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歌詞解説:ビリー・アイリッシュ「Happier Than Ever」

ビリー・アイリッシュは、"ポップス"のあり方を変えた。芸術的でダークな表現と生々しい感情の吐露はまさに幻想的かつリアルで、その独特な世界観は7月30日にリリースされたセカンドアルバムの「Happier Than Ever」において、さらに磨かれている。

アルバム内ではボディイメージへの葛藤や男性による性的・情緒的な搾取、プライバシーの侵害や成長することの喜びと喪失感など、内省的で繊細なテーマが描かれている。サウンド面ではポップス、フォーク、エレクトロニック、ロック、ジャズなどの音楽性を融合させ、その幅広いジャンルの融合性の上にさらにレトロな世界観やよりパワフルな歌唱を取り入れ、90年代の女性ロックアーティストにも通ずる面がある。その変化は世界観はタイトル曲の「Happier Than Ever」で最も強く感じられるだろう。

控えめで哲学的な曲が続く中、前半は兄フィニアスのギターに乗せて優しく歌い、後半では爆発するような叫びと悲痛な歌詞へと転換する。ディストーションのかかった壮大なロックサウンドはポップパンクを彷彿とさせ、元彼への恨みと失望をぶつけ続ける。


また、この曲の後半部分はTikTokでも多く使われており、特にオリヴィア・ロドリゴのヒット曲「traitor」とマッシュアップを歌ったり、共感を込めて熱唱する人たちの動画が数多く投稿されている。


@jebunggg

ib: @khloerrose #fyp // happier than ever - billie eilish ; traitor - olivia rodrigo

♬ original sound - jebung - jebung


[Verse 2]
You call me again, drunk in your Benz
ベンツで酔っ払いながら、また電話かけてきた
Drivin' home under the influence
家まで飲酒運転で帰る途中

緩やかなリズムから不穏なビートへとギターが変わると、バースの出だしから「誰に向けた曲なのか」が見えてくる。ビリーアイリッシュはまだ19歳、つまり酔っ払い運転をして電話をかけてくる相手は年上であるとわかる。


この曲で歌われている「あなた」とは、ビリーの元彼であるLAのラッパー、ブランドン・アダムス(A.K.A, 7: AMP)のことだと推測されている。ビリーの生活を追ったドキュメンタリー映画「The World's a Little Blurry」では、アダムス氏との関係の暗い部分が紹介されており、ビリーとの電話でアダムス氏が飲酒運転を認めたことなどが紹介されている。


「アダムス氏はビリーが16歳だった2018年末の映像に初めて登場する。KROQの「Kevin and Bean」でのラジオ・インタビューの映像に続いて、どんなボーイフレンドでも幼少期のジャスティン・ビーバーへの恋心にはかなわないと語ったビリーが、アダムス氏を抱きしめて "最高にかっこいい "と言っている様子が映し出されている。
また、17歳の誕生日パーティーでアダムス氏と手をつないだり、電話で愛を告白したりする姿がドキュメンタリーの中で紹介されている。

映画の中盤に、ビリーは友人にアダムス氏が壁を殴って手を骨折したことを伝える場面がある。"彼をセラピーに通わせようとしているの "と幼馴染のゾーイに話す。"彼がとても自己破壊的で。"


You scared me to death, but I'm wastin' my breath
心配で死ぬほど怖かったけど、どうせ何言っても無駄
'Cause you only listen to your fuckin' friends
だって自分の友達の言うことしか聞かないから


ドキュメンタリーでは、ビリーとアダムス氏が電話で話しているシーンがあり、その中でアダムス氏が前日の夜に飲酒運転で帰宅したことを認めている。「やったことに対してすごく怒ってる」と、ビリーは彼に対して言う。「あなたが話してくれたのは嬉しいけど、私はそんなことをして欲しくない。私がそんなこと言っても、あなたは真剣に受け止めてくれないけど。私はただ、あなたの安全を願っているだけ。」


I don't relate to you
あなたには共感できない
I don't relate to you, no
いや、あなたには共感できない

ここの歌詞は、ソングライティングの観点からも高く評価されている。「共感」に対して価値を重く置く若者たちにとって、「嫌い」という感情は「怒り」よりも、「共感できない」ことの方が絶望的であるからこそ、絶大なインパクトのある歌詞だ。また、元恋人に対してだけでなく、ファンやメディアなど、彼女に対して「共感する」と賞賛する人々に向けられているとも受け取れる。


'Cause I'd never treat me this shitty
私は自分のことをこんなクソみたいに扱わないし
You made me hate this city
あなたのせいでこの街のことが大嫌いになった

