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変わる新卒採用に、企業はどう対応していくべきか?

大幅な見直しが迫られる新卒一括採用

2018年に経団連が「採用選考に関する方針」を廃止すると決定して以来、日本独自の商慣習とされてきた新卒一括採用は大きな過渡期を迎えている。過渡期とはいえ、急な変化が起きているわけではない。経団連の決定を受け、政府は当面の間の現状維持を求めてきた。その結果、政府は就活ルールの抜本的な見直しは25年春卒以降に先送りするように求めている。

政府は現状維持を求めているものの、経団連をはじめとした財界からの新卒一括採用見直しの機運は高まるばかりだ。経団連と政府の間には新卒採用に対する大きな溝がある。今月も、経団連は新卒一括採用を見直すように企業に促す方針を打ち出している。

なぜ新卒一括採用を変えなくてはならないか?

日本の新卒採用は、世界的に見て特異な商慣習として知られる。世界と比べたときの大きな特徴は4つだ。

① 学生の専門性を問わないこと
② 長期のインターンシップ等の職務経験を求めないこと
③ 同一の採用基準で大量の学生を採用すること
④ 採用業務に定期性があること

米英のアングロサクソン系企業と比べたときは、上記4点と比べて「➄ 長期雇用を前提としている」が入る。

そして、これらの4つの特徴がそのまま新卒一括採用を変えたいという企業からのニーズになる。

第1に、「学生の専門性を問わないこと」が、高度な専門性を求められる現代のビジネス環境に合わなくなってきた。例えば、これまでは採用担当者も2~3年の実務経験を積めば、未経験者でも必要十分な専門性を身に着けることができた。しかし、採用手法も多様化と高度化が進んでいる。近年では、採用担当者が自社のブランディングやテクノロジーの活用も求められるようになっており、2~3年の実務経験だけでは専門性を身に着けるのに十分とは言えなくなってきた。このような専門性の高度化は、あらゆる職種で生じている。そのため、学生時代の専門性と入社後の専門性を関連付ける、所謂ジョブ型の雇用が求められている。

第2に、数か月単位での「長期のインターンシップ」のニーズが高まっている。長期のインターンシップの狙いは主に2つだ。第1に、実際に働いてもらうことで学生と企業双方が「自分に合っているか」を確認し合うことができる。所謂、お試し期間だ。第2に、導入研修の前倒しだ。新卒採用でも即戦力を求める声が聞こえるようになって久しく、現場から新人を育成する余力がなくなっている。そこで、インターンシップの期間中に、新社会人として手取り足取り教える段階を終えてもらう。長期のインターンシップ経験者は、第2新卒のような扱いに近くなる。

第3に、「同一の採用基準で大量の学生」を採用することに限界が出ている。新卒採用に関するニュースでは、この限界に関する記事をよく目にする。新卒から年収1千万円超のような記事だ。市場価値の高い専門性を持った学生は、他の新卒採用の学生とは異なる採用基準と労働条件、キャリアパスが求められる。新卒採用の学生を一律で同じキャリアパスで管理することが難しくなっている。また、DXによる生産性の向上で労働集約的な現場が減ってきている。そのため、大企業であっても大量採用することがなくなってきた。かつての様に、1000人以上を採用するような企業は今やない

第4に、「採用業務の定期性」が採用活動の自由度を狭める足かせになっている。決まった時期に、多くの企業が一斉に採用活動を始めるため、学生生活も就職を前提としてスケジューリングされる。その結果として、「就職活動期間中に学生が学校に来ず、内定が出た後はやる気がなくなって卒業論文・卒業制作で手を抜く」という状況が長年問題視されて、「新卒採用の時期問題」を引き起こしてきた。また、企業としても、決まった時期に採用活動をするため、海外大学の卒業生や留学経験者、長期インターンシップの参加者が就職活動で不利になるという現状を快く思っていなかった。これらの理由から、ファーストリテイリングやソフトバンク、ヤフーなど、新卒の通年採用をしている企業はいくつもある。

これらの日本の特殊事情が限界となって、経団連をはじめとした多くの企業が従来の新卒採用の在り方から脱却しようとしている。特に、海外売上比率や外国籍従業員比率の高いグローバル企業では顕著だ。日本の特殊性が足かせとなって、海外の労働市場から人材獲得が不利になっているのであれば、グローバル・スタンダードに合わせたいと考えるのは自然な流れだ。

