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「アート思考」ってなんだ? 〜アートとスタートアップは同じ夢を見るか

© comemo992439091

こんにちは。uni'que若宮です。

これまで企業での新規事業を長くやってきて、いまはITのスタートアップを経営しているのですが、そんな僕が改めて日増しに関心を強くしているのが、アートです。

といっても実はもともとは建築やアート研究をしていたバックグラウンドがあるので、”原点回帰”といえなくもないのですが、いわゆる「イノベーション」をめざしてスタートアップする中で、これからアートの意義がますます重要になる、という実感を強くしています。

アートとビジネス、それぞれのムラ

建築→アート研究→大企業新規事業→スタートアップ、とこれまでのキャリアが紆余曲折あったのものあり、僕は①建築、②アート、③アカデミック、④大企業のオープンイノベーション周り、⑤スタートアップやベンチャーキャピタルの人、といろいろなコミュニティの人と接しています。

いろんなコミュニティにいて思うのは、割とそれが分断された「ムラ」になっているということ。

それぞれにそれぞれの論理というか、イデオロギーみたいなのがあって、牽制しあっていたり、そもそも交わらなかったりする。

例えば建築は、やはりいまだ物理的に箱やハードをつくることに矜持をもっている人が多くて、同じく空間設計や体験に関わるVRとかテクノロジーを敬遠していたり、アート界隈でビジネスモデルの話をすると金の亡者みたいに爪弾きにされたり、美大系アートの人は、アカデミックな理論や研究者をうざがっていたり。

でも、それぞれの界隈にいるとそれぞれすごい面白い人とかいたり、かなり親近性もある発想を持っている人もいる。

そんな中でも特に、もっともっと交流し、刺激し合うべきだと考えているのが「アート」と「スタートアップ」です。

イノベーションとしてのアート

ペイパル・マフィアのドン、ピーター・ティールの著書『ゼロ・トゥ:ワン』はこんな言葉で始まります。

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」

ゼロ・トゥ・ワン、すなわち0→1型の新規事業は価値そのものをアップデートするため、既存の枠組みでは理解できず評価が難しい、それを表した言葉です。

実際に、大成功したスタートアップでも初期には「おもちゃ」にしか見えなかったり、バカにされたりするもの。大企業の新規事業においてはこれはもっと深刻で、「イノベーションのジレンマ」という組織的問題もプラスされ、イノベーションを実に難しいものにしています。

wikipediaで「イノベーション」を引くと、

イノベーション(英: innovation)とは、物事の「新結合」「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。一般には新しい技術の発明を指すと誤解されているが、それだけでなく新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。つまり、それまでのモノ・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを指す。

とあります。

僕はつねづね、イノベーションとは「技術革新」と「文化革新」の両方によってなされるものだと言っているのですが、先のwikipediaの引用にも「一般には新しい技術の発明を指すと誤解されているが」とあるように、「イノベーション」というとどうも「技術」に偏重しがちなように感じます。

AI、ロボティクス、IoT、ブロックチェーン、こういったバズワード的テクノロジーに「イノベーション」の期待がかけられ、その技術を使ってさえいれば資金が集まりやすかったりしますが、そもそもニーズがないことをしていたり生活を変えることもないままに終わってしまうケースはたくさんあります。最近でいうとfacebookの3D写真がわっと流行りましたが、それだけではイノベーションになりません。(そういえば一時期3Dテレビというのもありましたね)

元WIREDの編集長だった若林恵さんはこんな風に言っています。

未来というのは、なんと20世紀的なコンセプトなんだろう。そして、ここに、もれなく貼り付いてくるテクノロジーということばの、なんと「近代」なことだろう。で、このふたつは、なんでこうまで自動的にワンセットなんだろう。未来を考える、即、テクノロジーを考える。日本では、ことさらそうだ。テクノロジーがもたらす輝かしい未来。って、それ、1970年のコンセプトだろう。そんな未来、とっくに終わってるぞ。と、いくら言っても効き目はない。

https://sayonaramirai.com/introduction/

どれだけハイテクか、というのと、どれだけ生活を変革するか、というのは比例しません。

たとえばfacebookやInstagramは確実にひとびとの生活を変えましたが、ものすごいハイテクを使っていたわけでもありません。もちろん今は裏でAIなどごりごりの先端技術が使われていますが、むしろ「実名ソーシャルグラフ」と「いいね!」の発明が大きい。

それどころか、全くテクノロジーを使っていなくても生活の変容は起こり得ます。

たとえば宗教がそうです。たった数年でハロウィンが大盛り上がりしもう渋谷が大変なことになってきていますが、これももともとは宗教的行事ですよね。

そして日本にちょっと不足している、そういう「文化革新」の視点を与えてくれるもの、その典型がアートだと思うのです。

ところでみなさんは、バンクシーやマルセル・デュシャンの名前をきいたことはありますか?

