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おとなが勉強するのは何のため? "おとなの勉強"を5種類に分けてみた

みなさんは"おとなの勉強"というと、どんなものを思い浮かべますか?

パッと思いつくのは資格語学、最近でいうとプログラミングなどでしょうか。あるいはライティング、マーケティングやPR、動画制作といった具体的なスキルが身につくクラスも人気のようですね。

「やってみたいから」「憧れだから」という方もそれなりにいると思いますが、その裏には「変化しつづける社会に少しでも合わせておかないと」という切実な思いがあるようにも思います。

もし「おとなが勉強するのは何のため?」と問われれば、いうまでもなく「キャリアアップのため」あるいは「生き残るため」と答える方がほとんどかもしれません。


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いまの世の中で求められている知識やスキルを身につけることで、確かに仕事の選択肢は広がっていくでしょう。しかし、馬車の運転手が車の登場によって仕事を変えざるをえなかったように、旬の知識やスキルは時代の流れによって移ろいゆくものです。

僕でいうと、15年も昔のHTMLの知識はもはや使い物にならないように、つねにun-learn(学んだことを手放すこと)したり、磨きつづけていかなくてはなりません。

「うーん、なんだかいつも誰かに強いられている気がするなあ...」

そんな、そこはかとない社会的なプレッシャーに巻き込まれてしまうと、勉強はしんどいもの、やらされているもの、できればしたくないものになってしまうのも無理ないでしょう。


社会からの要請と、自分からの情熱と

一方、"おとなの勉強"には、必ずしもいまの社会からは求められていない、何につながっていくのか自分さえわからない、そんなものがあってもいいと思うのです。

だってそもそも「study」の語源とは、「情熱、熱意」を意味する「studium」というラテン語だったのだから。(実は「student」とは、「情熱をもったあらゆる人」のことなのです!)


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僕の英語の肩書きも「student」


「いまの社会からは求められていない」というのは、決して後ろ向きな意味ではありません。

今すぐには役に立たないかもしれないけれど、自分の中から湧き上がってくるもののなかからいくつかの種を蒔いてみる。するとそのうちのひとつが、いつか時代が追いついて社会の中で花を咲かせたり、次のステージの自分を支える屈強な根っこになったりする。

ミラクルな展開に聞こえるかもしれないけれど、それは大いにありえます。むしろ、社会からの要請と自分からの情熱が自然と重なったとき、他の人には真似できない、真にその人らしい働き方が実現できると思うのです。

自分の中にまったく"貯金"がないと、社会から必要とされるたびにゼロから準備することになります。それは確かにしんどいですよね。

そうではなく、先に自分の中に"貯金"をつくっておいて、社会から必要とされる文脈に合わせて、「待ってました!実はこんなことを試していまして」と提案していく。そんな未来への種まきをこそ、僕は自ら強いて勉める"あたらしい勉強"と呼んでみたいのです


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まずは、おとなにとっての4つの勉強

では、いま必要なスキルを身につける勉強のほかに、どんなおとなにとっての勉強がありえるのでしょうか。"あたらしい勉強"を社会的/個人的広い/深いというシンプルな四象限で分けてみたのが、こちらの図です。


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おとなにとっての4つの勉強(あれ、5つじゃないの?)


ここで「広い」とは、さまざまな知識やスキルを身に付けて、できることが掛け算のように広がっていく「スケールアウト」的な発想で、より直接的に成果とつながったり、どちらかというと短期的にアウトプットできそうなものを指します。

一方の「深い」は、自分の興味や関心事に深く入りこんで、アウトプットの質を高めていく「スケールディープ」的な発想で、必ずしもすぐ成果に結びつくことはなく、アウトプットまでにそれなりに時間を要するものです。多くの人にとっては「深い」よりも「広い」の方が優先順位が高いだけでなく、そもそも「深く探求したいテーマがない」という方も少なくないでしょう。

こうして社会的/個人的広い/深いで分けてみると、

①社会的/広い=STUDY for DESIGN(デザ勉)
②個人的/広い=STUDY for RESOURCE(リソ勉)
③社会的/深い=STUDY for VISION(ビジョ勉)
④個人的/深い=STUDY for BEING(ビー勉)

