
初任給30万円時代に突入。売り手市場の今、人材確保のために企業がすべきこと。
皆さん、こんにちは。今回は「売り手市場の採用活動の在り方」について書かせていただきます。
今年に入ってから特に、続々と初任給を引き上げる企業が増えています。初任給引き上げの動きが加速したのは2022年以降のようですが、24年度に初任給を引き上げたのは主要企業の81%に達するとのこと。背景には、物価高による生活保障のための賃上げと言われていますが、それだけでなく「人材獲得競争が激化」している上に、入社後の「若手の離職率が上昇」していることも要因だと考えられます。
少子化を背景に、人手不足による企業の採用意欲は高まり続け、学生優位の売り手市場が続いていますが、企業は求職者に対してどのように自社を魅力付けしていくべきなのでしょうか。
売り手市場だからこそ意識すべき点や、あらゆる可能性やリスクに備えて対策すべきこととは何なのでしょうか。
具体的に考えていきます。
ファーストリテイリングや大成建設など大手企業が大卒などの初任給を30万円台に乗せてきている。物価高が長引いていることに加え、新卒採用の売り手市場が激化していることが背景にある。2024年度までの過去3年間で主要企業の平均初任給は約9%上昇し、賃金全体の伸び率を1ポイント以上上回る。若手に比べて抑制されている中高年の賃上げも課題となりそうだ。
ファストリは25年3月以降に入社する新卒社員の初任給を、現在の30万円から33万円に引き上げる。年収ベースで約10%増の500万円強になる。「グローバル水準の少数精鋭の組織へと変革を進め、企業としてさらに成長する」(柳井正会長兼社長)狙いだ。
■初任給高騰にどのように対応すべきか
引用した記事には、
長く日本の賃金は入社時は低い水準に抑えられ、年齢とともに上昇し、50代でピークに達する年功型が標準だった。全体平均を上回る初任給の上昇が続くなか、世代間の賃金格差も縮小しつつある。24年の賃金構造基本統計調査(速報)では、20代前半と40代前半の平均賃金(月額)の差は11万8千円で、14年(12万7千円)に比べて9千円程度小さくなった。
とあります。若手への配分を手厚くするには、ミドル・シニア層への配分をコントロールしていかなければなりません。若手世代への厚待遇が続けば、年齢を重ねたベテラン社員のモチベーション低下のリスクにも目を向ける必要もあります。今後も初任給を引き上げる企業は増えていくはずですが、そうすると賃上げに年代間格差がどうしても生まれてしまい、ベテラン社員ほど賃上げの恩恵を受けづらいといった状況もあるかもしれません。
また、年功序列型の賃金制度でなくなる分、長く会社に勤める魅力が薄れる側面もあり、既存社員の定着施策がより一層重要にもなってきます。
こちらの記事には、
業績連動の比重が高い賞与を減らし、その分基本給を上げる動きが出てきた。初任給の大幅な引き上げも相次ぐ。労働市場の逼迫や雇用の流動化によって、賃金水準だけではなく支給方法も変わりつつある。春季労使交渉でもテーマの一つになりそうだ。
とありますが、会社業績や個人の実績に連動する形の「ボーナス」分を、基本給に割り振る動きもみられます。
企業にとっては、業績連動型で柔軟に支給額を調整できるボーナスとは異なり、一度基本給を上げると業績が悪化した時などに水準を引き下げることが難しいなどデメリットもありますが、それでも働き手の年収の安定性を高め、報酬を魅力的にアピールしないと、人材確保が難しくなっているのが実情です。
初任給を引き上げることで、
求職者からの応募が増え、優秀な人材の確保につながる
採用広報においてアピール材料になり、企業イメージが向上する
入社後のモチベーションやエンゲージメントが高まる
離職率が低下する可能性が高まる
というメリットは生まれますが、同時に、以下のようなデメリットも発生します。
既存社員の給与と逆転現象が起こる可能性が発生し、昇給制度の見直しが必要になる
ミドル・シニア社員の不満が生じる可能性がある
入社後の昇給ペースが遅くなる可能性がある
企業の人件費負担が増加する
新入社員が過度なプレッシャーを感じてしまう可能性がある
企業側も給与に見合う成果を求め、育成施策などが厳格化する