疑い、問う

先日、サザビーズで落札後、作品がシュレッダーにかけられ話題になった「バンクシー」というアーティストがいます。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36233430X01C18A0CR8000/

「いたずら」と記事には書かれていますが、バンクシーは単なる愉快犯ではなく、「作品」という概念についての問いを仕掛けました。

アートという営為の価値の射程はどこまでなのか?

アートは一般に「作品」に結実し、そこに価値があると信じられています。ですが「作品」はもちろん変化も劣化もしますし(実は「アートの修復」というのはとても面白いテーマです)、パフォーマンスアートやイベントのようなものもあります。その意味で「作品」というのは必ずしも物理的なモノに限られるわけでも、固定的なものでもありません。

バンクシーはグラフィティや路上展示で作品を発表してきたストリートアーティストです。ストリートアートというのは美術館に収められる美術品とくらべると刹那的な性質をもっています。彼にとっては、必ずしも「作品」として残ることはアートの要件ではないかもしれない。

それを「作品」の価値が最も高まり確定されるオークションの場で、しかも落札直後にやってのける、というのがなんとも挑発的でバンクシーらしいわけですが、「作品」の価値が確定された瞬間に「作品」を壊す、それそのものがアートなのです。

バンクシー的なコンセプチュアルアートの大先輩にマルセル・デュシャンという人がいます。(いま東博で展覧会をやっているのでお時間があればぜひ観に行くことをおすすめします。)

http://www.duchamp2018.jp

たとえば彼は『ニューヨーク・アンデパンダン展』という展覧会において、「R.Mutt」とサインした男性用小便器に『泉』という題名をつけ、匿名で出品しました。しかしこの作品は、主催者から展示を拒否されてしまいます。ですが、皮肉にも(もしくは狙い通り?)その「拒否」を通じて伝説的に有名な作品となったのです。

というのもこのアンデパンダン展、その題名も表すとおり権威からの自由を目指したもので、”無審査で誰でも出品できる”というルールだったのです。それにもかかわらず、協会はこの作品の出品を許可しなかった。(実はデュシャン自身、アンデパンダン展の委員でもありました)

便器は美的な意味でアートとしてふさわしいのか?そもそも小便器にサインするだけでそれを作品と呼べるのか?(いわゆるレディメイド)

デュシャンは挑発的に、「アート」の中に暗黙的におかれていた”作品の条件”を違反する問いを提出することで、固定的な既成概念とそれが必ずしもアートの絶対条件ではないことをあぶり出したのです。

「アート」とは既成概念の拡張?

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このような「いたずら」をした彼らは、あくまで一部の変わり者でありアートの傍流なのでしょうか?

彼らはミケランジェロやレンブラントのような美しい作品を作るアーティストと比べると「イロモノ」なのでしょうか?

実はアートは、内在原理としてそもそもがそのような、既成概念を拡張しようとするモーメントを持っています。

「アート」と一口に言っていますが、その定義は実はとても難しく、古来から多くの哲学者や美学者を悩ませてきました。というのも、アートという営為の内実は、全く固定的でも安定的なものでもないからです。

むしろそれは、不断に変化してきた、といった方がいい。

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アートの一部、「美術」と言われるものだけでもこれだけの変化をしています。

いま「アート作品」というと、アーティストの”個”の自由な表現という感じがするかもしれません。ですが、そうなったのはたかだか19世紀・近代以降、「作者」という概念ができてからのことなのです。それ以前はアーティストは政治家や宗教団体のような権力者(=パトロン)のもとで、その威を増すために肖像画や宗教画を書いていたのであり、”個”の自由な表現ではありませんでした。

このように「アート」は、その主体も対象も、どんどん変化させてきました。subjectもobjectも異なるなら普通はまったく別のものなのに、ずっと同じ単語で呼ばれている、「アート」はそういう不思議なものなのです。

逆説的ながらこのように変化し、不断に外縁を拡張していくことこそが、「アート」をアートたらしめるのだと言えるかもしれません。

(建築の外縁拡張のケースについて書いた修士論文を公開しています。すごい長いので興味がある人だけ読んでください)

https://note.mu/kazz0/n/nc8a07771dd41

アート思考?

