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東日本大震災:これまでの10年と、これからの10年に向けて

東日本大震災が起きてから今日でちょうど10年になる。多くの人が犠牲になったあの震災から、あっという間に10年が過ぎてしまった、というのが自分の正直な感想だ。

あの日、当時の勤務先のビルの窓から、隣のビルが、まるで岸壁に接岸して波に揺られている船のように動いている様子が見えた驚きは、今でも鮮明に覚えている。そして、揺れの恐怖がおさまり、家族の無事が判明してホッとするのと入れ替わりに、自分はこんな時に何の役にも立っていないのではないか、という激しい無力感に襲われたことも、よく覚えている。それがいわば出発点となって、働く会社と仕事の内容を変え、復”旧”よりも復”興”、新しく物事を興すことに関わらせてもらってきたのが、この10年の個人的な過ごし方だった。

この10年の間に変わったことも変わらないこともあるが、災害を経験しその教訓を生かして、社会がより災害に対して強くなること、それだけでなく社会自体がより良くなっていくことが、犠牲となった方への最大の供養であると、私は考えている。

そういう視点で、当時課題と思ったことが今どうなっているのか、特に自分が震災と震災の後に経験したり関わったりした3つの点から考えてみたい。

在宅勤務(リモートワーク)は進展したか

一つは在宅勤務(リモートワーク)だ。厳密には在宅勤務とリモートワークは同じものではないが、オフィスに縛られない働き方として、ここでは同列に扱いたい。

東日本大震災後からしばらくの間、一部の企業では在宅勤務が取り入れられた。この時にいわゆる BCP として、出社しなくても業務継続が可能なリモートワークの体制を整えておくことの大切さが、改めて認識される機会になった。当時、すでにパソコン・eメールやWi-Fiはビジネスで一般的に利用されるツールであったし、スマートフォンも着々と普及が進んでいた時期であり、それにつれてSNSの利用も増え始めていた。

10年を経て、この在宅勤務やリモートワークに関する取り組みは、昨年(2020年)の新型コロナウイルスの蔓延によって急激に日本でも注目され、一定数の企業が取り入れることになった。しかし2019年までの9年間でどれほどこれに対する対応が進んだのかと言えば、その歩みは非常に遅々としたもの、というのが実態だったのではないだろうか。この記事によれば、昨年4月時点でも4割の企業にテレワークの制度がなく、10月でも数パーセント程度の改善にとどまっている。実運用となると、さらに少ないものと思われる。

幸か不幸か、新型コロナウイルスの影響でリモートワークや在宅勤務に対する認識は高まったが、残念ながら震災の教訓を生かしてその取り組みが進められた、とは言えないだろう。

もちろんきっかけは何でも良いので、こうしたリモートワークの取り組みが東日本大震災の一つの教訓であったということも、どこかで忘れずにおき、その取り組みを一層進めて、コロナの問題が落ち着いても定着させる方向に進めていくのが、震災の教訓を生かすことなのだと思う。

学びは止まらなかったか

2つ目は、学びを止めないということだ。東日本大震災によって学校自体が被災したことはもちろん、学校が一定の復旧をした後も、交通機関の復旧の遅れによって、それまで通っていた学習塾などに通えない生徒たちがいた。私自身は、石巻で仙石線の不通によって仙台の予備校に通うことができなかった生徒たちに、当時所属していた通信会社と、今では取締役となっている教育系スタートアップ企業が連携してオンラインでの教育を行うことに関わった。その頃まだ珍しかったタブレットを使って、前日に長野県の予備校で収録された授業を翌日には石巻でオンラインで見られるという、今からするととてもシンプルな仕組みではあったが、オンラインで学ぶことの可能性を示すことができたように思う。

こちらも、文部科学省が GIGA スクール構想を提示し教育のデジタル化に取り組むことを発表するまでリモートワークと同様あまり大きな進展がないままに来てしまった。正確には、ここにきてようやくGIGAスクール構想の「おしりに火が付いた」状態になった、と言うべきだろう。

教育もリモートで行わざるを得ない、ということが昨年の新型コロナウイルスの流行で顕在化したが、これについても新型コロナウイルスによって初めてもたらされた課題ではなく、東日本大震災から持ち越しの課題であったことを心に留めておきたい。

送金の利便性は改善されたか

最後に金融機関の送金の問題である。東日本大震災はその大きな反響が世界各国に及び、義援金の申し出が国際的に起こった。特に台湾から大きな協力をえたことは多くの人の記憶に止まっているところだ。

この時、私個人にも日本への募金を送りたいがどうしたらよいか、という問い合わせを受け、ジャパンプラットフォームを受け皿として海外からの募金の受付の窓口を開設することのお手伝いをした経緯があった。

それから10年が経ったが、国際間の資金移動に改善が見られたのかといえば、残念ながら日本の金融機関の側からは大きな変更はなかったと言うべきだろう。一方、 フィンテックと呼ばれる一連の新たな金融関係の動きとしてトランスファーワイズ(現社名ワイズ)の国際間の送金サービスは大変革新的なものがある。費用の安さもさることながら、資金移動の手続きが非常にスピーディーに行われ、これまでの銀行間送金が現代のものとは信じられないくらい古く感じさせるインパクトを、実際に利用して感じた。奇しくも、この会社は2011年にサービスを開始している。

既存の銀行が、自らのビジネスモデルを否定することは出来ないとしても、システムの使いやすさや手続きのスピードについては、改善することは出来るはずだと思う。それが、今でも基本的なシステムの問題で先日も大規模なトラブルを起こしている、というのが日本の銀行の現状だ。

こうした国際間の資金移動は、マネーロンダリングの問題など慎重に取り組まなければいけない側面があることも事実。しかし、必要な時に必要なお金を迅速に届けることが、災害などの緊急時に大きな役割を果たすのだとしたら、最新の技術を使ってそれを実現することもまた、東日本大震災の教訓を生かす一環と考えることができる。

この10年で変わらなかったことばかりを挙げてしまったが、もちろんこの10年で日本の社会が良くなった事も多々ある。一方でここに挙げたようにまだまだ対応しなければいけない課題は多く残されたままである。

過ぎてしまったこの10年はそれはそれとしても、これからの10年、そしてその先も、あの時に必要とされたことが何であったか、ということを考えながら、言ってみれば2011年3月11日を原点として、私たち一人ひとりがこれから何をやっていくべきなのか、あるいはどんなことができるのか、考えていくことが必要なのではないか。

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