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復権するカセットテープの音楽に、わたしたちは何を聴いているのか

 ざらついてたり掠れてたりする録音で音楽をつくる「ローファイ」が盛り上がっているという記事がありました。

 レコードやカセットテープが復権してきたり、8ミリフィルムっぽい粗い映像が好まれるのとも共通した感覚でしょう。あらゆるコンテンツがデジタルになって配信され、いまでは音楽は手元のデバイスに保存されるものですらなくなり、つねに流れているものになっています。清水の流れから直接コップで水をすくい上げて飲むようにして、現代の私たちは音楽を聴いています。

「カセットでガチャガチャ」が逆にクールである

 そこでなぜ、アナログやローファイが注目されているのか。わたしは以前、東京・中目黒にあるカセットテープ専門店waltz(ワルツ)を取材し、元アマゾンジャパンの幹部社員だった店主の角田太郎さんに話をうかがったことがあります。これはわたしの著書『時間とテクノロジー』(光文社)でも紹介しましたが、角田さんはこう説明されていました。

 「多くの人がスマートフォンにイヤフォンをつないで音楽を聴いてる中で、『それとはまったく異なるスタイルを持ちたい』という尖った若者がいるんですよ。あえてレトロなウォークマンに、オールドスクールなヘッドホンをし、カセットテープをガチャガチャやりながら音楽を聴く。それが『クールだよね』という感覚があるんだと思います」


 現代のストリーミングと比べると、カセットテープはちょっと面倒だし雑音も多い。蓋を開けて挿入し、パタンと蓋を閉めて、カチンと再生ボタンを押す。擦過音を立てながらテープが回り始め、ヒスノイズとともに音楽が聴こえてくる。しかしこういう面倒さが、愛おしさの対象になるのでしょう。カセットを挿入する儀式的な作業が、「自分がじかに触れている」という感覚を取り戻すトリガーのようなものになっているのです。

水が流れるように音楽を聴く現代のストリーミング

 同じようにローファイにはざらりとした「摩擦感」のようなものがあり、この摩擦感が「音楽を聴いている」というダイレクトな実感を生み出しているのかもしれません。ストリーミングはあまりにも自然な水の流れになってしまって、摩擦はなく、「そこにある」という実感に逆に乏しいのです。

 さまざまなクリエイターが自分の作品を公開できる「Behance」というSNSがありますが、この創業者のスコット・ベルスキーはこう語っています。

「アナログは摩擦の世界だ。摩擦だらけの経験と言っていいだろう。私たちはまったく摩擦なしの生活をすべきなのだろうか? 創造性はぶつかりあうことで生まれる。創造性を刺激するのは摩擦なんだ。何もなければ、物事は筋書き通りに進むだけだ」

 冒頭で紹介した日経の「ローファイ」記事には、宅録が普及してだれでも楽曲を制作できるようになったけれど、宅録には周囲の雑音が入りこむことも多い。そこで「こうした逆境を逆手にとり、わざと雨や街の音、会話などを混ぜるようになった」という話が出てきます。

カセットの音には「その部屋の空気が閉じ込められている」

 これはカセットテープの音にも共通する感覚です。パンクバンド、銀杏BOYZの峯田和伸さんはカセットの音楽について、その音楽を流した「部屋の鳴りを聴いている感じ」だと指摘しています。雑誌『DONUT』9号(2016年)の特集『カセットテープ・イズ・ノット・デッド』で、峯田さんはこう語っています。

 「小学校5年生、僕が11歳とか、あの頃に初めて音楽を身近に感じた最初の入口がカセットだったから、そこで流れた音を、そのままずっと味わっている感じがしますね」

 そういえば私が子どもだった1970年代には、カセットデッキが一般に普及して、しかしレコードプレーヤーやオーディオセットと有線で接続するノウハウなど多くの人は知らず、オーディオセットやテレビ受像機の前にカセットデッキを置いて「空気」経由で録音するなんて行為がふつうに行われていました。音を立てないようにそっと録音していたのにもかかわらず、途中でお母さんの「ご飯ができたわよ」という声が入ってしまって失敗し、というような思い出話はいまでもよく語られています。

デジタルに「空気感」「摩擦感」を取り込むことが次なる進化

 しかし、そういう雑音の入ってしまっていたカセットテープが、何十年もの月日を経て聴き直すと、子供のころの家庭の空気がまさにそのまま閉じ込められていることに感動するのです。雑音を積極的に採り入れようというローファイの宅録は、そういう空気感や摩擦感をクリアなデジタルの世界に復権させていこうという新しい流れなのだと思います。言い換えればいまのデジタルに決定的に欠けているのは空気感や摩擦感であり、これらを取りこんでいくことこそが、デジタルの進化の次のステップになるのではないかともわたしは考えています。


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