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販売店の現場でコンプライアンス違反が起きやすいメカニズム

販売現場では驚くようなことが起きる

この1か月、世間を大いににぎやかせた話題として、ビッグモーターの不正事件がある。次から次へと出てくるコンプライアンス違反に対して非難が集まる中、一方で「大なり小なり似たようなことはウチにもある」というような同業者の声も聞こえる。

中古車販売だけではなく、全国展開する小売業や飲食業が現場の店舗でコンプライアンス違反があり、それが致命的な打撃となるケースは珍しいものではない。今回のケースがそうとは言わないが、このような事件ではコンプライアンス違反を本社の経営陣が把握しておらず、問題が明るみになって初めて認知し、大騒ぎするというのもよくある話だ。

現場では特に対策をしないとコンプライアンス違反が起きてしまう構造的な欠陥を持ちやすい。

上が数字を決めて方法を下に丸投げさせる方式

組織が大きくなるとピラミッド型の構造を作ることになる。ピラミッドの上層で計画を立て、数字目標を決める。しかし、ピラミッドの下層である現場は千差万別のため、上層で決めたことをただ言われたままに実行していたのでは現場で起きる事象に対応ができない。そのため、計画と数字が決められると、それらを達成するための施策を現場で考える必要が出てくる。

このような構造は、大きな組織ではどうしようもないことだが、運用は言うほどやさしくない。そのため、上意下達の方法や現場での創意工夫を生むためにどうすべきかを経営学では議論してきた。

しかし、経営学で議論されてきた方法が現場で生きているかというと、そこには疑問の余地が大きい。私自身も15年前までは販売の現場に立っていた経験があり、今でも販売の現場で働く人々と交流がある。彼ら・彼女らとの話の中では、いまだに「上が数字を決めて方法を下に丸投げさせる方式」をとっている企業が多いことに悩ませられる。

現場への支持を出す人間やピラミッドの上層にいる経営者が創る企業文化が現場での創意工夫やコンプライアンスの順守に大きな影響を与えることになる。

例えば、ハーバード大学ビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソン氏が提唱している「心理的安全性」も現場がコンプライアンス違反をおこさず、創意工夫を促すのに有効な理論だ。

心理的安全性のなさが「おかしさ」への感性を鈍らせる

心理的安全性は何かというと、簡単に言うと、チーム内の誰もが「この場は何を言っても許される」と安心を感じて、自由闊達に意見を交換しあえる状態だ。字面から勘違いされやすいが、「このチームは居心地が良い」と感じることではない。こちらは「情緒的コミットメント」が近しい概念だ。

エイミー・エドモンドソン氏によると、心理的安全性が失われていたために起こった不祥事として、2015年に起きた「フォルクスワーゲンの排出ガス不正問題」が取り上げられている。当時の同社のCEOであったマルティン・ヴィンターコルン氏の苛烈なコミュニケーション・スタイルが部下との心理的安全性を失わせ、「氏に叱責されるくらいなら、不正しよう」という心理状態に現場を追い込んだ。

同じような事件は、リーマンショック直前の行き過ぎた成果主義にあった米国でよく見られたものだ。短期的な成果を求めるあまり、表面上の業績を良く見せようとトラブルを隠し、コンプライアンス違反に現場の手を染めさせた。

冷静に考えると、上司に叱られたくないから、責められるから不正をしてでも誤魔化そうというのは合理的とは言えない判断だ。しかし、人間は追いつめられると視野が狭くなり、とりあえず目の前の問題を解決したいという防衛本能が働く。そうして、通常では考えられないような行動をとってしまう。

例えば、このような話もある。洋服の販売店が売り上げノルマが達成できないためにマネジャーから厳しく叱責される。「目標達成できないなら、自腹を切ってでも目標を埋めろ」と詰められた結果、本当に現場の販売員が自腹を切ってしまうというのはよくある。そして、自腹を切ったことから店長が周りに「自腹を切るのは当たり前だ」と言うようになる。そのうち暗黙のルールとして「販売員は毎月5万円分の自社商品を買うこと」と強制する文化ができてしまう。

心理的安全性のなさが、現場での判断の「おかしさ」への感性を鈍らせる。創意工夫によって優れた施策を考え出すのではなく、目の前の危機を回避するための安易な発想に現場の人間を逃げさせてしまう。

全国展開する企業では現場でのコンプライアンス違反が起きやすいという構造的な限界を抱えている。それに対し、どのようにマネジメントすべきか、経営学では多くの議論があり、解決策としての理論が紹介されている。経営学者はこれらの理論を紹介し、研修やコンサルタントを通して社会に実装する義務があるだろう。そして、企業も経営学を学ぶことで、是非、コンプライアンス違反というリスクを回避し、望ましい成果を得ることに繋げてほしい。


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