人間化するペットビジネスのトレンドと新事業の開発
日本で飼われている犬は700万頭、猫は890万頭と推計されており、全世帯の2~3割にあたる家庭はペットを飼っていることになる。単身世帯の増加や高齢化によりペットを飼える世帯は、やや減少傾向にあったが、コロナ禍では再びペットに癒しを求める人が増えた。ペット業界は景気変動の影響を受けにくいのが特徴であり、経済産業省の商業動態統計によると、ペット用品の販売額は2015年に年間2450億円が、2021年には2850億円にまで伸びている。
ペットは家族同然に扱われるようになったことで、犬猫の平均寿命は14歳前後にまで伸びている。その分、飼育にかかる費用も上昇しており、ペット保険のアニマル損保の調査(2020年)によると、犬の年間平均費用は34万円、猫は16万円となっている。ペットの生涯でみると高級車1台分の費用がかかることになるが、飼い主の中では、金額よりも「長生きしてほしい」という気持ちが勝るため、ペット向けの支出は、高くても良い商品を選ぶ傾向が高まっている。
そのため、有望市場を開拓したい企業や起業家にとっても、ペット業界には新商品や新サービスを生み出せるチャンスが豊富に眠っている。ペット用食品だけでも、世界では1030億ドル(約14兆円)の市場規模があるが、飼い主達は現状の商品に満足しているわけではない。
市販されるドッグフードは、原料となる肉、魚、野菜などを粉砕した後に、加熱、成型したドライフードが主流だが、その中には人間用の食材としては適さないグレードの材料を使うことで原価コストを抑えている。
廃棄される牛や豚などから食用に適さない肉や内臓を、粉剤、熱処理して再加工することは「レンダリング」と呼ばれ、飼料やドッグフードの原料に使われている。そこに風味や見栄えを良くするための香料付きオイルや着色料がコーティングされ、賞味期限の延ばすための酸化防止剤も添加されて製品化される。
こうしたドッグフードが愛犬の健康に与える影響を心配する飼い主は多いことから、「人間でも食べられる品質」で作られたフードへの需要が高まっているのだ。
また、飼い主の悩みとして上位にあるのは、留守中の世話や、自分が高齢でいつまで世話ができるかわからない、といった問題である。動物には人間の心を癒やす力があり、認知症予防の効果があることも報告されているが、ペットの面倒を最期までみられる自信が無いという理由から、躊躇している高齢者も多い。それらを解決する新サービスが注目されており、海外ではペット分野のスタートアップ企業も多数登場してきている。
【人間化されるペットフードビジネス】
海外でもコロナ禍以降のペット市場が成長しており、ペット関連商品全体では年率25~30%で売上が伸びている。これは、家で過ごす時間が増えたことでペットを飼う世帯が増加したことに加えて、高付加価値のペット商品に対する需要が伸びているためだ。
そのトレンドとして浮上しているのが「Pet Humanization(ペットの人間化)」というキーワードだ。飼い主とペットは「親と子」としての関係性が強くなっており、子供と同じコストをかけても構わないという価値観から、ペット向けの商品やサービスにも、人間と同等レベルのものを求めている。特に健康への配慮から、地元産で天然素材を使ったペットフードへの需要が高まっており、ローカルな食品業者が、ペット業界に参入できるチャンスが広がっている。
具体例として、英国の南端部にあるコーンウォールで2016年に創業した「Fish 1st UK」は、天然魚を原料としたペット食品を製造する会社として急成長している。コーンウォールの主力産業は漁業であることを活かして、現地から調達された50種類以上の魚を原料として乾燥させ、ジャガイモを加えた犬用のクッキーを開発している。
魚に含まれる脂肪酸は、人間の健康に良いことは知られているが、犬にとっても、肌のかゆみを減らしたり、免疫効果を高めて慢性病を予防する効果が期待できる。 価格は1kgのパックで18.49ポンド(約3100円)と高いが、魚は低カロリーなため、愛犬の体重をコントロールしながら与えられるオヤツとして人気がある。
また、2010年に米カリフォルニア州で創業した「JustFoodForDogs」は、米農務省のオーガニック認証を取得した新鮮な食材のみを原料としたドッグフードを製造販売している会社で、社内に所属する栄養士が、犬の健康と栄養に配慮したレシピを15種類以上開発している。さらに、持病を持つ犬に対しては、獣医との提携により特別メニューの開発も行っている。こちらは、獣医処方食品として、米国のペットフード業界で伸び始めているものだ。
フードの調理は、カリフォルニア州アーバインとデラウェア州ニューキャッスルにある専用の厨房施設で手作業によって行われている。この厨房設備は製造工程の透明性を保つため、一般の見学者も受け付けている。完成した商品は冷凍保存され、宅配便による顧客への直送、または全米にある提携店舗(ペットショップなど)で受け取ることができる。
定番メニューは、含まれる食材によって価格が異なるが、それぞれ3種類のボックスサイズで販売されている。一例として、スモール(約3.5kg)が62.6ドル、ミディアム(約10.7kg)が187.9ドル、ラージ(約14.2kg)が223.6ドルという設定(送料無料)だが、定期購入の申込をすると5%の割引価格が適用される。
消費期限を延ばすための防腐剤は使われていないため、1回の注文では2~3週間分の量を注文することになるが、このフードを常用した場合にかかる食費は、体重が9kg前後の小型犬では、1日あたりおよそ5ドル、1ヶ月で150ドル(約2万円)になる。通常の犬の食費は 月5000円前後が平均のため、約4倍の高さだが、愛犬の健康を気遣う飼い主からは高評価のレビューが付いている。
従来のドッグフードは、原材料に何が含まれているのかを飼い主が把握することが難しく、有名なブランドであることが購入理由の上位に挙げられていた。しかし最近では、詳しい原材料や製造方法を公開する、透明性の高い中小メーカーが支持されるようになっている。それら業者の特徴は、eコマースによる製造直販(D2C)のビジネスモデルを形成していることである。
市場調査会社のMeticulous Researchによると、世界のD2Cペットフード市場は、年率25.2%のペースで急成長しており、2028年には81.6億ドルの規模になることが予測されている。これは、ペットフード流通の6割近くがネット直販型に切り替わることを意味している。ペットフードは、愛犬が気に入るとリピート購入する確率が高く、定期発送型のサブスクビジネスにも適しており、原材料にこだわったとしても、高い収益性が見込める。
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