど。「ウインナー弁当」の成功結果が出てしまえば、誰しもが「わかる、わかる」と納得しそうです。

スマイルズでも同じようなことがありました。弊社から最近分社化した「刷毛じょうゆ海苔弁山登り」。

海苔弁山登り

銀座や東京駅など、今や大人気のお弁当ブランドです。海苔弁一本で勝負するというのが斬新過ぎてローンチ当初から話題をさらっていましたが、発売前は社内では懐疑的な意見の方が多かったんです(かく云う僕自身がそうでした)。「一体だれが買うんだ?」とか、「顧客のシーンが見えない」などなど。しかしながら蓋を開けてみれば大ヒット。これには僕も感嘆と閉口が入り混じったことを記憶しています。
あくまでも後付けではありますが、この業態のヒットの裏にはこんなロジックがあったのかもしれません。

スマイルズは、「普通×普通=普通じゃない」

海苔弁自体は誰しもが知る弁当の代表格。そして何故だか通常のお弁当屋さんにおいては、もっとも低価格なカテゴリーに属していますよね。別に海苔弁だからと言って安くある理由はないにもかかわらず。一方、百貨店におけるお弁当の相場と言えば大体1,000円~1,200円程度。「刷毛じょうゆ海苔弁山登り」の弁当は”普通の見た目の海苔弁”でありながら、百貨店では”普通の価格のお弁当”。結果的に”1,000円以上する誰も食べたことのない海苔弁”となったわけです。

誰も食べたことはないのに”普通”と”普通”の掛け合わせによって想像しうるものになっていることがミソ。多くのユーザーにとって期待値が醸成されるわけです。

新しい商品や事業を生み出そうとするとき、ついつい、今までにないものを組み合わせようとしがちです。

普通じゃない×普通じゃない=普通じゃないし誰も想像できない

“新しさ”に拘り過ぎて、顧客の取り付く島を失うことがよくあります。僕もついつい陥ってしまう“新しさ”の罠。弊社の海苔弁はそんな当たり前のことを教えてくれました。

優れたN=1にはユニークで拡張可能なコンセプトが潜んでいます。


4.それでもN=1は理解されない

林さんの「ウインナー弁当」が上市できた背景には、ある人の存在が欠かせなかったようです。2015年、林さんが関西へ異動することになった際、関西商品部の山田さんと出会いました。山田さんは林さんの案に賛同してくださったそうですが、2016年に再び林さんが関東に戻ることになり関西での企画は頓挫したそうです。そこから時を経て2020年。なんと今度は山田さんが関東にやってくることになり、この企画を実現にこぎつけることができたそうです。いうなれば”共感する共犯者”の存在があったからこそ実現できたわけですね。

上市までの10年間の中で、例えば消費者アンケートであったり、実食を伴ったグループインタビューなど考えうるあの手この手を尽くしてエビデンスの獲得に努めたかもしれません。その中で確度の高い情報もきっと確認できたことでしょう。それでもなかなか開発にこぎつけることができなかったのはビジネス上のバイアス(偏見)が影響している可能性があります。

例えば
【確証バイアス】自分がすでに持っている先入観や仮説を肯定するため、自分にとって都合のよい情報ばかりを集める傾向性

評価者や決裁者がこれまでの自分のビジネスロジックをモノサシにして評価してしまい、例えば定量的に有意な情報があったとしてもそれが自分のロジックと反すれば除外してしまい、都合のいい(ここでは「ウインナー弁当」を否定する)情報だけに着目する。

また、
【生存バイアス】成功した人物、企業、戦略のみに注目し、失敗したものを顧みない傾向性
評価者や決裁者が過去の成功例(ex; 彩豊かな幕の内弁当的なもの)だけに着目してしまい、
同じ幕の内弁当的なものでも失敗した事例があるはずなのにそこに目を向けないことで、結果的に「ウインナー弁当」を除外する。

なんてことが起こっていたのかもしれません。
これは人間が本質的に持っている認知バイアスの一種であり、避けては通ることのできない現象です。例えn=1,000のエビデンスを揃えたとしても、これまでのビジネス上の価値観の外にあるアイデアやコンセプトを受け入れることは非常に難しいわけです。

寧ろ、林さんにとっての山田さんのように、N=2となる共犯者を探す方がよっぽど手っ取り早いと言えるでしょう。そう、自分起点においてはn=1,000よりN=2の方が力強いわけです。

さてさて、皆さんもN=1の自分起点から自分の「ウインナー弁当」を探してみませんか?

この記事を書いた人

野崎亙_プロフィール画像

野崎 亙(のざき わたる)
株式会社スマイルズ/取締役CCO/Smiles: Project & Company 主宰

京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデー入社。3年間で新店舗の立上げから新規事業の企画を経験。2006年、株式会社アクシス入社。5年間、デザインコンサルティングという手法で大手メーカー企業などを担当。2011年、スマイルズ入社。giraffe事業部長、Soup Stock Tokyoサポート企画室室長を経て、現職。全ての事業のブランディングやクリエイティブを統括。外部案件のコンサルティング、ブランディングも手掛ける。

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