初任給30万円時代の到来は、企業の採用活動においてはアピール材料になる一方で、上記のようなデメリットや課題も伴うため慎重な対応が求められます。「優秀な人材の確保」や「離職率の低下」につながる部分もあれば、「企業のコスト増加」や「既存社員との給与バランスへの影響」など、懸念要素も多々あります。実施する場合は、企業の財務状況や評価制度の見直しも踏まえて、長期的な戦略として検討することが重要です。
また、「給与水準だけを引き上げて終わり」ではなく、それに見合う仕事内容やミッションの設定、成長機会の提供、長く会社に貢献してもらうための仕組みの導入など、業績にヒットする育成環境も整えなければならず、総合的なアプローチが求められます。単に初任給だけを引き上げれば、学生からの応募が殺到するような人気企業になれるわけでも、入社後の戦力が勝手に高まり続けるわけでもないのです。
学生は「給与」だけで企業の魅力を測っているわけではないと思います。仮に競合他社ほど初任給の引き上げができない場合においても、企業の安定性や成長性を適切に広報していく必要もあります。「安心して挑戦できる環境か」「スキルアップや個人のチャレンジを支援してくれる環境か」などの要素を、いかに総合的にアピールできるかが重要になってくるはずです。
■増え続ける内定辞退にどのように備えるべきか
売り手市場においては、企業と学生それぞれに以下のような動きが出てくることになります。
<企業>
他社との競争が激しくなり、優秀な人材を確保するための工夫や選考方法の見直しが必要になる
他社に人材を奪われないように、採用プロセスが迅速・短縮化されやすくなる
人手不足を補うために、即戦力採用だけでなくポテンシャル採用を増やす傾向が高まる
自社の魅力を効果的にアピールしなければならなくなり、ブランディング活動が活発化される
求職者が企業を選ぶ基準が多様化し、あらゆる角度からの評判やブランド力を意識するようになる
採用後に人材が短期間で離職する可能性が高まり、定着施策に注力する必要が出てくる
<学生>
自分のスキルや希望に合った仕事を見つけやすくなり、選択肢が増える
良い条件(給与や福利厚生、勤務条件など)で働ける可能性が高まる
内定獲得のハードルが下がり、心理的な負担が軽減される
企業との接触機会が増え多くの情報を得られるが、情報過多で入社直前まで混乱する可能性が高まる
内定を保有しているにも関わらず、就職先を決めない学生が増える
就職活動に気持ちの余裕が出て、動き出しが遅い学生が増える
複数の企業から内定を得る人が出てきて、内定辞退数が増える
就職先が見つけやすい分、リスクととって留学や起業など新卒採用以外の選択肢を取る学生が増える
「内定が出やすい」今の売り手市場においては、複数の企業から内定をもらう就活生が増えると同時に、1人あたりの内定保有数も上昇傾向にあります。企業にとっては、学生の内定辞退率が高まるため、内定辞退数を例年通りに見積もっていると、最終的に採用目標人数に達しないということも発生してしまいます。
内定辞退を抑えるには、以下のようなポイントを抑える必要があります。
●インターンシップを通じて、求職者の意向度を高める
→インターンシップを、学生の能力や適性を「見極める場」として活用するのではなく、学生自身が「企業・事業・組織文化などの理解を深める場」や「社員との交流を深める場」に加えて、「確実に学びや成長機会を得る場」として活用すると良いと思います。特に社員との交流の機会をただ設けるだけではなく、取り組んだ仕事内容やアウトプットに対して適切にフィードバックを行うことで、学生に新しい視点や気づきを提供することが重要です。優秀な学生ほど、インターンシップを通して得たものや学びの総量が大きいと、入社後の働く環境においても高い期待を抱いてくれやすいはずです。
●入社意欲に影響を与える要素を、それぞれの学生毎に把握する
→「給与などの条件がいい」「将来のビジョンの実現に近い仕事ができる」「希望の職種や部署で働ける」「職場の風通しがよく良好な人間関係が築ける」など、人によって企業に求める要素が異なります。面接や面談を通して、個別に何の要素を重視しているかを的確に把握し、それに合ったアプローチ方法を考えることが重要です。
