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「変身」には「変わらない軸」が必要だ~「pivot」がパフォーマンス向上につながる理由~

 Potage代表取締役の河原あずさです。変化の激しい時代ですが、あるキーワードをよりどころにしながら、日々活動しています。「コミュニティ」です。

 この「コミュニティ」というキーワードを自身の軸に据えてから、自分のキャリアは大きく変貌しました。自身のアイデンティティを確立し、活動が少しずつ評価され、「コミュニティの人」と認知されるようになりました。その辺の経緯は、こちらのCOMEMO記事をぜひご参照下さい。

 「コミュニティ」というキーワードに出会う前は、迷走の連続でした。一貫性のないキャリアに悩み、会社から評価されず、クライアントからの信頼を獲得できず、苦しんだ時期も正直ありました。

 そんな時期になると、人は逃避的に「違うこと」をやろうとします。そうすれば、自身が「変身」して、評価されるビジネスパーソンになれるかもしれないという淡い期待と共に。しかし、たいてい迷走している個人が違うことをはじめても、迷走は継続します。活動の「軸」が存在せず、その場しのぎな変化で終わるからです。

 今回は「教えてください。あなたが変身した話」というお題に対して、自身の経験から「自分の軸を持てないと、一生変身できませんよ」という教訓含みのお話ができればと思います。逆説的ですが「変身」するには「変わらない軸」が必要なのです。

 上記の記事が示すように人材流動化が進む中で、今いる場所を飛び出して、自身に変化を促したい人はますます増えてくると考えられます。そんなみなさんに、私が実はブレブレのダメ社会人だったというカミングアウトが響いて、今後の選択の一助になれば幸いです。どうぞ最後までお付き合いください。

その場しのぎな変化は続かない

 30歳になるまでの私のキャリアは、迷走の連続でした。富士通に新卒SEとして入社したのが2003年、22歳のときです。大手外資生命保険会社のデータセンターアウトソーシング案件を担当しましたが、性にあわず苦労しました。元々、出版社にいきたかった私は、コンテンツ発信ができる仕事を追い求めて、富士通の社内公募制度を使って、当時子会社だったニフティに転籍します。2007年1月のことです。

 しかしそこでも、苦労しました。新しい音楽サービスの立ち上げを担当したのですが、様々な企画を担当するも空回りで、上司から叱責されることもしばし。同僚からの信頼も十分に得られませんでした。

 結局、配属から1年弱過ぎた後に志半ばでチームの人員削減の対象になり、営業部署への異動を命じられることになりました。そのことを聞いた私は、上司の上司にかけあい、たまたまメンバーの欠員のあったイベントハウス事業「東京カルチャーカルチャー」への異動希望を出し、急転直下で配属先変更が決まりました。それまでイベント未経験でしたが、直感で「営業にはいきたくない」とただ思って願い出た異動でした。(今だから言える裏話です。)

 しかし、ここでもなかなか思うようにいきません。自分のパフォーマンスもなかなか上がらず、迷走が続いていたなと客観的に振り返ると、つくづく思います。

 なぜうまくいかなかったかと振り返ってみると、自分自身がどういう存在でありたいかを意識できず、単発的な行動を繰り返していたからだと思います。

 当時「河原は何をやりたいんだ?」とまわりから問われることも多数あったのですが、自分の回答は毎回違ったり、ひどいときにはまったく言語化ができませんでした。ただ直感的にふってきたやりたいネタを、半ば場当たり的に形にするというモードだったのです。

 イベント事業に異動しても下働きがほとんど。実に恥ずかしい話ですが、腑抜けた態度で打合せして、やる気がみえないからと、打合せの途中で「やる気ないなら帰りなさい」と上司から追い出されたこともありました。まったく評価されず、身体的な負荷も大きいイベントの繰り返しもだんだんしんどくなり、30歳になる2010年後半には、逃避的に「そろそろ別のことをやりたいな」と正直感じていました。