という4種類の勉強が浮かび上がってきました。


①社会的/広い=STUDY for DESIGN(デザ勉)

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ここまで触れてきた、資格や語学、プログラミング、ライティングなど足りないスキルを身につけようとする勉強(つまり一般的な"社会人の勉強"の大部分)は、この領域にあたります。僕でいうと、授業ですぐ試すことができそうなワークショップの具体的なメソッドを調べることなどがあてはまります。

知識やスキルを身につけることがゴールではなく、その先にきっと何かしらのつくりたいもの(作品という意味だけでなく、仕事のプロジェクトなど)があるはずなので、デザインという言葉を講義に捉えて、STUDY for DESIGN(デザ勉)=「画期的な仕組み」を作り出すための勉強と呼びたいと思います。

【STUDY for DESIGN(デザ勉)の例】
・資格
・語学
・プログラミング
・ライティング
動画制作
・授業ですぐ試すことができそうなワークショップの具体的なメソッドを調べること など


②個人的/広く=STUDY for RESOURCE(リソ勉)

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2つめは、個人的な趣味や好きなもの/ことについて、人とは違った角度で調べてみる勉強です。僕でいうと、最も影響を受けた人物である空海や、特に大好きなリバプールFC(とクロップ監督)などがあてはまります。

あくまで個人的なので、社会的にどう役立つかはひとまず置いておいた方がより楽しめそうですが、とはいえただ受け身に消費するだけでは"勉強"とはいえません。(もちろん、そうした息抜きが悪いという意味ではないです)「リソース」は「資源」という意味ですが、新しいコンセプトの提案につながるようなリソースを発見していく勉強なのです。

アリストテレスは幸福を、快楽的な幸福である「ヘドニア」と、自分の可能性を最大限に発揮できている実感のある幸福である「ユーダイモニア」と分類しましたが、ここではユーダイモニアが鍵となります。

例えば海外サッカーが趣味なら、ただダイジェストでゴールシーンを追いかけるだけでなく、監督の戦術に着目して組織のマネジメントにいかしてみる。そんなふうに好きなもの/ことを"創造的に"消費することを、STUDY for RESOURCE(リソ勉)=「秘められた価値」を引き出すための勉強と呼びたいと思います。

【STUDY for RESOURCE(リソ勉)の例】
・自分にとって特別な趣味(海外サッカー? 温泉? 相撲?)
・自分にとって特別な食べ物/飲み物(寿司?)
・本当は行ってみたい場所(アイスランド?)
・恋人や家族、親友にしてあげたいこと(エサレンマッサージ?) など


③社会的/深く=STUDY for VISION(ビジョ勉)

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3つめは、"自分ごと"として強い問題意識を持っている社会的なテーマについて探究していく勉強です。僕でいうと、教育問題や環境問題などがあたります。(写真はマイクロプラスチック)

統計や白書といったさまざまなデータや専門家の解説、ときには現場の声などを頼りに、あるテーマについて解像度を高めていくわけですが、俯瞰できるようになるまでには、それなりに時間がかかるかもしれません。ときには、調べれば調べるほど気が滅入ってしまう、ということもあるでしょう。

そんなとき大切なのは、まだメインストリームではないけれど、未来を切り開きそうな予感のある、さままざな"兆し"を見つけること。モヤモヤをきっかけに、ワクワクする未来に転じていくからこそ、この勉強をSTUDY for VISION(ビジ勉)=「ほしい未来」を描き出すための勉強と呼びたいと思います。

【STUDY for VISION(ビジ勉)の例】
・いつも怒りや悲しみを感じてしまうニュース(教育問題?)