さて、「アート思考」について。

「アート」に「思考」というのをつけたこの言葉、そもそもの呼び名に違和感がある方もいると思いますが、今のところあまり適当な呼び方が思いつかないので、いったんそう呼ぶことにしましょう。

「アート思考」とはなにか?それは「アート」とは何がちがうのか?そしてなんのためのものなのか?

僕がここでいう「アート思考」は、「ロジカル思考」「デザイン思考」との対比においての言葉づかいです。

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「ロジカル思考」「デザイン思考」はビジネスの中で使われてきた言葉ですので、「アート思考」という時の射程も、いったんはビジネスにおいてバリューをつくるための”アート的なアプローチ”のように考えていただくといいかもしれません。

ここまで述べてきたように、アートはイノベーションと親近性があります。それは既存の概念を挑発し、それを拡張することを内在原理とするからです。

所有やモノの消費の時代が終わり、コトやストーリー消費にシフトし、効率的作業はAIがやってくれる時代。そんな時代の変化の中でユニークさやクリエイティビティがこれまで以上に重要になると言われたりします。そしてビジネスにおいても、合理的解決だけでなく「破壊的」イノベーションが求められるようになりました。

破壊(disrupt)ーーー既成概念や既存のビジネスを破壊してしまうほどの非連続の変化。とくにスタートアップや0→1型の新規事業が目指すのはそういうものです。

ロジカル思考/デザイン思考/アート思考

「アート思考」への要請はこのような時代の変化にもリンクしています。

もともとMBAやコンサル的な「ロジカルシンキング」があったけれど、ロジックだけでは解決できない課題がある、ということでスタンフォードのdスクールなど、デザインのアプローチをビジネスに適用する「デザイン思考」というのが生まれました。

そしてその先に、既成概念を超えたイノベーションを生むためのモーメントとして「アート思考」が考えられている。

例えば、ミスルトゥの西村真理子さんらは「アートシンキング」を体験するワークショップとして、フランス発祥の「Improbable workshop」というのをいま日本に持ち込んでいます。

https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/15/art-thinking_a_23502432/

この中で目指される価値観が「Improbable(あり得ない)」であるように、アート制作のプロセスを通じて”既成概念を越える”というのがそのモチベーションです。

僕は、「アート思考」は「ロジカル思考」や「デザイン思考」とはたとえば次のような点で異なると考えています。

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・1. solutionかquestionか

DOMMUNE代表の宇川直宏さんはこう言います。

アートは受け手にカタルシスを与え、デザインは受け手に快楽を与える。アートは問い、でデザインは答え。アーティストは患者で、デザイナーは医師。アートは毒で、デザインは薬。

http://wired.jp/series/wired-audi-innovation-award/12_naohiro-ukawa/

ロジックやデザインが、課題を解決するsolutionであるのに対し、アートは正解を目指しません。既存の価値観を揺るがし、それを転覆しようとする点で、それはあたかも「問い」のようです。

・2.「N→1」か「1→N」か

そしてこのことは「一」と「多」の方向の違いにも繋がります。

ロジックは誰もが共通の答えにたどり着くことを目指します。論理的に考えればみんなが同じ答えにたどり着く。多くの人にブレのない共通の認識をもたらすため、特に製造業など工業化・マス化の段階における効率化には非常に強い力を発揮します。一方でみんなが同じ答えにたどり着くということは、たとえば新規事業などにおいては「ユニークなバリュー」が生まれづらく、過当競争になってしまいます。

一方、デザインは論理だけではなく感性を使います。感性的に課題解決に向かうため、ロジックでは解けない課題を解決したり、より直感的・直截的にユーザーの体験に介入できたりします。

デザインにはアフォーダンス(affordance)やナッジ(nudge)のような理論がありますが、たとえばドアのノブは、それを初見で見た人でも掴んでひねりたくなる形状がいいデザインということになる。誰もが直感的・感性的に行動として誘導される。そういう意味ではデザインも多を一に収斂させていく志向を持っています。「hack」も近いですね。

これに対し、アートは一を多に開きます。作品の意味には正解はなく、鑑賞者それぞれの経験や感情を引きずり出し、それぞれ異なる葛藤や意味を生みます。

例えば、バンクシーにこういう作品があります。

https://www.instagram.com/p/BmTecS3hJnG/

みなさんはこれを見てどう感じるでしょうか?