 振り返ると、30歳までの自分が繰り返した変化は「場当たり的」そのものでした。自分の特性や興味関心についても意識できず、短期的な「ウケ」を狙って行動したり、ただ来た球を打ったり、いろんなものに手をだして散らかすだけの日々。モチベーションも続かず、継続性も見られない。30歳までの自分は、そんなダメ社会人そのものなモードだったのです。

変身の原点は「自分の軸」を見出すこと

 そんな自分が変わるきっかけになった出来事が、2011年3月11日に起きました。東日本大震災の直後のことです

 おそらく上司の中に、そんな場当たり的な自分をどうにかしたいという親心が生まれたのでしょう。地震の後処理であわただしい中、お台場にあった東京カルチャーカルチャーに向かうタクシーに乗り込む直前に、突然彼はこう私に言ったのです。

 「3ヶ月間のシリコンバレー研修のメンバーを募集していて、今日が締切だから、応募してみたら?」

 去っていくタクシーを見送った後、応募をみた私は、興味がおさえきらずに、その日締切だった研修に応募。運よく、派遣メンバーの一人として選抜されることになりました。

 2011年11月から2012年2月までシリコンバレーに拠点を構えた私は、「ミートアップ」と呼ばれるリアルコミュニティやイベントについて毎日取材を重ねました。サンフランシスコやシリコンバレーだけでは飽き足らず、会社が後押ししたのをいいことに、NYやボストン、ロサンゼルスなどの主要都市を飛行機で飛び回り、ミートアップの主催者にあい、彼ら彼女らが何を考え、どう行動しているかを拙い英語でインタビューを重ねました。ミートアップという言葉を生み出したMeetup.comの共同創業者CEOのスコット・ハイファマン氏にもインタビューすることができました。

 この過程で自身が見出したキーワードがありました。「コミュニティ」です。

 アメリカで気づいたのは、特に都市部において、草の根のコミュニティの集まりが、社会を動かし、イノベーションを生み出す原動力になっているという事実でした。今までイベントはたくさんこなしていたけれど、「コミュニティ」という観点で場を見つめたことは、お恥ずかしい話、ほとんどなかったのです。

 「東日本大震災という未曽有の災害直後の日本に、コミュニティの力がより必要なのではないか。」そう感じた私は、帰国後、ミートアップやコミュニティづくりを小さく始めることになります。人のつながりのつくり方の意識も変わり「イベントのネタ集め」だったネットワーキングが、「人と人をつなげて問題解決するための手段」と認識できるようになりました。

 このとき見つけた「コミュニティ」というキーワードが、自身のアップデートの鍵になりました。自分が壁にぶつかったときに「コミュニティ」というキーワードを軸にして、立ち戻ることにしたのです。その瞬間、今までの場当たり的だった活動の数々も、今考えて行動していることも、すべて1本の線にまとまっていくような感覚がありました。

 「自分はコミュニティの人なのだ」と軸を定めた瞬間、道が開けたのです。これがのちにコミュニティ・アクセラレーターと名乗ることになる自身の原点でした。

自分の軸足をいかした転換「pivot」の重要性

 シリコンバレーで起業家から学んだ大事な概念に「pivot」というものがあります。スタートアップの事業がうまくいかないときに、事業の方向性を転換し、軌道修正をはかることです。

 シリコンバレーの多くのサービスはこの「pivot」を経験しています。例えばTwitterはもともと、ポッドキャストの検索サービスを提供していましたが、iTunesの登場によりその役割を失い、一機能だった短文投稿機能を切り出して大ブレイクを果たしました。

 この「pivot」をする際に大事とされるのが「しっかりと軸足を残すこと」です。ただ変えるのではなく、それまでたくわえた技術、向き合ってきたターゲットやユーザー、あるいは自分たちのビジョンを意識して転換することが、pivot成功の秘訣なのです。

 pivotを表現するときに、バスケットボール選手の動きがよく比喩としてあげあれます。ボールを持ったまま歩くことのできないバスケットボールでは、パスの出しどころを探したり、次のアクションを決める際に、片足を残したまま方向を切替えて、次のプレーに移ることがあります。この「軸足」を残す感覚が、いいpivotにおいては大事なのです。

