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人的資本開示情報で企業を選ぶ。情報を上手に収集・活用・判断するためのコツとは。

皆さん、こんにちは。今回は、「人や企業の見極め方」について書かせていただきます。

「人的資本経営」と言われるようになり、多くの企業が積極的に情報開示を進めています。これらの情報は、企業を選ぶ側の学生や転職者にとっても、貴重な情報源です。

今回は、入社を検討し企業を選ぶ際の「見極め方」、そして、企業が選考を通して候補者が自社に合った人材かどうかの「見極め方」について考えていこうと思います。

社員の能力を最大限引き出すことで企業価値を高める「人的資本経営」。大手企業を中心に情報開示に力を入れるケースも増えつつある。一見難しい言葉だが、実はこの人的資本経営に対する会社の考え方をひもとけば、学生それぞれにとっての「良い会社」が見つかる可能性がある。

■人的資本開示項目から分かる企業の実態

上場企業は、企業の概要や財務状況をまとめる有価証券報告書に、「女性管理職比率」や「男性の育児休暇取得率」などの情報開示が義務化されています。基本的には株主向けの情報開示ですが、就活生が企業を選ぶ上でも、実は非常に有効な情報収集の手段となります。

義務化はされていないものの開示を推奨されている項目としては、「リーダーシップ」や「育成」、「採用」「ダイバーシティ」「福利厚生」など、ISOがガイドラインとして7分野19項目を挙げています。これらのうち、例えば「入社後の育成環境」を知りたい場合は、提供されている育成プログラムの内容や、従業員1人あたりの育成にどのくらいの金額や時間を投下しているかなどの項目を見ると良いと思います。「従業員が定着しやすい良好な職場環境があるか」を知りたい場合は、離職率や離職理由を見ると従業員の定着状況が分かります。「給与やボーナス、昇進頻度などの条件面」を知りたい場合は、男女賃金格差はどのくらいか、昇進・昇給頻度やボーナスの方針・慣行を見ると良いでしょう。

ですが実際は、情報量が多すぎてどこを見れば良いか分からず戸惑ったり、逆に情報が少なすぎてどのように知りたい情報を収集すべきか分からないという実態もあります。また、同じような項目でも企業によって出し方が異なるため、単純に横並びで比較できないこともありますし、企業によって公開している情報が統一されていないため、公開していない項目は「オープンにできない理由があるのか」と疑ってしまうこともあるはずです。さらにデータを収集していくうちに最終的に何を重視して判断すれば良いか分からなくなってしまったりするのではないでしょうか。

大事なポイントは、まずは自分が何を重視するか、企業に求めることは何かを多くても3つくらいに絞り、優先順位を決めることです。決めた項目に対して、各業界、各企業の情報を並べて見てみると、実態が浮かび上がってくるのではないかと思います。自分自身が設定した優先順位が高い項目に対しての情報開示が全くない会社は、多くの場合、そのような環境が整っていないと判断して良いかもしれません。

引用した記事には、

三井化学は公式ホームページのサステナビリティのページで、人材マネジメントの考え方について方針を公開。会社の持続的な成長と従業員個人の幸福や自己実現に対する目標を図解を用いてわかりやすく説明する。

丸井グループはホームページの投資家情報の欄に22年9月に人的資本経営の資料を掲載した。企業文化の変革として実際の様子を写真で説明しながら8つの施策を紹介する。中でも社員にプロジェクトや学びの機会への積極的な立候補や発言を促す「手挙げの文化」については就活生から「何をしたか」「何を学んだか」など具体的な事例を聞きたいとの質問が殺到する。

とありました。あくまで私見ですが、企業の中には、

  • 出せる情報からとにかく出している企業

  • ストーリーを持って伝えるべき情報を整理し、情報をコントロールして出している企業

  • 株主にとってポジティブに働く情報のみ公開している企業

  • 目標と現在との乖離も含め、リアルをさらけ出す企業

など様々です。株主からの要求レベルが日に日に高くなり、情報未開示について厳しい目が向けられることが増えている中、会社が伝えたい情報と、株主が知りたい情報、就活生など企業を選ぶ側が知りたい情報には若干の誤差が生まれてくるはずです。この差を大きくしないためにも、株主だけでなく、学生とのコミュニケーションを通して、しっかりと今の若い世代が何を求めているのか、何を重視しているのかを的確に継続的に把握しておく必要があると思います。