アダムス氏との関係について、ドキュメンタリーでビリーはこう語っている。
「私は単純に幸せじゃなかった。彼が望んでいたものと同じものを私は望んでいなかったし、それが彼にとってフェアだったとは思わない。相手が気にも留めないようなことに熱意を注いでいるような関係はダメだと思う。ただ、努力が足りなかったのだとも思う。
"自分を愛するだけの愛もないのに、私を愛することはできないでしょう "と思っていた。でも、彼のことは愛してる。だからこそ、彼のことを忘れられない。私は他の誰かを見つけたわけではないし、彼を愛さなくなったわけでもない。ただ、少しの間、彼と離れて過ごしてみたら、あまりに彼のことばかりずっと心配していたことに気づいてたくさんのことを失ってしまったのだな、と思った。」

メンタルヘルスについて頻繁に言及しているビリー。「まず最初に自分を愛する必要がある」と言うセルフケアにおける根本的な理念に反するようなことを繰り返す恋人に対して、「私だったら、自分のことをもっと敬意を込めて大切に扱うし、愛する」と言い放つことで自尊心を守っているようにも見受けられる。

[Verse 3]
And I don't talk shit about you on the internet
それに私はあなたのことをネットで悪く言ったりしないし
Never told anyone anything bad
一切誰にも悪いことを言わなかった
'Cause that shit's embarrassing, you were my everything
だってそんなのみっともないし、あなたは私の全てだった
And all that you did was make me fuckin' sad
あなたがしたのは、私をクソほど悲しませることだけ

SNSで他人の悪口を言うことがいかにみっともないか、陰湿なやり口に対する批判が秀逸だ。また、この部分も元恋人との関係性を知らない人にとっては、手のひらを返したSNSで誹謗中傷やいじめを繰り返す「ファン」への苦言にも受け取れる。


So don't waste the time I don't have
だから私にはない時間を無駄にしないで

ここで「あなたは時間があるから良いけど、私は忙しいの」と言うことで、ビリーは、自分の知名度や多忙さを恋人に突きつける。制作やインタビュー、ライブや撮影で忙しいビリーに対して、無職の彼に怒りをぶつけるために立場の違いを示していると感じられる。これは、「Lost Cause」など、他の曲でも言及されているテーマだ。

「自分のことをアウトローだと思っているんでしょうけど
あんたは無職」
I know you think you're such an outlaw
But you got no job


また、「I Didn't Change My Number」では、

I gotta work, I go to work
「仕事しなきゃいけない
仕事に行かなきゃいけない」

また、別の解釈をするならば、短い人生においてうまく行かない恋愛のためにたくさんの時間をお互いが費やしたことを後悔し、これ以上時間を無駄にしないでくれと嘆いているようにも受け取れる。

And don't try to make me feel bad
私に罪悪感抱かせようとしないで
I could talk about every time that you showed up on time
あなたが時間通りに現れた時のこと、一つ残らず語ってもいいけど
But I'd have an empty line 'cause you never did
空白の行になるよ、一度もしたことないからね


ビリーのドキュメンタリーには、コーチェラやレーベル主催のパーティーなど、アダムス氏が参加すると約束したイベントに、時間通りにも全く現れなかったことにビリーが悲しむがシーンが何度か登場する。


「これらのセリフは、アイリッシュの2019年のコーチェラ公演を前に起きた状況を暗示しているのかもしれない。彼女は当時の彼氏、ブランドン・アダムスにコーチェラの無料チケットを提供したが、それは彼女と一緒に過ごすことが条件だった。ビリーはこう説明した。

”私は、あなたにチケットを用意するから、絶対私と一緒に過ごしてねと言ったの。タダで行かせてあげるから、私に会ってねと。彼は "もちろんだ"と言ったけど、もう2日半、彼とは会っていない。”

その日のうちに、アダムス氏はビリーが招待したパーティーにも現れなかった。

”Interscopeのパーティーに来たんだけど、あなたを連れて行くと言っていたのに、来なかったじゃない。来て欲しかったんだよ!一日中一人だった。もう大丈夫だけど。”

このセリフは、2019年3月に発売された彼女のシングル "wish you were gay "のセリフとも平行している。

Nine times, you never made it there
I ate alone at seven, you were six minutes away

9回とも、あなたは現れなかった
私は7時に一人で食事をし、あなたは6分で来られる距離のところにいた」


Never paid any mind to my mother or friends
私のお母さんや友達を気にかけたことは一切なくて
So I shut 'em all out for you 'cause I was a kid
だからあなたのために全員遠ざけた、私は子供だったから