子どもたちが老人を背負っている、下の世代が上の世代を支える重圧を表し、高齢化社会を批判する作品だ、と見ることもできます。

しかしこの絵はシルエットです。本当に子供は老人を背負っているでしょうか?実は背負っていないかもしれない。手をつないでいるようにもみえますが、手すらつないでいないかもしれないし、もしかしたら後ろの老人は異性のカップルでもないかもしれない(スカートを履いているようにみえますが頭部は男性にも見えます)。このような多義性がアートの特徴であり、デザインとの違いです。

・3.あたまとからだ

鑑賞者それぞれの経験や感情、それを引きずり出すことができるのは、アートが「あたま」だけではなく「からだ」も使うからです。もちろん、文学やコンセプチュアルアートは知的理解なしでは成り立たないのですが、音楽や舞踏など理屈抜きに鑑賞者それぞれの「個的体験」が引きずり出される、それもまたアートの特徴です。さきほどのバンクシーの作品にどのように反応するかは、世代や国、そして自己のそれまでの体験によって違う。それは「あたま」と「からだ」の両方に作用する。

アートとビジネスは交わるか?

さて、ここまで書いてきたように、アートは「ロジック」や「デザイン」とはまた違う仕方で、新しい価値、それも既成概念を超える新しい価値を生むものです。

そしてそのような姿勢は、既成概念を超えるイノベーションを目指すスタートアップや企業の新規事業にとって親近性があり、シナジーが生まれる可能性があるはずです。

しかしいまのところ、まだまだアートとスタートアップは別々のムラになっているように思います。アート界隈の人がスタートアップのコミュニティに顔をだすことは少ないし、スタートアップ界隈の人がアートに触れる機会自体あまり多くありません。(忙しすぎるのかもしれませんが)

VRやMRのような新しい技術の可能性を追求しつつも、メディア・アートとしてそれをするアーティストとスタートアップとしてそれをする経営者が語り合うことは少ない。

どちらものコミュニティに足を突っ込んでる身として、アートとスタートアップは相互に影響し合うことが増えれば、社会全体としてイノベーションの可能性が増えるはずだ、と考えます。(そしてまたそれはアートにとっても新しい刺激になるはずです)

たとえば今、ある新商品の企画をやっているのですが、このプロジェクトでは日頃ビジネスの企画にあまり入ることのない演劇家の友人と協働してみています。そうするとビジネス脳とはまったくちがう、「体感」から考えるような発想が出てきたりしてとても面白い。

https://comemo.io/entries/11104

それを「アート思考」と呼ぶのが適切かは議論があるところでしょう。また「アート思考」と呼ぶにしても、そのメソッドはまだ明確に定義されてもいません。

ワークショップのようなプログラムがいいのか、両者が集まるコミュニティがあればよいのか、あるいはビジネスの現場にアーティストが入って協働する、もしくはその逆というやり方もあるかもしれません。

アートは「問い」であり「毒」なので、それがそのままビジネス的な解決になる、ということはないでしょう。またビジネスパーソンもアート作品をつくれるようになるべきだ、とかビジネスイノベーターはアーティストだ、と一緒くたにしてしまうのも違います。ですが、どのような方向に向かわせるかはわからないとしても、(東京大学の岡田猛さんが提唱するように)「触発する」という形でアートは変化をもたらすはずです。

© comemo992439091

正解はまだわかりませんが、とりあえずアートとスタートアップが出会えば世の中はもっと面白くなる、そう思っています。

アーティストと研究者、スタートアップやビジネスの人間、投資家、そういう人が横断的に出会う場をこれから仕掛けていきたいと思っているので、ご興味のある方はぜひ一緒にやりませんか。

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