AI時代に人の「能力」をどう評価すべきか

 本格的なAIの時代を迎え、「能力」についての議論が盛んだ。ただ、「能力」の扱い方について、間違った方向に進むのではないかと危惧している。

 AIが急速に発達しているとはいえ、少なくとも当分の間、人間の能力にすべて取って代わることはできない。とくに独創性や勘、ひらめき、感性といった発揮されるプロセスがパターン化できない能力は、人間に頼らざるをえない。したがって、これらの能力が優れた人材が重宝されるのは当然だろう。

 しかし、これらの能力の発揮は状況に大きく依存することもあり、個々の人間がどれだけ優れているかをあらかじめ判定することは難しい。循環論になるが、だからこそパターン化できないのである。逆にいえば、あらかじめ評価できるような独創性や勘などはたいしたことがないということになる。
 だからこそ私は、入学や採用の際に人間がこれらの能力を評価し、選別することには賛成できない。逆説的にいえば、これらの能力が重要だからこそ評価・選別すべきではないのである。そこへ介入することは、「神」の領域に人間が手を突っ込むことになる。

 では、これらの能力はまったく評価されないのかというと、もちろんそうではない。拙著『選別主義を超えて』(中公新書、2003年)で述べたように、それは広い意味での「成果」によって評価されるべきである。つまり、これらの能力は「成果」をとおして事後的に評価されるものなのだ。なお、ここでいう「成果」は、いわゆる成果主義でいう成果などよりはるかに範囲が広いものであり、市場や社会などによって評価されるのである。

 できるだけ全員に均等な機会を与え、広い意味での「成果」によって評価(「評価」という言葉じたいが誤解を招きやすいが)する。それがAI時代のあり方ではなかろうか。


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「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。

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ohtahajime

同志社大学教授。専門は組織論。個人を重視する組織・社会づくりが研究テーマ。 新刊『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019/2)のほか、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)、『個人尊重の組織論』(中公新書)など著書は30冊余。

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