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「幸せ」という言葉は誤解されやすい。なぜか。

最近、幸せ、ハピネス、ウエルビーイングという言葉を聞くことが多くなった。
ただし、これらの幸せに関する言葉は誤解されやすい言葉だ。

というのも、我々は、幸せか不幸せか、ポジティブかネガティブか、という二分法でものを見やすいからである。実は、この二分法は、正しく物事を理解することと相容れないことが多い。

例えば、私のグループでは、幸せを定量化する技術を開発して、発表してきた。ところが、この時、必ず「不幸せは測れないのですか」という質問を受ける。

「温度計を使えば温度(温かさ)が測れます」というのに対し、「それでは、冷たさは測れないのですか」と聞かれたようなものである。温度が測れるというのは、温かさが測れるということであるが、それは同時に、温かさが低下することも測れることでもある。そして、温かさが下がることが冷たさである。従って、温かさと冷たさとは、同じことを逆からいっているに過ぎない(上から見るか、下から見るかかの違いだ)。

東京で、上り坂と下り坂はどちらが多いですか、という引っかけ質問がある。答は「同じ」である。同じものの見方の違いをいっているに過ぎない。

同様に、幸せが測れる、というのは、幸せが下がったことも測れなければならない。幸せが下がることが不幸が起きていることなので、幸せが測れるのは、不幸せが測れることと等価である。

残念ながら、現状は誤解が多いのが実情だ。温度計では冷たさは測れないと思う人がいるし、幸福度計では、不幸は測れないという印象を持つ人が多い。さらに、幸せの研究では、不幸は扱わないと理解する人がとても多いのだ。

実は、この悩みは「ポジティブ心理学」という分野が1998年に始まって以来、多くの人を悩ませてきた。ポジティブを対象にするというのは、ネガティブな状態や人を対象にしないということですか、と誤解されやすい。

この二分法的な誤解を避ける方法はないだろうか。

一つには、幸せやポジティブという言葉に変えて、誤解されにくい別の言葉を使う方法が模索されてきた。ウエルビーイングという言葉を、幸せやハピネスという言葉の代わりに使う動きの大きな理由はここにある。ただ、ウエルビーイングは、幸せやハピネスより普通の人にはわかりにくい(だから文句をつけにくいのでいいという面もある)。ただし、ウエルビーイングと幸せやハピネスは違うのですか、という本質ではない疑問をさらに生む。さらに、ウエルの反対、イルビーイングは取り扱わないのか、という人も出てくる。その意味で、根本的な解決にはなっていない。

別の手段として考えたのが、「幸せの増減を測る」「幸せの増減の尺度」というのはあるかもしれない。さらに別案としては、「幸/不幸を測る」「幸せ/不幸せの尺度」と併記してしまうやりかたもあろう。これは、二分法につきまとう問題には、敢えて触れず、両方の併記で分かった気にさせるというものだ。

まだ決定版はないが、誤解を避けて、この幸せづくりへの仲間や賛同者を増やす意味で、言葉は意外に大事かもしれないと思う。


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