この曲の中で、最もショッキングな歌詞の一つがこの部分。

「Your Power」のリリースに際して、ビリーは曲のテーマが未成年者と年上の相手の間の虐待的な関係についてだと明かし、同世代の人たちは皆、何らかの性的不適切な行為を経験していると語った。


「イギリス版『Vogue』6月号のインタビューで、彼女はこう語っている。”この曲は、一人の人間について歌っているわけではない。あなたは、『彼女が音楽業界にいるからだ』と思うかもしれないけど、そうではない。どこにでもあること」と語った。”奇妙な経験や本当にひどい経験をしたことのない女の子や女性を私は知らない。男性だって、若い男の子は常に利用されている。”

ビリーは、過去には年齢差が人間関係においてどのような役割を果たすのか理解しておらず、それがどれほどダメージを与えるかを理解し始めたのは最近のことだと説明している。”以前は、なぜ年齢が重要なのか理解できなかった。もちろん、若いときは今までで一番年上だからそう感じるのでしょう。自分がとても成熟していて、何でも知っているように感じるから。"

当時、ビリーは事実上は交際に同意していたかもしれないが、実際には彼女は未成年であり、そのような決定をする立場にはいなかった。

ニューシングル「Your Power」に加えて、ニューアルバムには「When I Was Older」という曲が収録されており、このような男性を批判する内容となっている。"私が言いたかったのは、あなたが誰であるか、どんな人生を送っているか、どんな状況にあるか、誰に囲まれているか、どれだけ強いか、どれだけ賢いかは関係ないということ。いつでも利用される可能性があるの。家庭内虐待や法定強姦の世界では、それが大きな問題となっている。つまり、自信に満ちていて意志の強い女の子が、『私はあの時被害者だったの?』となる。自分はよく分かっていると思っていたのに、気がついたら虐待されていたという状況は、とても恥ずかしく、屈辱的で、やるせないものです」。

最近のビリーの恋人も10歳年上であることが問題視されており、そのことについてはこの投稿でまとめている。


[Outro]
You ruined everything good
あなたは良いことを全て台無しにした
Always said you were misunderstood
いつも誤解されているとばかり言ってた

ドキュメンタリーの公開後、2人の関係の詳細を知ったファンがアダムス氏に対して攻撃的なメッセージを送りつけたため、アダムスは自分のインスタグラムのストーリーで弁解を表明した。彼は、「あらゆる状況には常に2つの側面がある」と書き、「誤解」されていることを主張た。


Made all my moments your own
私の活躍を全部自分の手柄にした
Just fuckin' leave me alone (Fuck you)
もういい加減放っておいてよ

常に注目され、常に監視の目を浴びせられているビリーにとって、唯一安心して信頼を委ねられるような相手だった恋人に対して、彼さえも信頼できなくなった末には「ただ放っておいてよ」という悲痛の込められた願望を叫ぶ。”Leave me alone”とは、例えば学校生活についてあれこれ訪ねてくる親に対して「放っておいてよ」とティーンが言い返すシーンが思い浮かぶが、まさにそのような閉じ込めようのない大きな感情と複雑で言語化できず、ただ「一人でいたい」と思わせるような怒りに、聴く側も心が抉られる。

(Ah)
(Goddamn)
(Ah)
(Fuck you)
(Fuck you)


インスタストーリーでファンの質問に対して答えたビリーは、アウトロではこのように叫んでいることを明かした。「Happier Than Ever」と、「幸福感」を感じさせるようなタイトルであり、高揚感溢れるサウンドでありながらも、最後まで相手に対する恨みや行き場のない悲しみをぶつけている。コロナ中に「行く場所がないのに、大きな感情を抱いている」若者たちの音楽的な変化について書かれた記事でも紹介されているように、Olivia Rodrigoの大ヒット曲「drivers license」やConan Grayのブレイク曲「Heather」などのように、悲しみや絶望感を含んだ「アンセムソング」がZ世代に共鳴していることは明確だ。

「Jensen McRaeは23歳のカリフォルニア出身のソングライターで、最近ではPhoebe Bridgersのパロディを鋭く表現して話題になった(彼女のオリジナル曲はTracy ChapmanやMitskiを連想させる)。”私たちは、虚構の幸せから究極の絶望へ、そしてよりニュアンスのある感情の幅を描くようになった。ダークポップにニュアンスがないわけではない。暗さ、絶望、死が主なテーマであるのとは対照的に、(今は)もっと小さくて微妙な痛みを表現している”と語っている。」



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