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東京ドームTOBの事例から考える、アクティビストファンドの「真の狙い」を考察~経営陣の退陣だけが目的でない可能性~

 日本シリーズだけでなく、プロ野球業界に影響するだろう事案が資本市場で起きています。株式会社東京ドームは、大株主で10%弱を保有する香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントからホテルや遊園地の運営改善、経営陣の一部交代を要求されていました。そこに新たな動きが出てきたのです。

 三井不動産が東京ドームに対してTOB(株式公開買い付け)をかける方針を表明し、東京ドーム経営陣もこれに賛同したのです。三井不動産は1000億円超を投じ、東京ドームの完全子会社化を目指すようです。三井不動産の目的は、イベント会場やホテルなど、都心に広大な不動産を持つ東京ドームと連携し、自社の企業価値を向上させることです。TOB価格は1株1300円で、今日11月30日からTOB(株式公開買い付け)を実施しました。しかし、今日の東京ドーム株価の終値は、1347円とTOB価格を超えています。この背景には、どのような要因があるかを考察し、当初から東京ドームに経営改革を要求していたヘッジファンドの真の狙いについて考えてみます。

*なぜTOB価格を上回ったのか?

 東京ドーム株価がTOB価格を超える値段を付けた背景には、多くの投資家が三井不動産はより高いTOB価格を設定せざるを得ないと考えたのでしょう。三井不動産は、東京ドームの完全子会社化を目的としており、香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントから約10%の株式を売却してもらう必要があります。また、シンガポールのヘッジファンド、ミレニアム・キャピタル・マネジメントも約5%ほどの株式を保有しています。両ファンドがコロナ前から東京ドームの株(コロナの影響で東京ドーム株は急落している)を買い付けていたとすると、魅力的なTOB価格ではなさそうです。結果的に、三井不動産は両ファンドから株式を売却してもうために、TOB価格を引き上げる必要は高いだろうと、考えた投資家が多かったのでしょう。また、このような動きは経営陣の交代を促していた香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントからすると、規定路線だったのかもしれません…。

*ヘッジファンドが経営陣交代を促すことはよくあるけれど…

 なぜ、既定路線といえるのか?というのも、株主から提案された株主総会の議題は、ほとんど可決されません。2011年から2020年までの株主提案の賛成率は、平均値は22%程で、中央値になると10%にも達しません。それぐらい、株主が声を出したからといって、賛成を簡単に得られるものではないのです。株式を10%保有しているからといって、株主総会で経営陣交代を迫ったところで、ほとんどは可決されずに終わります。では、なぜハードルが高いにも関わらず、香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントは、上述の行動をするのか?それは、うまくいけば経営陣の交代を促し、そうでなければ声を上げることでTOB相手の出現を待っていたのではないかと想定されます。

*ほとんど通らない株主提案をすることに意味はあるのか?

  そうなると、香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントはTOBを仕掛ける相手を待つだけで、コストを掛けてまで可決されそうもない経営陣の交代を促す必要など無いのでは?と、思う方も少なくないでしょう。でも、ファイナンス分野の先行研究を見る限り、通らなくても声を上げるだけでも株主価値に影響する研究結果が報告されているのです。それが下記の実証研究です。

Diane Del, Guercio Laura, Seery, Tracie Woidtke,"Do boards pay attention when institutional investor activists “just vote no”?", Journal of Financial Economics, Volume 90, Issue 1, October 2008, Pages 84-103

 ここでは、ほとんど可決されない、ヘッジファンドからの経営陣の交代を促す『声』の影響力について検証しています。ヘッジファンドは、 “just vote no”キャンペーンといって、現状の経営者に投票するな!とメディア等を通して声を挙げます。そうすると、それによって、現状の経営陣への賛成率が低下するだけでなく、過半数の賛成率を得ていたのにターゲットにされた経営陣の交代確率が上昇したことや、株主価値向上のための経営、株主還元強化との関連性を報告しています。このメカニズムには、メディアを通して、経営陣のレピュテーションが傷つけられ、経営陣本人が当該企業に在籍しずらくなること等を挙げています。 

 たしかに、名指しで経営者失格なんて言われたら、気持ちとしては苦しいです。しかも、それがメディアを通して世界中に伝わるとなると、自分のレピュテーションが心配になるのは当然だと思うのです。

 東京ドームの今後は、TOB価格の動向だけでなく、現状の経営陣がどのような意思を表明するのかが注目されます。コロナで企業再編が増える中、勤め先に同様のことがいつ起きても不思議ではないだけに、多くのビジネスパーソンにとっても学びの多い事例だと思います。


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崔真淑(さいますみ)

*トップの画像は崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』(大和書房)より引用。無断転載はご遠慮くださいませ♪





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