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人格中心からの距離と本人の主観的価値

データの世紀において、個人データの使い道を決めるのは誰か。ここで重要なのは、個人データに対する本人の思う主観的な価値と、データ処理者の考える客観的な価値の間には、ギャップがあるという事実である。

人格中心からの距離

守るべきデータは何か。提供できるデータは何か。それらを決めるのは、データ主体の主観である。それを示す尺度は、人格中心からの距離である。

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図:高橋郁夫弁護士による解説

本人にとっての価値

図に示すように、人格中心からの距離が近いほど、本人にとっての価値は高い。図の左にある青色の山がこれを示す。

だが、処理者にとっての価値は異なる。処理者にとって価値があるか否かは、本人にとっての価値とは無関係である。

データの物々交換

仮に、処理者にとっての価値が黄色で示された山のように表されるとしよう。

本人と処理者の間で、提供する個人データと、受け取るサービスとの、物々交換が成立するのは、青色の山と黄色の山が交わる点である。

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価値と価値の不一致

データ処理者が提示する約款に示されたデフォルトのメニューに対して、少なからぬ個人が違和感を覚えることがある。

その原因の一つは、データ処理者の考える価値と、本人の思う価値との間に、不一致が存在するからである。

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一致点を発見する

では、一致点を見出す方法はあるのか。私たちの研究チームは、これまでにいくつかの手法を試みた。

コンジョイント分析など、一致点を見出すための方法論について、コンパクトにまとめ記事はこちら。

出典:IT LAW by Mr. Ikuo Takahashi at Komazawa Legal Chambers
http://itlaw.komazawalegal.org/?p=548

拙著『リブラ―可能性、脅威、信認』

参考までに、拙著では、

プライバシーに関するデータの主体にとっての価値が、情報主体の所属クラスタによって変わること(213頁)、人格からの距離というべきデータの性格によって、かなり変わること(218頁)、データの取扱者によって異なること(222頁)

について論じた。

「データの世紀」への回答

データの世紀「個人データは誰のもの?」に対する私見を書き留める。
これまでの検討に照らして、3択への回答は「いずれも該当しない」。

① 誰に、どんな情報を渡すかを、自分で全部確かめて管理したい
② 情報銀行など、自分が信頼する専門家に自分の情報の管理を任せたい
③ 直接プライバシーに関わるようなコアな情報以外は、特に管理しなくてもいい

3択問題では解けない

選択①のように、自分で全部確かめるのは大変である。②のように任せてしまうと、初期設定のままでは、処理者にとっての価値を尺度とされるかもしれない。③では、人格中心からの距離の近いデータを守れない。

では、人格中心からの距離を可視化する、手軽な手段はないのだろうか。

PPM

こうした要請に応えようとする企業努力の一つが、PPMという手法である。いま各国で、プライバシー・ポリシー・マネジャーの開発が進められている。

そこで競われているのは、本人の感覚に即したデータマネジメントを直感的に設定できるUIの設計である。

特に、生体情報を扱う分野では、次のような活動がある。


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データの庇護者

来るべきデジタル通貨の時代においては、あらゆるデータが「お金」に乗って集まってくる。そのとき、ウォレット達は、本人の主観にそった心地良い物々交換を実現できなくてはいけない。

データの庇護者にふさわしい地位を得るのは誰か。設計者には時代に適した構想力が求められている。


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Photos by H.Okada in South Taiwan





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国立情報学研究所准教授 ブロックチェーンが国家・社会・経済に及ぼす影響について研究しています。 最新刊『リブラ~可能性・脅威・信認』日本経済新聞出版社 Kindle版 2019/10/22刊行。