企業を選ぶ側の学生や転職者にとっては、情報を収集して満足するのではなく、その情報をもとにさらに知りたいことや聞いておきたいことを実際に働く社員に聞いてみるなど、表面的な数字だけでは分からないことを積極的に知ろうとする姿勢が大事ではないでしょうか。

■必ず見るべき指標は「働きがい」?

学生や転職者にとって有益な判断材料となる指標としては、「働きがい」や「エンゲージメント指数」ではないかと思います。企業によって、何を「エンゲージメント指数」とするかに違いは出てきますが、基本的には「社員の企業に対する信頼感」や「仕事に対する熱量」のことです。

社員の「スキルアップ・キャリアアップ支援」に注力することでエンゲージメントスコアの向上を狙ったり、第三者機関を通じた社員の「企業に対する評価」を定点観測したり、社員が心身ともに健康にイキイキと働けているかを独自の指標を用いて調査したり、指標もスコアリングの仕方も全ての企業で統一されているものではありませんが、このような指標は、これから入社を検討している人にとっては重要な判断材料になり得ます。

中には、従業員のエンゲージメントと役員報酬を連動させる企業も増えているので、それらの情報をもとに、どれだけ各企業が働き手となる社員への動機付けやモチベーション向上を本気で行っているかを判断することもできると思います。

QUICKと連合系シンクタンク、連合総合生活開発研究所(連合総研、東京・千代田)は、企業の働きがいに関する指標を開発した。労働時間や男女格差など8つの指標で構成し、国際的な流れを踏まえつつ日本の雇用慣行などの特性を反映させた。社会(S)に関する様々な指標が開発されるなか、日本企業の構造課題を評価しやすい指標として活用してもらい、企業と投資家の対話を促す。今後は指数化も検討する。

とある通り、「働きやすさ」や「働きがい」の指数をはじめとしたESGのSについては国際的に様々な基準や指標が開発されていて、各国、各地域の雇用環境や労働条件などの特性が十分反映されていませんが、今後徐々に適正化され、日本の実態に合わせてその中で「働きがい」に優れた企業が顕在化していくはずです。

  • 労働環境(雇用形態別の平均労働時間など)

  • 報酬(男女別・雇用形態別の平均年収など)

  • 多様な働き方(男女の育休取得率、リモートワークの利用実績など)

  • 育成環境(1人あたりに投下している研修時間、研修費など)

などはもちろん、

こちらの記事にあるような

・女性役員比率
・女性管理職比率
・男女昇進率の格差
・男女同役職の平均給与の格差

などもしっかり見ていくことで、その企業が「今の時流を的確に捉え、多様性への関心が高いかどうか」「あらゆる視点や意見を経営の意思決定に取り込んでいるかどうか」を判断することもできると思います。

画一的で同質性の高い組織は、“古い企業体質”であると判断され、市場から見放されかねません。多様性に富んでいる企業のレジリエンスは高く、そのような企業ほど働きがいの指標は必然的に高まることは間違いないでしょう。

■企業はどのように自社に合った人を見極めるべきか

これまで、就活生や転職者が見るべきポイントについて述べてきました。今度は逆に、企業側は今の時代にどのように自社に合った人材を見極めるべきかについて考えてみたいと思います。

結論から申し上げると、投資家や株主、就活生や転職者が企業の人的資本情報開示をもとに企業を見極めるように、企業側も候補者となる人の情報をできるだけ立体的かつ多面的に見ることが必要になっています。どのような選考基準を設けるのかは企業によって異なりますが、「人柄を重視するのか」「これまでのスキルや経験を重視するのか」「カルチャーフィットを重視するのか」など、何を重視するのかを決め、それに合わせた情報を複眼的に網羅性高く、しかも正確に取得するための工夫が必要ではないかと思います。

