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飛び恥なんて言わせない、脱炭素化に向けた航空業界のグリーンリスキリング

この度、お声かけを頂いて日経COMEMOキーオピニオンリーダーに就任しました。今まで以上に、皆様のお役に立てるような投稿ができる機会を楽しみにしております。

今回は脱炭素化に向けて技術革新の著しい航空業界におけるグリーン・リスキリングの展望について書いてみたいと思います。グリーン・リスキリングについてはこちらをご参照下さい。


1. 「飛行機を使わない移動」の時代


本題に入る前に、新型コロナウィルス感染症が全世界で広まる前から始まっている航空業界を取り巻く環境変化について振り返ってみたいと思います。


Flight Shame(飛び恥)への賛同

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリ氏が2019年12月にマドリードで開催された第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に参加するため、ヨットや鉄道で移動し、飛行機による移動を恥ずべきことと捉える「Flight Shame(飛び恥)」という言葉が急速に世界で広まりました。

他の交通手段に比べて多くの二酸化炭素を排出する飛行機による移動への批判が高まり、グレタ氏の出身国スウェーデンで生まれたこの「飛び恥」によって、スウェーデンの航空会社はパンデミックが始まる以前に業績が低下し始めたのです。


航空機の小型化トレンド

ANAがハワイ便に導入したことで日本でも注目されたエアバスの超大型機A380は、2019年に生産中止が発表されました。

世界の航空機市場において燃料代や整備費用が膨らむ超大型の旅客機は、小回りの利く小型・中型機主導の時代になりました(貨物機を除く)。新型コロナウィルス感染症による未曾有の航空需要の低下を経て、今年2022年発表となったエアバスとボーイングの新規受注おいても、燃費の良い小型機を優先するトレンドは続いています。


オンライン会議普及による需要の低下

2020年全世界に広まった新型コロナウィルス感染症により、ZoomやTeamsといったオンライン会議ツールによるミーティングが普及し、飛行機を利用した出張需要は今後も大きく回復しないと見込まれています。欧米を中心に個人旅行需要は回復しつつありますが、航空会社が大部分の利益を生み出すビジネスクラス等を利用した海外出張は、しばらくは必要最低限に制限され、オンライン会議で代替される傾向が続くものと思われます。


アバターによる瞬間移動「テレポーテーション」

飛行機を使わない移動の時代に向けて、ANAは2018年シリコンバレーのXPRIZE財団と共に、ANA AVATAR XPRIZEプロジェクトを開始しました。

$10 millionのコンペ賞金をかけて最先端のスタートアップがアバターロボットを活用したテレプレゼンス(遠隔地にいながら、対面で同じ空間を共有しているかのような臨場感を味わえる技術の総称)の最新技術を競っています。以下は米国の放送局NBCで紹介された人間の動作をアバターに伝送するANAのデモ動画です。

このコンペの優勝者は、今年2022年の秋に発表になる予定です。セミファイナルに残っている3社には、日本からX:Presence社(クロスプレゼンス)が選ばれています。また、先日3年ぶりにラスベガスでリアル開催されたCES 2022のブースでは、米国のBeyond Imagination社が最新のアバターロボットBeomniを展示していました。料理、棚への陳列、ドアの開閉など、より細やかな人間の動作をアバターが再現できる時代が到来しています。

テレポーテーションなんて非現実的な!というご意見もあるかと思いますが、シリコンバレーには本気でテレポーテーション技術を実現しようという研究者の方々がたくさんいます。現時点で実現可能なものは、テレプレゼンスの延長上にあるものに限られていると思いますが、量子テレポーテーション技術も成功しており、10年後、20年後には本当に人間がテレポーテーション可能な時代がやってくるかも?と期待しています。

ブルース・ウィルス主演の映画サロゲート(2009年) では、アバターロボットが自分の代わりに社会生活を送る「人間が外出しない」近未来を描いています。新型コロナウィルス感染症によるロックダウンにより、人類は外に出なくても社会生活を送る経験ができるようになり、この映画は以前に増してリアリティを感じます。