・暮らしの中で「なんとかしたい」と思うこと (夫婦喧嘩?) など


④個人的/深く=STUDY for BEING(ビー勉)

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4つめは、自分のルーツやかつての夢など、自分自身の半生を振り返る勉強です。個人的であり、とても深いテーマなので、この旅路がどんな形で終わることになるのか、本人にもわからないでしょう。

僕でいうと、鳥海山の麓にルーツがあるからか、出羽三山の修験道に惹かれています。いつかいち沙門(修行者)として歩いてみたい。

あるいは、かつてのファッションデザイナーへの憧れを思い出しながら、「今だからこそできることはないかなー」と妄想したりすることもあります。そうやって私たちは、人生も折り返しに差し掛かかると、かつての自分と再会していくのかもしれません。しかも、ひとまわり大きくなってた自分として。

当時はよく意味もわからずに、好奇心の赴くままに、あっちこっちにフラフラしていた経験が、やがて意外なかたちで実を結んだりする。そうした確かな"情熱の痕跡"を頼りに、もっとも身近な存在である自分自身の根源と深くつながることこそ、STUDY for BEING(ビー勉)=「本来の自分」を思い出すための勉強なのです。

【STUDY for BEING(ビー勉)の例】
・10代の夢や就職活動で志望したこと(ファッションデザイナー?)
・意外と知らない地元のこと(出羽三山?)
・家族がやっていた仕事(学習塾?)
・"本来の自分"に戻れる場所(マウナケア?) など


すべてを統合する5つめの勉強

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では、5つめの勉強とは?

それはデザ勉、リソ勉、ビジョ勉、ビー勉をつづけた先に、機が熟したときに、(いい意味で)不意打ちのようなタイミングで、それらを統合する5つめの勉強が立ち上がってくるのでは...といまのところは考えています。それこそまさに「人生のテーマ」といえるもので、それと出会うには小さくとも布石を置きつづけていくしか方法はないような気がするのです。

僕にとってのそれは、デザ勉としてのワークショップの手法、リソ勉としての空海、ビジョ勉としての教育問題、ビー勉としての沙門(修行者)という4つのテーマが、15年くらいかけてゆっくり融けあい、やがて立ち上がってきた「空海の教えに学ぶソーシャルデザイン教育」という道でした。

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僕はそんな5つめの勉強を、STUDY for BODHI(ボディ弁)=自利利他の道を生きる勉強と呼びたいと思っています。

BODHIとは仏教の菩提、イコール悟りのこと。自分のためと、世界のためが一致する感じというか、それくらい「やらされている」とも「やりたい」とも違う、「このつとめを引き受けなくてならない」と前向きに感じる、ただそこを歩みつづけていたいと願う、"道"そのものだったからです。

STUDY for BODHIという表現は、そうした言葉を超えた大きな勉強を僕なりに表現したものにすぎないので、STUDY for CALLING(天命)でもSTUDY for INTERBEING(ともにある)でも、ぜひみなさんがしっくりくるように、呼んでみてください。

【STUDY for BODHI(ボディ勉)の例】
・前向きに自分が引き受けなくてはならないと感じること(空海の教えに学ぶソーシャルデザイン教育) など


勉強とは、○○である

とある友人は、

勉強とは、自分の人生を生きる、とっておきの行為

といいました。

また、ある友人は、

勉強とは、おそろしくコスパの良い遊び

といい、またある友人は、

勉強とは、コーリングに従事するために必要なプロセス

ともいいました。


では、みなさんにとっての勉強とはなんでしょうか?

そして、いま取り組んでいるテーマは、デザ勉、リソ勉、ビジョ勉、ビー勉、ボディ勉の、どれにあてはまりそうでしょうか?

この記事が、みなさんの勉強を整理するひとつのヒントとなれば幸いです◎



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はじめまして、勉強家の兼松佳宏です。現在は京都精華大学人文学部で特任講師をしながら、"ワークショップができる哲学者"を目指して、「beの肩書き」や「スタディホール」といった手法を開発しています。今後ともどうぞ、よろしくおねがいいたします◎

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1979年秋田生まれ。元greenz.jp編集長。 2016年にフリーランスの勉強家として独立し、京都精華大学特任講師に着任。"ワークショップができる哲学者"を目指して「スタディホール」などの手法を開発中。『ソーシャルデザイン』『beの肩書き』「空海とソーシャルデザイン」。