「AIに奪われない仕事」ならいいのかという問題
今月のCOMEMOのお題は「#AIに奪われない仕事とは?」ということである。このテーマは数年に一回繰り返し話題になっているようであるが、今ふたたびお題となった背景には、AIを活用したサービスが生活に普及し始めていることがあるようだ。
ただ、最近は「AI」という言葉がかなりあいまいに使われている傾向にもあり、単純なマッチングや組み合わせ程度のものでもAIと謳っているものも見られる。「コンピュータっぽい」ものを総称してAIと呼んでいないか、いま一度確認してみる必要もあるように思う。
ところで、この「AI失業論」の発端となったのは、おそらくご存知の方も多いオックスフォード大学の論文とされるものである。「半分以上の職業が失われる」という言説が独り歩きしてインパクトを与えている面もあるが、論文そのものについて、もう少し丁寧に見て行く必要があるのではないかと考えており、本稿では少し踏み込んで取り上げてみたい。(なお、この論文については2016年に私の個人ブログでも取り上げたことがあり、一部の説明が重複していることをご了承頂きたい。)
オックスフォード大学論文の中身
この論文はFrey and Osborne (2013) “The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerisation?“である。話題になった当時はオックスフォード大学のマーティン・スクールという社会課題を扱う研究所のプロジェクトとして執筆されたもので、特に査読付きの論文ではなかったようだが、2017年になってTechnological Forecasting and Social Changeという論文誌から正式な論文として発刊された。
この研究は、一部の職業について代替可能性を人が予測し、それを教師データとして全職業の代替可能性をアルゴリズムで推計する、という手順で行われている。つまり、本研究そのものがAI的なアプローチによる推計を行っているものである。具体的には以下のような方法である。
①米国の職業別の特性を表すデータを入手する。
米国ではO*NETと呼ばれる職業情報データベースが古くから整備されており、細かい職業ごと(元データは903分類)に、それぞれの職業の特性を表すデータが揃っている。現在は日本版O-NETも整備されており、筆者も研究で良く利用させて頂いている。
O*NETのデータと、別のデータベースから取得した職業別の賃金や雇用数のデータを接続し、対象の職業数は最終的に702となった。
②上記のうち70の職種について、コンピュータで置き換えられるかどうか、主観に基づき1か0で判定する
なぜ70かといえば、これは後の分析のためのサンプルであるのと、研究員が自信を持って判定できるのがこれくらいだったということである。この時の「1」は、「ビッグデータが使えると仮定して、その職業のタスクが、最新のコンピュータで制御された機器で実行されることが可能か」にYesと考えられる場合である。実際に置き換えられると想定されるのではなく、「可能か」を問われているのに注意が必要である。
③上記の仮判定(0,1)と9つの職業の特性の関係を分析する
④上記の9つの特性と0,1の関係を使って、改めて職業別に0〜1の数値を算出する。
これで、0.7以上の数値になった職業が、雇用数で見ると全体の47%に該当するとされた。
ただし、論文内にもはっきりと書かれているが、この0〜1は「職業が将来のいずれか未定のタイミングでコンピュータ化されうる」という意味であり、時期は未定である。また、最初に見たように、仮に結果が「1」だとしても、それは「確実にコンピュータ化されると思われる」という意味であり、現実にすでにコンピュータ化されているわけではない。
従って、0.7だからといって今すぐ、あるいは近い将来に機械に置き換わると考えるのは早計である。著者らも、「いくつの雇用が実際に自動化されるかを推計するつもりはない」と述べている。
AIで代替されなければ良いのか
これはこれで一つの研究としては成り立つものだが、この一つの論文を持って「半分以上の職業がAIで失われる」と判断するのは尚早である。経済学において一つの実証研究のみで政策的な結論を導くべきではない、ということは、以前から指摘されている。
その一方で、AIで失われなければ良いのか、というのも別の論点である。というのも、AIで失われにくいのは、人と人のパーソナルなコンタクトが重要なもの(パーソナルなカウンセリングやコーチング、マッサージなど)である。
こうしたパーソナルなサービスは、もちろん極めて重要な職業であることは間違いないが、規模の経済を活かしにくく、生産性が上がりにくい側面があるのも確かである。一方で、ある職業がAI化されたとしても、それを上手く使うことで生産性の高い業務を実現できる可能性もある。リスキリングはそうした業務の高度化を可能にするものでもある。
実際にAIによって職業が代替されるかどうかは、政府の規制や、顧客の嗜好、コンピュータ化されうるだけの経済合理性があるかどうかという問題もある。AIに代替されるという言説にとらわれるあまり、単純にAIに代替されないということだけを持って職業選択をしていいのかということについても、慎重に検討していく必要があるのではないだろうか。
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