世界中に広まった街中のシェアバイクの仕組みを使って、Google Earthのような画面を見ながら世界中のアバターロボットに接続し、アバターによって観光する時代が来るのでは、と僕は妄想しています。「飛行機を使わない移動」の時代は、意外と現実になりつつあるのかもしれません。


2. 燃費効率を向上させる最新航空機の技術革新

上記1でお伝えしてきたような航空業界を取り巻く環境変化により、効率よく低燃費型での飛行が可能な航空機の開発も進んでいます。


無人貨物航空機Natilus


米国カリフォルニア州サンディエゴに本拠を構えるスタートアップNatilus社は先月、航空貨物業界にディスラプションをもたらすような無人貨物航空機を発表しました。

今までの航空機のような胴体部分に翼を取り付ける形状とは異なり、翼胴一体の流線型のデザインにすることで、Co2排出量を50%削減し、60%輸送量を増加させることが可能に。2023年に運航開始予定にも関わらず、既に440機、60億ドルの受注を受けていると発表がありました。


ボーイング777X

2023年に就航予定のボーイング777X機は、最新の燃費効率の向上、環境負荷の低減などに対する技術が反映されています。ボーイング社のマーケティング部門のVPであるDarren Hulst氏はAP通信に対し、20%燃費効率を向上させている旨回答しています。折畳式の主翼を採用し、翼を大きくして空気抵抗を減らす最新技術を取り入れています。


電動航空機(EA)の開発

電気自動車(EV)同様、航空機の電動化の取組みも始まっています。電動航空機は、EA(Electric Aircraft)と呼ばれ、北欧の国々がNordic Network for Electric Aviationというプラットフォームを作り、北欧の航空会社が政府から資金援助を受け、小型の電動航空機の開発・導入を進めています。特にスウェーデンのHeart Aerospace社の電動航空機は、19人乗りで飛行距離約400kmを実現しています。2021年7月には米国のUnited Airlinesが小型ジェット機で近距離路線向けに展開しているUnited Expressにて100機購入を表明しています。


3. 再生可能代替航空燃料SAFへの注目

航空業界の脱炭素化に向けた取組みとして最も注目されているのが、再生可能代替航空燃料であるSAFです。SAFは、Sustainable Aviation Fuelの略称で、藻類や廃食油から作られるバイオジェット燃料を指します。種類によっても異なりますが、SAFは収集・生産から燃焼までのライフサイクルでCO2排出量を従来の燃料より約80%削減することができると期待されているのです。MarketsandMarkets社によると、SAF市場は、2021年の2億1900万米ドルから2030年には157億1600万米ドルへ、予測期間中に60.8%の年平均成長率で拡大すると予測されています。


日本におけるSAFの利用状況

先週2月16日、伊藤忠商事がフィンランドのSAFメーカー最大手NESTE社(ネステ)と独占販売契約を締結し、国内で商用展開すると発表しました。2022年春にも羽田空港と成田国際空港で国内外の航空会社に供給を開始予定です。

日本においては、ANAがSAFを用いた定期便運航を2020年10月に開始し、JALも翌2021年2月に国産バイオジェット燃料で羽田-福岡便を運航するなど、導入が始まっています。


日本航空(JAL)のSAFへの取組み

JALはワンワールド加盟の8社と共同で、米国カリフォルニア州のAemetis社(アメティス)からSAFを購入する旨、共同表明しました。

2024年から7年間、アライアンス加盟社全体で計約130万キロリットルのSAFを調達し、2025年に全燃料搭載量の1%、2030年に10%をSAF に置き換えることを目指しています。また今年2月に追加発表があり2025年から7年間で9,000万ガロン(1ガロン=約3.79リットル)のSAFをAemetis社から調達する契約を結んだと発表しています。

企業向けSAFプログラムの開始

今年2022年1月には、ANAが同社便を利用する企業と共同でCO2排出量削減に取り組むコーポレートプログラムSAF Flight Initiative を開始しています。このプログラムは、参加企業の従業員が海外出張など旅客便の利用時にSAFを利用することでCO2削減へのつなげる取り組みで、2022年4月から運用開始予定となっています。