変化に対応するために、まず取り組む2つのこと

それでは、日本の伝統的な新卒一括採用が変化する中で、企業人事はどのように対応すべきだろうか。そこでまず取り組むべきことは2つあると考える。

第1に、 採用の専門家を育てることだ。定期性があり、尚且つ大量採用であった従来の新卒採用は、ある程度、業務の定型化ができた。そのため、人事業務の中でも難易度を下げることができ、人事経験の浅い若手の仕事とされる傾向にあった。しかし、採用は本格的に取り組もうとすると奥が深く、多様な専門性が求められる。

そもそも、日本で「採用活動」と一言で表現している職種は、世界的には複数の専門職を一括りにしている。日本で一括りにされている「採用活動」は主に3つの領域に分けられると言われる。応募者を集めてくる「Recruitment」と、応募者を目利きする「Selection」、内定後にケアをする「Onboarding & Socialization」だ。それぞれの領域で担当する部署も求められる専門性も異なってくる。また、これら3つの領域は募集する階層でも独立してくる。経営幹部層と管理職層、一般職層、新規学卒者層と階層に応じて、求められる専門性は変わってくる。

第2に、「母集団形成」の前提から卒業することだ。採用における「母集団」とは1つの求人に対して応募する求職者の数だ。90年代以降のIT化によって、日本中の求職者に求人広告を出すことが可能となり、求職者もワンクリックで応募ができるように簡素化されてきた。その結果として、世界的に応募者の数が多いほど、採用活動は成功しているという「母集団形成」が重視される傾向ができた。母集団形成ができると、選抜時に多少のミスがあっても、何度も選抜を繰り返すうちに上澄みだけが残って採用の精度を高めることができる。しかし、「母集団形成」を前提とした採用には新たな問題を生むことも指摘されている。

① 人気企業に応募が集中してしまい、採用担当の許容量を超える問題
② 人気企業に応募が殺到し、偏差値のようなランク付けがされる問題
③ 大量の不合格者を出すので就職鬱を生む問題
④ 大量の不合格者を出すので自社のブランド価値を棄損する問題
➄ 人気企業に圧倒的に有利な採用方法であること

母集団形成を前提とした採用は、新卒一括採用と相性が良い。人気企業が一斉に採用活動を始めることで、そこをピークとして母集団形成が順繰りに行われる。しかし、母集団形成を前提とした採用活動は生産性が低い。

母集団を形成しない新卒採用

人気企業は数万~数十万単位の応募を捌く必要があり、どうしても大量処理の問題から精度が低下する。1人1人、丁寧に選抜することはコストの問題上、難しい。ましてや、ジョブ型の新卒採用になると選抜時のコストが跳ね上がるために大量の応募者を精査することはできない。

この問題の解決策としてよく知られるのが、シグナリング理論を活用することだ。求人時に大量の応募者が来るように広告を打つのではなく、応募して欲しい対象だけが応募し、対象とならない求職者は応募しないように広告を打つ手法だ。

欧州の企業でよくみられるのは精査して採用する少数精鋭の新卒採用と、数が欲しい新卒採用を分化してしまうことだ。同じ新卒採用でも、予めキャリアを複数設計して、採用時から分けてしまう手法だ。少数精鋭の方はシグナリング理論を用いて応募者を最低限に絞り、そこからコストをかけて精査する。一方、数が欲しい新卒採用では、従来の母集団形成を行う。

また、母集団の形成に苦労している企業の場合は、母集団形成をきっぱりと諦めてしまうのも選択肢の1つだ。そもそも、採用活動は「自社で募集している職種の遂行に適した人材を外部から調達すること」を指す。結果として、職種の遂行に適した人材を獲得できれば成功なのであって、母集団を形成せずに一本釣りしても良い。

国内外の採用の専門家や研究者と話していると、よく耳にするのが「良い採用は、1つの求人に対して1人だけが応募し、その1人が最良の人材というケース」だという。しかし、完璧に応募者を見抜く手法がないため、一定の応募者を集め、そこから何度も選抜をして適材かどうかを見抜いていく。つまり、母集団を形成するということは、選抜時の精度の高さとのトレードオフと言える。

新卒一括採用が見直されると、新卒採用の在り方は多様化するだろう。そのような中、母集団を形成する従来のやり方では思うように応募者を集めることができなくなる。採用における「応募」と「選抜」の在り方を見直し、再設計することが採用担当者には求められている。

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