●企業カルチャーがよく分かるイベントや懇親会の機会を上手に利用する
→職場の雰囲気やカルチャーを具体的にイメージできるようにするための施策は、非常に重要です。社員との面談や社内見学、懇親会や社内イベントへの参加など、社風や働く人のことがよく分かるような機会を作り、内定者が参加できるように調整すると良いでしょう。若手社員だけでなく、中長期で働くイメージを持ってもらうためにも、あらゆる世代や職種の社員との接点も作り、かつそのような接点を通して、学生を新たな仲間として受け入れようとしている姿勢を示す必要もあります。それが、内定承諾の決断を促すことにつながるだけでなく、内定辞退を防ぐことにもつながるのではないかと思います。
最近は、あえて内定を複数社保有したまま、入社ギリギリまで悩み続ける(直前まで辞退しない)学生も増えていると聞きます。それは、早期に1社に決めることのリスク回避という観点もあれば、内定辞退をすることが以前よりも気軽でライトな感覚になってきていることもあると思います。または、選択肢が増えた分、入社を即決するだけの「決め手」に欠ける企業が増えているということもあるのかもしれません。
就職先の選択肢が増えていることは素晴らしいことで、学生にとってファーストキャリアをどの企業にするかは、人生の中でも大きな決断の一つです。十分時間をかけて悩む必要がありますが、私たち企業側は、学生が潔く決めきるための“要素”をもっと提供しなければならないということだと思います。
■新卒採用だけで採用計画数を充足できない場合にどのように対応するべきか
こちらの記事には、
日本経済新聞社が22日まとめた2025年度の採用状況調査で、主要企業の大卒内定者(25年春入社)は24年春の入社数に比べ4.0%増と3年連続で増加した。人手不足を背景に学生優位の売り手市場になっていて、計画達成度合いを示す「充足率」は過去2番目に低く、理工系では過去最低となった。新卒採用は綱渡りの状態で、中途採用の割合が初めて5割を超えた。
とあり、採用計画に対して内定者の充足率が低い上に、
売り手市場で複数の企業から内定を獲得する学生が多く、辞退するケースも目立ってきた。内定式以前の「内々定者」のうち、辞退者が5割以上いると答えた企業は29%と、4年前に比べ18.9ポイント上昇した。
内定を辞退する人の割合も高まっている、とあります。そうなると、中途採用や第二新卒採用で不足分を補う動きを取るしかありません。
こちらの記事には、
新卒入社から数年以内で離職する「第二新卒」の求人が急増している。主要転職サイトの求人件数は2年で約2倍になった。少子化で新卒採用が難しくなる一方、ミスマッチなどで離職者は増えており、JTBなど大手が採用を拡大している。新卒一括採用を軸とした雇用慣行は崩れつつある。
とあります。若手社員の転職への心理的ハードルが低下し、転職意向を持つ社員が増えていることも、第二新卒の求人の増加要因です。新卒採用で希望する企業に行けなかった人や、希望通りの企業に入社できたにも関わらず入社前後のイメージのギャップが大きくミスマッチで転職を考えるようになった人など、企業にとっては、ポテンシャルの高い人材と多く接触でき、若手獲得の有効な手段になり得る点が、第二新卒を強化する理由です。
業務の専門性はまだないものの、基本的な社会人としてのスキルが身についている点、新卒と同様に順応性が高く自社のカルチャーにフィットしやすい点も魅力です。
企業が第二新卒を強化することで、求職者側にとってもキャリアの選択肢が増えることもありメリットは大きく、今後、第二新卒市場が拡大していくことは間違いありません。
企業としては、人員補充さえできればいいという考え方ではなく、新卒、第二新卒、中途それぞれの定着状況や活躍状況など、あらゆるデータを俯瞰して見た上で、「どのような人員計画・ポートフォリオが最適なのか」「どのような採用手法や配属、その後の育成環境が最適なのか」をセットで考えることが重要だと思います。
これまでは、仮に「新卒採用で何人採用し、その後だいたい3年以内に3割が退職するから中途採用で何人採用する」というような人員計画を立てていたとすると、新卒採用だけで計画通りの採用人数を担保することの難易度が上がっていること、さらにその後に定着してもらうことの難易度も上がっていることを十分理解し、従来の採用計画の立て方、採用戦略の在り方を見直していかなければならないことは明らかではないでしょうか。