日本におけるSAF導入の課題

国土交通省によると、日本のCO2総排出量のうち運輸部門は18.5%、そのうち国内航空は5%を占めています。また同省は、2030年までに国内航空会社の燃料使用量のうち10%をSAFに置き換える目標を掲げています。昨年10月にCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)が開催され、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求する宣言がなされて以来、SAFは今まで以上に注目されるようになり、急激な需要拡大によって現在世界中で供給不足状態が続いています。そのため、SAFの安定供給する体制づくりが課題となっています。また、SAFは現時点では化石燃料に比べ、平均で2倍から4倍の価格であるため、現在業績回復を試みている日本の航空会社には現時点ではSAFの標準利用は難しい状態となっています。

4. 🇫🇷エールフランス航空の取組み


早くからSAF( 再生可能代替航空燃料) の利用に積極的なエールフランス航空の取組みををご紹介します。


SAF利用の義務化

フランスの法律では、2025年までに2%、2030年までに5%まで段階的にSAF利用を増加させるという欧州の目標に先立ち、2022年までにフランス発の全フライトで少なくとも1%のSAFを使用することが義務付けられており、欧州グリーンディールの一環として行われています。


企業向けカーボンオフセット・プログラム

エールフランス-KLMは2021年1月から、出張等の移動で排出される二酸化炭素の削減を望む企業向けに、二酸化炭素削減プログラム「Air France - KLM Corporate SAF Program」を開始し、企業が排出する二酸化炭素の削減につなげています。エールフランス航空、KLMオランダ航空を利用する企業は、出張に伴う移動から発生する二酸化炭素量の見積もりを提示され、航空会社が実施するSAF調達と二酸化炭素削減事業に投資することで、カーボンオフセットを実現することが可能となります。


昨年11月、在フランス商工会議所の発表によると、同社が展開するSAFプログラムには、日本からは(株)堀場製作所が参加を表明し、業務出張の一部または全域についてCO2排出量を80%削減することが可能となるようです。


個人旅客向けのカーボンオフセットプログラム

2005年と比較して、2020年までにCo2排出量を50%削減(1旅客1km当たり)し、2050年までにカーボンニュートラルの実現を宣言しているエールフランス航空では、個人の旅客向けのプログラムも開始しています。具体的には、Trip and Treeというエールフランス航空が運営する森林再生プロジェクトへの寄付やSAFの購入を通じて、乗客個人が飛行機を利用して排出した二酸化炭素排出量のカーボンオフセットを行うことが可能となります。

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航空券を購入した際の最後のページに、オプションとして選択可能なカーボンオフセットのプログラム画面が表示されます。下記画面は、僕がフランス出張の際にエールフランス航空のチケット購入し、実際に表示された画面です。

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カーボンフットプリント(個人の活動や企業の活動の結果による製品やサービスにより「どの程度の二酸化炭素が排出されているか」を把握するのに用いられる手法)の記載がされています。自分の旅程で186kgの二酸化炭素を排出することを予め理解し、その排出量を吸収する森林再生に必要な金額を寄付(740円)したり、SAFへの投資協力(17,680円)を行うことで、カーボンオフセットを行うことができるのです。

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オプションを購入すると、自分の予約画面に186kg分の二酸化炭素をオフセットした旨の表示がされます。また居住地がフランスの場合、課税所得の20%を上限として、寄付金額の66%が税控除の対象となります。 

恐らく日本の航空会社でも、カーボンフットプリントがチケット購入の際に提示され、CO2削減に向けて、乗客が自らカーボンオフセットに取り組めるようになるのではないでしょうか。


5. 今後必要となるリスキリング機会


グリーン・リスキリングは脱炭素化に向けて積極的に取り組んでいる欧州でも、まだ人材育成に関する議論が始まったばかりで、確固としたメソッドやノウハウはまだ一般化されていません。今すぐ私たちが取り組める試みもまだまだ限られているように思います。残念ながら日本のデジタル分野におけるリスキリングは欧米から5年遅れの状態です。そのためグリーン・リスキリングにおいては、同じ過ちを犯さぬよう、今から試行錯誤を重ねながら進めてゆく必要があります。以下は、上記で述べてきたようなグリーン分野で活躍するため、リスキリングに必要な情報やグリーン・ジョブへの転職方法等についての仮説を考えてみたいと思います。