 これは、スタートアップや、事業においてのみならず、個人においても重要な考え方です。

 30歳になるまでの私の変化は、バスケットボールプレイヤーに例えるならボールを持ったまま(あるいは持てずに)右往左往している状態です。ポジショニングもままならず、ダブルドリブルやトラベリングなどのミスを繰り返し、スタンドプレーに走り周りから見放され、コートの中で孤立しているプレイヤーを想像してみてください。このままではいけないと、ポジションを変えたり、アクションを変えてみるものの、結局うまくいかず、居場所を見失っている状態でした。言い換えると「細かな変化はしているが、根本的な"変身"はしていない状態」です。

 一方で「コミュニティ」という軸足を見つけた私がどうなったかというと、かなりの紆余曲折はあったもののその軸足をぶらすこともなく、人のつながりもでき、成果をあげることもでき、「コミュニティの人」として徐々に「変身」していくことができるようになりました。もちろん、いきなり変身することはなかったのですが、軸足を意識した状態で行動することにより、行動の精度が上がり、場当たり的ではなくなっていったのです。

 挫折しそうになったことも数多くありましたが、行動を継続できた最大要因は「コミュニティ」という軸から逃げなかったことにあります。

 軸を据えることで、イベントや新規事業で培ったスキルが、自身のコミュニティづくりの活動にはすべて役立っていきました。集まってくるスキルや情報が、どんどん「コミュニティ」というキーワードに収れんされ、パフォーマンスが向上していきました。

 この経験から、個人が変身するには「軸足を意識すること」がまず大事だと考えてます。そのためには、自身の興味関心を整理し、内省し、自身のありよう(being)をしっかりと認識した上で、一貫性ある行動を継続することが必要です。

 世の中を見渡すと、少なくない人が、世の中の変化についていかなくては、生き残らなくてはという焦りのような気持ちを抱え、ころころとやることを変えたり、一貫性のない行動や言動を繰り返しているということも散見されます。

 場当たり的な変化を繰り返すのではなく、軸足を残した「pivot」を繰り返すことが、個々人の「変身」につながります。自分が何者かを知り、自分の価値観の軸を見出し、その軸を意識して継続的に活動していく。そのような態度が、多くのビジネスパーソンに求められています。「変身」には、変わらない「軸」が必要なのです。

「コミュニティ」という軸が自分を「起業家」へと変身させた

 2017年には「コミュニティ・アクセラレーター」という肩書を名乗り、2020年4月に会社を辞めて個人事業主として独立。2020年6月に『ファンをはぐくみ事業を成長させる「コミュニティ」づくりの教科書』という本を出版した私は、ついには「コミュニティ・アクセラレート・カンパニー」という触れ込みの会社「Potage」を2021年1月に起業しました。10年前はダメ会社員だった自分が「起業家」へと「変身」したのです。

 この起業の背景には、新型コロナウイルスの流行が大きく影響しています。得意としているリアルな場づくりができなくなる中で、自分が社会に提供できる価値は何かと自問自答し、自身のあり方を考えつくしました。その中で出てきたのが「個が溶け合えば、世界は変わる」というコーポレートビジョンでした。

 自分自身は、何かをかたちにしたい人たちを触発しながら活動をサポートし、彼ら彼女らの「個」(らしさ)を引き出しながらハーモニーを奏で、世の中に価値を届けることが自分の生きる証だと考えています。「ポタージュ」という屋号とビジョンには、そのような自身の軸になる思いがこめられています。

 ファンコミュニティづくりのお手伝い、プロモーション施策サポート、そして組織づくり、人材育成、新規事業づくりまで、手掛けていることは多岐にわたりますが、すべての施策は「コミュニティ」というキーワードで一気通貫つながっています。

 世の中は変わり続けますが、きっとこの軸は、pivotされようとも残り続け、一生自分を支え続ける。そう思いながら日々活動しています。もし思いに共感し、一緒に活動したいと感じた方は、いつでもご連絡くださいませ。お互いの軸を重ね合わせながら、コラボレーションができると大変うれしいです。


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