■売り手市場の採用活動で意識すべきポイントとは
優秀な人材を確保し、競争力を維持するためには、柔軟で戦略的なアプローチが必要です。売り手市場が加速する中、企業が採用活動で意識すべきポイントは以下の通りです。
●企業の魅力を明確化する
→自社のビジョンやミッションを明確にして、それを魅力的に発信することで、求職者に共感を与えることが重要です。その際、綺麗ごとばかりではなく、求職者が本当に知りたい情報は何かを意識して、受け手の立場に立った発信を心がけることが肝要です。
●採用活動や採用プロセスを通して、ポジティブな体験を提供する
→面接や面談においてコミュニケーションを丁寧に行い、求職者に「この会社で働きたい」と思わせるような体験を提供しなければなりません。この体験を他社と差別化できると良いと思います。
●多様な採用チャネルを活用する
→SNSやデジタルツールを活用し、より多くの人に自社の魅力を正しく認知してもらうことが大事です。求職者は、選考を受ける前から企業のイメージを先入観で判断していることが多く、誤解している人も少なくありません。
●現時点のスキルだけでなく、ポテンシャルを踏まえて選考する
→即戦力だけでなく、ポテンシャルやカルチャーフィットを重視しながら、長期的に活躍できる人材を確保するように選考することが大事です。その時点のスキルが高いからといって、カルチャーフィットしなそうな人材を採用すると、後から組織に悪影響を与えるなど大きな損失につながります。
●既存社員のエンゲージメントを高め、離職を防ぐ
→既存の社員が満足度高く働いていれば、採用活動にプラスになります。人手不足解消のために、採用に注力する企業が多いのですが、既存社員の満足度が低く、離職率が高い状態で採用を頑張っても、底に穴が空いたコップに水を注ぐようなものです。採用しては離職されてしまう、それを補うためにまた採用するという状態を繰り返すことは、採用コストや育成コストの観点からも企業に大きなダメージを与えます。
●データを活用した採用戦略を設計する
→過去の採用結果を踏まえ、うまくいかない要因がどこにあるか、何を変えると成果が最大化されそうかを慎重に分析する必要があります。その際、AIやデジタルツールを活用するなど、採用プロセスを効率化し、採用担当のリソースを何に投下する方が良いかを再検討することも求められます。
就活生がいろいろと迷った末、最終的には、企業で働く「人」や「文化」が自分に合うかどうかで決めるという意見が多いと思います。こちらの記事には、
自社の企業文化(カルチャー)に関心が高まっている。HRテックのUniposが2024年11月にまとめた調査によると、「自社の企業カルチャーを変革すべきだ」という回答が過半を占めた。電通の24年7月公表の調査でも自社に当てはまる企業文化と、企業変革を推進するために必要と思うことの差が20ポイント以上開く項目は多く、課題も浮き彫りになった。
とあります。良い企業文化は社内の一体感を生み、社員のモチベーションやエンゲージメントを引き出し、業績にも好影響を与えますが、その企業文化に満足せず、より良いものに変革すべきだと考えている人が過半数を超えているというのは、どこかに問題点が明確にあり、それは社外にいる求職者にも何らかの形で伝わってしまうものだと思います。これから一緒に働く可能性のある先輩社員の仕事ぶりや言動、態度そのものが、企業文化を表すと感じる人も多いからです。
「会社の成長よりも個人の成長」「チーム主義よりも個人主義」というように、企業文化が希薄化している今の時代において、自社の企業カルチャーとはどのようなものか、普遍的に重要であると考えるコアな価値基準とは何かを改めて明文化し、それが時代背景や市場の変化を踏まえて、どのように変化に適応していく必要があるかを考え続けていくことが大事なのではないでしょうか。
いかに意欲的で、優秀な人材を確保するかが企業の競争力に直結するようになった今、企業の採用方針や採用戦略は、未来の業績を左右するほどに大きな影響力を持っているのです。