電気航空機(EA)業界のスタートアップ

前述したスウェーデンのHeart Aerospace社のような電気航空機のスタートアップは今後益々増えてくるのではないかと思います。この分野の仕事に就くために参考となるオーストラリアのキャンベラ市のリスキリング事例をご紹介します。

キャンベラ市では2024年迄に、ディーゼルや天然ガスといった内燃機関を利用した市バス450台を全てEVバスに入れ替え、今年最初の90台が導入される予定です。それに伴いキャンベラ市が主導で、現在のバス整備士が将来失業しないよう、EV分野のリスキリングを開始しています。具体的には、職業教育訓練専門学校であるCanberra Institute of Technologyで最初に6ヶ月間講座を受講し、EVの整備士になるためのリスキリングを行います。これは、キャンベラ市、製造労働組合、キャンベラ交通が3者契約を結び、一体となってリスキリングを行っている取組みです。まだまだ電気航空機は小型で飛行距離も短いですが、ジェット燃料の航空機から電気航空機への入れ替えが進む時代になれば、キャンベラ市で行われているEV整備士向けのリスキリングと同様の取組みを、例えば国土交通省と航空会社が協力してEA(電気航空機) 整備士向けのリスキリングを展開する必要が出てくるのではないでしょうか。


SAF業界の求人募集

Googleで、Indeed, sustainable, Airlines, SAF、と検索すると、100件以上の求人募集が提示されます。

条件を読んでみると、SAF業界での直接の経験を求められるものもあれば、フィランソロピー分野の財団の経験等からポテンシャル転職が可能なものまで、幅広にあります。現在の勤務先での経験から直接SAF分野への転職は、該当する人数が限られるため、一度自分の現在の職務経験を生かしたポジションへワンクッション置いて転職する等の計画を立てて、リスキリングを行ってゆく必要があるかもしれません。


サステイナビリティ・プログラム関連ポジションの増加

エールフランス航空のTrip and Treeのようなカーボンオフセット・プログラムを運営する、サステイナビリティ・プログラム・マネージャーといった求人が欧米を中心に増え始めています。またChief Sustainability Officer(CSO)という、サステイナブル事業の役員クラスの責任者を置く欧米企業も増え続けています。デロイトが2021年2月に発行した調査レポートチーフ・サステナビリティ・オフィサーの未来」では、CSOが身につけるべきスキルセットについて書かれています。

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これからすべての企業がカーボンフットプリントの算出やカーボンオフセット・プログラムの構築と無縁ではなくなるため、自社の事業に直結したプログラムを会社で自ら提案し、自らグリーン・リスキリングを進めてゆくことも重要な方法になると思います。前例が極めて少ないので試行錯誤しながら自ら新しいスキルを作ってゆくことになりますが、特に現在マーケティング分野やCSR分野の仕事をしている方々は、グリーン・リスキリングを行うことで、サステイナビリティ・プログラム関連のポジションに就きやすいのではないかと思います。

数年前のデジタル分野のリスキリングにおいても、特にAI分野などは経験者が少ないため、スタートアップなどでは試行錯誤しながら新しいスキルを身につけていきました。グリーン分野でも同様に試行錯誤しながらリスキリングを進めてゆく必要があるのです。

前述したオーストラリアのキャンベル市でEV整備士を目指してリスキリングをしている勤続37年ベテラン整備士の方が、

最新分野の技術講習は早く参加すべきだと思います。何故ならその分野が成長して大きくなると、後から学ばなくてはいけない追加講座が増えて大変になるからです。」

とインタビュー取材で回答していました。新しい分野のリスキリングを進めてゆく上でとても大切な視点だと感じます。リスキリングも早く飛び込んだ人に先行者メリットがあるのだ、と学びました。グリーン分野への取組みが先行している欧州でも、人材育成に関する議論は始まったばかり。日本企業にとっても、働く個人にとっても、新たな成長機会を自ら創出することができるチャンスなのではないかと思います。私自身も現在グリーンリスキリングの真っ最中のため、今後必要となるグリーン・ジョブグリーン・スキルについての仮説をどんどん展開していきたいと思います。

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