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子ども時代の小遣いやり繰りと、経営者が会社を維持する金銭感覚

 会社にとって“資金”は、体を流れる血液と同じで、スムーズに循環している間は大丈夫だが、何かの突発的な出来事によって循環のペースが変わったり、循環しにくくなると不調が次々と起こりはじめる。資金の流れのことは「キャッシュフロー」と呼ばれ、会計の本には「キャッシュフローを重視した経営をすることが大切」などと書かれていたりする。しかしその解説では、ピンと来ない人も多いかもしれない。

誰もが経験しているキャッシュフロー経営として「家計のやりくり」を考えてみよう。月々の決まった給料の中から家計をやり繰りしていくには、家賃や食費、教育費など毎月かかる支出のバランスを考えなくてはいけないし、その中から老後資金の蓄えもしなくてはいけない。マイカーやマイホームなど高額品を購入するためには、月々の返済金額と返済期間、金利の条件などを考慮して賢いローン計画を立てることも大切だろう。

このような「やりくり」の上手い下手によって家庭の台所事情は異なってくる。何千人もの経営者を見てきたベテラン銀行員によると、家計のやり繰りと会社経営には共通点があって、家計のやりくりが下手な人が起業すると、会社経営の資金繰りも上手くいかないことが多いという。

さらにさかのぼると、親が小学生の子供にお小遣いを与えて一ヶ月間のやりくりをさせてみた時に、同じ小遣いの額でも、いつも月の半ばでお金が足りなくなってしまう子と、計画通りの買い物をして月末の貯金までできる子に分かれる。不思議なことにその金銭感覚は大人になっても大きく変わることがなく、将来の経営者として倒産リスクが少ないのは、圧倒的に後者のタイプが多い。

もちろん大人になれば、やりくりする金額の桁が違ってくるし、経営者として事業の規模が大きくなれば、それは自分の財布だけでは足りずに、銀行や株主など他人を巻き込んで資金のやりくりをしなくてはいけない。しかしその原点は、子供時代の小遣い管理と同じ金銭感覚を踏襲していて、資金繰りが下手な経営者は、実際に会社経営が窮地に陥った後でなければ、自分が
間違っていることに気付かない。

【会社を一年維持するのにいくらかかる?】

 独立起業者の事業計画でよくみられる欠陥が、会社や店舗を立ち上げてから黒字化するまでの資金繰りを考えていない点である。どんなビジネスでも開業してすぐに黒字にはならないため、赤字の期間をしのげるだけの余裕資金を確保しておかなくてはいけない。特にIT分野のベンチャービジネスでは収益化が難しい上に、システムの開発と維持にかかる人件費の負担が大きいために1~2年間はほとんど無収入でも会社を維持していけるだけの資金が必要だ。

社員数名からのスタートでも、会社の立ち上げ費用と人件費、システムの開発費などで1億円程度の資金は数年で簡単になくなってしまう。仮に独立時に1千万円の自己資金があっても、その程度の金は1~2ヶ月で消えてしまう額に過ぎない。ベンチャービジネスを手掛けるのであれば、最低でも1年間は無収入でもやっていけるだけの資金を調達できる目処を立てておくか、それができないのであれば、着実に日銭の入る事業をまず軌道に乗せて、余裕資金ができてからベンチャービジネスにチャレンジするという段取りを踏む必要がある。

少し裏話をすると、ゼロからベンチャービジネスにチャレンジできる起業家は、サラリーマン時代に勤務していた会社のストックオプションで億単位の報酬を得たとか、自分や妻の実家が資産家で事業資金をバックアップ(融資や出資)してもらえるとか、何らかの背景やコネがあることが多い。そんな後ろ盾が全く期待できない場合には、まずは毎日の収益をコツコツと稼げるようなビジネスに取り組んでみることだ。

では、実際に会社を一年間経営していくのにどれだけのコストがかかるのかを考えてみよう。会社経営の中で最も負担が重いのは社員を雇うことによる人件費で、「(年収+福利厚生費)×社員数」のコストがかかる。福利厚生費は給料に対して約20%とみておくのが妥当なため、年収400万円の社員を1人雇うと、会社が負担する人件費は約480万円ということになる。同じ年収で10人の社員を雇っている会社なら年間で4,800万円の人件費というわけだ。

それにオフィスの家賃と諸々の経費が月 50万~100万円として、合計では6,000万円近いコストがかかる。しかも、これには事業に投下する設備資金が含まれていないため、やはり10名規模の会社なら1年で1億円程度の資金が必要とみておくべきだろう。

【じつはベンツよりも高い人件費】

それほど儲かっていない会社の社長がベンツに乗っていると、「そんな贅沢をして」と非難されるが、社員を雇うことに対して反対されることは少ない。むしろ、たくさんの社員を雇っている経営者ほど優秀と評価されるのが一般的である。ところが一人の社員を雇うコストと、1,500万円するベンツのリース料(約25万円/月)とでは、じつは「社員を1人雇う」ことのほうが、遙かに高い買い物になる。それ故、社員の採用計画や人材選考は慎重に判断していく必要がある。

日本の企業では、社員一人あたりに約75万円/月、年間で900万円もの人件費をかけている。これは特別に儲かっている業界や幹部社員だけの話ではなく、全産業で新入社員を含めたすべての平均値である。その内訳を示したのが、日本経団連が算定している以下の表である。

第62回 福利厚生費調査結果報告(2017年度)/経団連

ただし、人件費を切り詰めてローコスト経営を追求することが企業の本質ではなく、従業員との信頼関係を高めながら、労働生産性の高い人材の活用策や、高収益体質のビジネスモデルを構築することが、経営者の仕事になる。限られた予算の中でチームを作り、自分が舵取りをしてチーム全員を成功へと導くのが、経営者に与えられた使命であり、醍醐味といえる。

チームの作り方は、経営者によって様々で、既に実績のあるスター人材を他社から高年収で引き抜いて、最強のチームメンバーを編成する経営者もいれば、弱小・訳アリのメンバーばかりを集めて、強いチームへと育てようとする経営者もいる。どちらが良い、悪いということではなく、どんな経営スタイルが自分に合うのかは、子供時代から培ってきた経験や性格に拠るところが大きい。

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