たとえば、

  • 複数の人の目を入れる(できるだけ異なる部署、異なるバックグランドを持つ人が複数人で見る)

  • 面接以外の実務に近い形でのパフォーマンスを見る(インターンシップでの評価を採用評価に組み込む)

  • リファレンスチェックを導入して周囲の人の評価を入手する(転職者であれば現職の上司や同僚、学生であればゼミの教授やアルバイト先の先輩などから第三者評価をもらう)

  • 適性検査を導入して、重視したい項目の重みづけをする(性格、価値観、行動特性、コンピテンシーなど、よく見たい項目や基準を明確化する)

  • AI面接を導入する(人間によって行っていた採用プロセスの一部をAIで代替する)

などが考えられます。

どんなに経験を積んだベテラン面接官でも、無意識のうちにあらゆるバイアスを抱えてしまっています。第一印象である程度決めてしまったり、自分と類似性がある候補者を高く評価してしまったり、過去の成功体験に引きずられてしまったりと、先入観によって合否を決めてしまい、最終的に入社後のミスマッチを引き起こすことはよく発生します。

こちらの記事には、

実はここ数年、人事の世界では人による面接の精度が問われている。学術研究や企業の実践結果を見ると、インターンシップのように実際に仕事をやらせてみる方法や仕事に関する知識試験、適性検査など、他の選考方法よりも面接による評価の妥当性が低いと出ることが多いからだ。そのため、各社様々な試行錯誤をしている。

とありますが、採用のオンライン化が加速したことも受け、AIを活用した採用に注力し始める企業も出てきています。

・データに基づいた予測や分析、意思決定ができる(より優れた候補者を見つける確率が高まる)
・人間の先入観やバイアスを排除することができる(公平性が担保され、多様性を促進することができる)
・採用プロセスの自動化により、大幅に時間と労力を抑制できる(面接官のアサインなどが不要になり、人事や面接官の時間の使い方が変わる)
・面接官ごとの質問や評価のバラつきがなくなる(一定の指標をもとに求職者のスキルや経験、パフォーマンスの適合度を評価できる)

などのメリットはありますが、一方で、人による“感情”や“直感”をもとに「一緒に働きたい人かどうか」を見極めることの重要性も非常に高いと思っています。

データに基づく「活躍確率が高い人」を適切に抽出していくAI採用のメリットと、人の目による「一緒に働きたい人であるか」とか「顕在化している能力だけでなく将来のポテンシャルを感じるか」、「可能性にかけて育ててみたいと思えるかどうか」という要素を重視した採用のメリットと、双方を上手に引き出していくことが、採用の成功への近道のように思います。


最後に、人的資本の開示を巡り、これからどんどん企業の独自色が増していき、開示内容や方法のバリエーションが増えていくと思います。

義務化で先行してきた欧州企業では、事業戦略と合わせた開示も進んでいます。「何が事業成功のカギとなるのか」、「何が社内外に伝えていきたいコアな経営方針なのか」を明確にした上で、その軸に沿ったデータ開示を行っていくことになるはずです。

現段階では、まず開示すべき項目を決めて、集約したデータを順次開示している企業がほとんどですが、今後は少なくとも長期的な経営戦略や人材戦略を定めた上で、その軸に沿った人的資本開示につなげる動きを取る企業は間違いなく増えていきます

情報を受け取る側は、そのストーリーやメッセージを的確に受け取り、企業を見極める上での重要な判断材料にしていくべきです。企業がどれだけ従業員を大切に考えているかを知る手掛かりになり得ることを十分理解しておく必要があります。

一方で、企業にとっては、情報開示に向けた一連の動きが、自社の人材戦略を見直すチャンスとなることも忘れてはいけません。人的資本への投資の透明性を高め、人材の採用や育成方針、従業員に対する根本的な考え方を開示していくことは、優秀な人材確保だけでなく、企業の競争力や企業価値を高めていくことにも確実につながっていくのではないでしょうか。



#日経COMEMO #NIKKEI


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